第13話 それぞれの戦いと生命の選択 前編

 山を登る。

 活火山の山肌は脆く崩れ易い。細心の注意を払いつつ、早歩きで登っていく。

 一昨日の夕方前に野営場所に着いた俺が通信の魔道具でレイラに連絡すると、然程待たずに2人が転移してとんできた。

 そして昨日一日しっかりと休息を取った俺は、夜が明ける前に野営地を出てガーネットの居る火口に向かって絶賛登山中である。

 夜明け前に登り始めたのには訳がある。

 竜は基本的に昼行性だ。

 日が昇ってからだと、山頂に着くのは昼になってしまう。

 そうすると、ガーネットは狩りに出てしまっていて行き違いになるかもしれない。

 それならば、確実に巣にいる時間に山頂に着いた方が都合がいい。

 ん? 休息中、何をしていたかだって?

 野営中にすぐ動けない状態になるのは褒められた事ではないが、2人に心配を掛けた事もあり、2人にたっぷりと愛情を注いでいたのさ。

 この辺りはガーネットの縄張りだから大型の魔物はいないし、それ以下の魔物や普通の動物は設置しておいた簡易結界に入って来られないからな。

 ちなみに普段俺1人の時は結界なんて敷かないし、食事も水と保存食、たまに道中で手に入れた木の実だ。

 保存食が少なくなってきたら狩りをする事もあるが、基本的に常に半月分は持っているから滅多にない。

 最近だと、この前勇者パーティーズに食料を分けてやった時くらいだ。

 そうして丸一日英気を養った俺は、急ぎガーネットの元へと向かった。

 2人はまだ麓の野営地にいる。俺が山頂に着いたら連絡して、レイラの魔法で転移してとんでくる手筈になっている。

 軍が出張って来ているとはいえ、余程指揮官が馬鹿でなければ山を登ってくる事はない。

 山道は狭く険しい。

 身動きが取れない所で襲われれば、兵士や魔法使いが何万人居ようがあっという間に壊滅するからな。

 恐らく、登ってくるのはリオス達勇者パーティー。軍はその監視と煽り役だ。あいつ等3人だけなのか人員を補充して増えてるのかは知らないが、精々、前衛2人に後衛1人加えて6人といったところだろう。

 まぁ、どんな人員が補充されたところで俺にとっては然したる違いはない。

 問題はエシュアとローリアの出方だ。

 アイツ等が直接俺に攻撃してくる事はない。無駄だからだ。

 彼女達は純魔法を格下げダウングレードして属性魔法を作った。

 だから、彼女達が純魔法を使えない訳ではない。

 しかし、使いこなせなかったのだ。

 だから属性魔法を作った。効果を限定する事で自分達が使いこなし易くした訳だ。

 それが俺と彼女達の差。使いこなす為に努力した者と諦めて格下げダウングレードに逃げた者の。

 そんな奴等が俺に対して再び手を下そうと動き出した。

 考えられる可能性は2つある。

 1つは、彼女達が鍛練して純魔法を使いこなせるようになった可能性。

 同じグレードの力を使いこなせるのなら、人と神という基礎能力ポテンシャルの差で、俺は負ける事になるだろう。

 だが、そんな鍛練が出来る奴等なら、もう少しまともに世界を管理出来てる筈だ。

 もう1つは、何らかの方法で俺の能力を封じる事が出来るようになった可能性。

 純魔法を使っていない状態だと、いくら俺でも傷付く。

 そして、傷を癒す為には純魔法である治療術を使うしかないが、それを封じられたら自然治癒しか方法がない。

 何にせよ、注意していくしかないな。


◇◇◇


「リオスさん、どうします? 彼らを連れていくのですか?」


 私はシノン・ウィスタリーア。人族領の勇者ブレイバー、リオス・ロードヴィックと共に人族領の民衆を救うべく旅をする光神エシュアに仕える高司祭ハイプリーステスだ。

 炎竜を討伐すべしと神託を受けた司教様の言葉に従い、軍を率いてシリウス山の麓までやってきた私達。

 しかし依然として私自身の天啓にエシュア様は応えて下さらない。

 ともかく私達は、山から2キルム(=2キロメートル)以上離れた場所に陣を張り、偵察の名目でリオスさん、アイさんと3人だけで山に登る手筈だったのだけれど……


「神託があったと言われた以上、連れていかない訳にはいかない……」


 陣を張ってから、従軍司祭が5人の人物を私達の元に連れてきた。私達に同行させるようにとの神託があったとの事で。

 その5人は全員黒い外套を羽織っていて、フードを深く被っている為に顔は窺いしれない。でも、その内4人は体型で女性であると思われる。

 引き合わされた際、1人が代表として私達に挨拶を述べた。若い女性の声だった。


「お初にお目にかかります勇者様。わたくしは魔法士のロールと申します。エシュア神の導きにより同行させていただく事になりました。よろしくお願いいたします」


 ロールと名乗ったその女性が挨拶している間、残りの4人は微動だにせずに彼女の後ろに控えていた。

 こちらの様子を窺う事もしない。

 私は後ろの4人がまるで人形のようだと感じた。


「どの道山には登らなければならない。もし山頂でレックさんに会えたなら、俺がレックさんと話してる間、アイとシノンであの5人の気を引いておいてくれ」

「分かったわ。もしレックさんに会えなかった場合はどうするの?」


 アイさんが、レックさんに会えなかった時の事を確認する。

 あの5人に押しきられてガーネットさんと戦うという事態は避けたい。


「その時は火口からこっそりガーネットさんに呼び掛けて、火口から出ないように説得する。レックさんとの様子から、こちらの言葉は分かるようだったしな。火口内部への道はこの前レックさんが崩したから、『道がない』と言い張って下山すればいいだろう。『誘き出せ』と言われたとしても、『飛ばれていたら倒しようがない』と言えばいい」

「それが一番無難かもね。分かったわ」

「そうですね……分かりました」


 神託と言われると無下にも出来ないし、かと言ってガーネットさんを倒すという選択肢も考えられない。

 一度は命を救われた。恩を仇で返すのは勇者パーティーとして、いえ、人として恥ずべき事だ。

 方針のすり合わせをした私達は、山に登る為の準備をする。

 シリウス山の高さは1500ルム(=1500メートル)程だけど、火山の為に足場が悪い。

 山頂までは6、7ハウア(=6、7時間)は掛かる。

 竜は昼行性なので、狩りをしているガーネットさんと出くわさない為に、夜中に陣を出て明け方山頂に着くようにする。

 夜間に火山を登るのは危険だけど、私が【ナイトビジョン】の魔法を使えば視界を確保出来るので、気を付けていけば問題ないと思う。

 ちなみに【ナイトビジョン】は星明りなどの小さな光源を利用して視界を確保するので光属性、これと似た魔法に【ノクトビジョン】があるけど、こちらは普通の光ではない何かで視界を確保するので闇属性に分類される。

 私は出発の時間をロールさんに伝える為、彼女達の幕舎の前までやってきた。

 中からロールさんの声か漏れ聞こえてくる。


『ええ、順調よ。明日にはレック・セラータの臥した姿を見られるわよ。楽しみねぇ……』


 え? 今、レックさんの事を話してた……?

 とてつもなく嫌な予感……リオスさん達に知らせないと!

 私は静かに立ち去ろうと後ずさりして……


「あっ!? きゃあ!」


 幕舎を支えているロープの1本に足を取られ転倒した。

 幕舎の中から人影が現れる。


「あらあら、盗み聞きとは感心しませんね」


 魔法士ロール。深く被ったフードにより、さっきは顔がよく見えなかったけど、下から見上げる形になっている今なら見える。


「あ、貴女様は……!?」

「仕方ありません。貴女にもわたしのお人形になってもらいましょうか」

「あ……あぁ……」


 私は尻もちをついたまま後ずさりしてロールから離れようとするが、彼女の妖しく輝く金色の瞳から目が離せない。


「魔法が使えなくなるのは困りますから、こちらにしておきましょう。さぁ、わたしに身も心も捧げなさい」

「わ、私は……あぁ…………」


 数瞬の後、私は彼女の足元に跪いていた。


「何なりとお申し付け下さい」


◆◆◆


 山に登り始めて3ハウア(=3時間)。俺は山頂の一歩手前までやってきていた。

 天空そらが黎明の群青に染まり始めている。

 少し思案してから、レイラに連絡する事にした。

 勇者パーティーの方も竜の性質は理解している筈。なら、巣にいる時間を狙うだろう。

 巣にいるのは、朝、起きてから狩りに行くまでと、夕方、狩りから帰って寝るまでだが、夕方を狙おうとすると、昼間に山を登ってくる事になる。

 それだと途中で狩りをしているガーネットに見つかる恐れが出てくる。

 だからあちらも、登ってくるならこの時間だ。

 山頂で対面してからでは何が起こるか分からない。なら、その前に2人を呼んでおくべきだと考えた。


「レイラ、俺だ。山頂の手前まで来た。あちらさんも、登ってきているとすればもう山頂にいてもおかしくない。対面する前に態勢を整えておきたい。来てくれるか?」

『了解よ。えーと、場所は分かったわ。ユキカ、準備はいい? レック、それじゃ転移するとぶわね』


 数瞬の後、俺から3ルム(=3メートル)程離れた場所に人の背丈より大きな岩のドームが出来、それがバラバラと崩れたその中からユキカとレイラの2人が現れた。

 今回は荒事になる可能性も考えて、2人共武装している。

 ユキカは白銀に輝く金属短弓を肩に掛け、腰の後ろに矢筒。左腰に白銀の山刀を、右腰には少し刃渡りのあるナイフを鞘付きで下げている。

 防具は白銀の胸鎧と小手、すね当て、そして革のブーツだ。

 ちょっと待て。その光沢は……

 俺はジト目気味にレイラに目をやる。

 レイラはリバイドで買った旅装束の上から、ユキカと同じ形の、こちらは黒く染められた防具。

 手には両端に魔法を増幅させる効果を持つ"魔玉オーブ"の填まった漆黒のロッドを持っている。

 レイラが武器らしい武器を持ったところを今まで見た事はなかった。操られてした時にも徒手で襲い掛かってきていた。

 そのレイラがわざわざ武器をしつらえてきたというのは、今後、俺と旅する事も考えてだろう。

 得物があれば、近接攻撃を受け止め、相手を一瞬でも留める事が出来る。

 その一瞬があれば、レイラの技量なら無詠唱で魔法を叩き込んで態勢を立て直す事も可能だ。

 それにしてもロッドか。レイラらしい利口な選択だな。

 ロッドなら扱いが未熟でも自傷しにくいし、旅杖としても使える。両端に荷物を括る天秤棒として使えば運搬力も上がるし、武器として以外でも使い勝手がいい。

 装備の選択はいい。選択はいいんだ。


「レイラ、この装備、全部真銀ミスリルだろう? お前の方には黒魔鉱アダマンタイトを少し混ぜて色を変えてあるようだが……よくそんな金があったな?」

「さすがレック、一目で判ったのね♪ 商会にワタシの私物がイロイロ置きっぱなしだったから、裏から入って回収して売っ払ったら結構イイ値で売れてね。せっかくだから、こっそりマイノスに行ってユキカとお揃いでイロイロ作ったの♪ どう? 似合ってる?」

「私、初めて魔族の街に行きました! 魔族といっても、肌の色が少し濃いくらいで暮らしぶりは私達と変わらないんですね!」


 結構無茶な事を……

 まぁ、ユキカの見聞を広めるのには役に立ったんだろうが……


「あ、でも、ユキカの為とはいえ、ユキカをワタシの奴隷としたのはホントにゴメンね。ワタシとアナタはレックを愛する者同士対等なのに……」

「ううん、大丈夫! 街に入る前にちゃんと説明してくれたし、レイラが私の事考えてくれているのはよく分かってたから」


 ノスフェラウ直縁者のメダリオンを使う訳にはいかないのだから、一般枠で入街するしかない。

 そうすると、人族であるユキカは非常に目立つ。普通に入ったのでは面倒なちょっかいを受けるだろう。

 実際、俺が最初に寄った時もちょっかいが激しかった。

 まぁ、第5層以上にもズカズカと入っていったのもあっただろうが。

 大量に湧いたちょっかい者共は拳で丁寧にOHANASHIしてお引き取りいただいた。

 一部、「ウグワーッ!」と叫びながら街の外へ飛んでいったが。

 で、ユキカを奴隷として魔族であるレイラの所有物とすれば、他人の所有物に手は出せないから、ちょっかいを受けずに済むという訳だ。

 まぁ何にせよ、2人に何事もなく必要な物を揃えられたのだから、これ以上は突っ込まないでおいてやろう。

 昨日、詳しく確認しなかったのは俺だし。


「2人共似合ってるぞ。それで街を歩くと、男共がワラワラ寄ってきそうで心配になるくらいにな」

「エッヘッヘ~♪ 最高の誉め言葉ね、レック♪」

「大丈夫です! レック以外の男の人なんて全く興味ありません!! でも、心配してもらえるのは嬉しいかも♪」


防具を着けると引き締まって見える分、いつもより凛々しさが増して、より大人っぽく見える。

 このまま冒険者ギルドにでも行った日には、アホな男共が群がって大変な事になるな。間違いなく。

 それはともかく、何が起こるか分からない現状、装備が整っているのは悪い事ではない。

 後でレイラをたっぷりと褒めてやらないとな。俺なりの方法で。


「よし。山頂までもう少しだ。2人共付いてきてくれ」

「ええ!」「はい!」


 2人を伴って火口に向かおうとしたその時だった。


 グオオオォォォ……


 あれは!?


 俺が振り返って2人に口を開き掛けた時……


「行って、レック! アナタのいる場所へならワタシは転移出来とべる! その方が早いわ!」


 俺に先んじてレイラが言った。確かにその方が早いが……


「レック、エシュア神かローリア神が私達を狙ってきても、私なら属性魔法を無効化出来るんでしょ? レイラと協力して足止めしてみせるわ。大丈夫。だから行って!」


 どうやら2人は俺の懸念をお見通しだったらしい。

 そうだな。ここは2人を信頼して先を急ごう。


「分かった。くれぐれも気を付けてくれ」

「レックも、充分注意してね」

「私達も早く追いつくようにするわね」


 2人の声に背中を押されて駆け出す。

 山肌を駆け上がると、以前崩した筈の洞窟のすぐ隣に真新しい穴が開いている。

 が、それを無視して火口へ向かう。

 どうせ何かしら足止めが施してあるだろう。態々そんなところに突っ込んでやる義理はない。

 俺は火口の中へと身を躍らせる。

 遥か足下には赤々と燃える溶岩。

 そしてガーネット達が棲みかにしている岩棚には、地に臥せたガーネットの巨体と、何かしらの魔法で身動きを封じられたルビーに聖剣を振り下ろそうとしている勇者の姿があった。


 ドンッ!!


 空を蹴り、弾丸のように飛ぶ。


「こぉんのバカ勇者ぁぁぁあああ!!」


◇◇◇


 レックの背中を見送った私達の傍に、天空から一条の光が射し込む。


「ユキカ、離れて!」


 ユキカの腕を引き、その光から5ルム(=5メートル)ほど距離を取る。来たわね。


「神の前です。ひれ伏しさない」


 人族領に出回っている像と同じ姿。光神エシュア。


「ワタシ達の旦那様にちょっかい掛けてくる人外につくヒザはないわ」

「以前お会いしたローリア様と同じ雰囲気を感じます。ですが、やってらっしゃる事は困った貴族の方と変わらないですね。レックが『駄女神』と言うのにも納得です」


 ワタシ達の言いぐさにエシュア神の顔が怒りに歪んでいく。

 うわ、人の上に立つ者とは思えない程沸点低いわね。確かに駄女神だわ。

 それにしてもユキカ、顔に似合わず挑発が巧いわね。


「この小娘共がぁーー!!」


 黎明の空を覆いつくすような白い光がワタシ達へと放たれる。

 普通なら魔族でも耐えようもない魔力量。

 でもワタシは少しも慌ててはいない。

 ユキカが2歩ほど進み出て、真銀弓ミスリルボウを持った左腕を翳す。ワタシを庇うように。

 エシュアの放った魔法はユキカの手前で霧散した。


「っ! えぇい、忌々しい!」


 ユキカがエシュアに向かって短弓を水平に構え、右手で腰の矢筒から矢を抜く……振りをして、ワタシに手招きをする。

 ワタシは真銀棍ミスリルロッドの先をその手に握らせる。


「エシュア様。貴女様の御力は私達たは効きません。ここはお引きになられた方がよろしいかと思われますが?」


 ユキカはワタシの棍をしばらく握ってから、今度は本当に矢を抜き、短弓につがえてエシュアに向ける。やじりも真銀製だ。


「いい気になるな小娘が!! 私の魔法を無効化出来るのはお前だけ。そして、真銀製であっても武器では私を傷付けることは出来ない。ならば私は、お前の後ろの魔族の小娘を狙えばいいだけだ!!」


 この言葉と共にエシュアの姿かかき消える。


「ソンナのは先刻承知なのよ!」


 ワタシはユキカと背中合わせになる為に身体を回しつつ、腰を落とし棍を伸ばして横に凪ぎ払う。


 ガッ!!


「ウグワーッ!! なんだと!?」


 旋回した棍が、ワタシを襲おうと腕を振り上げていたエシュアの脇腹を痛打した。そのまま吹き飛ぶエシュア。


「馬鹿な!? 幾ら真銀製とはいえ、半霊体である神の義体を傷付けられる筈が…… そうか! 付与エンチャント!!」

「そういう、事です!!」


 レックは神たちと戦う事も考えて、昨日のウチにユキカに付与エンチャントの仕方を教えた。

 ユキカはもっと攻撃的に使う術を教えて欲しいと懇願していたけど、それはレックに断られていた。


付与エンチャントでもギリギリなんだ。これ以上純魔法に習熟してしまうと俺のように放浪する羽目になる。2人にはいずれ俺との子供を育てて欲しいと思ってるんだ。だから、我慢してくれ」


 その言葉でユキカは引き下がった。放浪しながらの子育ては子供にも負担になる。

 素早く振り返ったユキカがワタシの頭越しに矢を放つ。短弓は長弓に比べて射程も威力も劣るけど、弓本体が短くて弦の引き代が少ない分、取り回しや速射性では長弓を上回っている。

 ユキカはあの村の、他の地域よりも強力な魔物の徘徊する森で狩人をしている。対応の早さは流石ね。


 ドスッ!


 放たれた矢がエシュアの左肩に当たる。当然、鏃にも純魔法が付与されていて、エシュアが苦痛に顔を歪める。


「ウグッ! まさかここまで使えるようになってるなんて誤算だわ! ここはローリアと合流した方が得策ね!」

「「逃がさない!!」」


 ワタシは棍を構えてエシュアに迫る。ユキカも次の矢をつがえて放つ。

 だけど一瞬早くエシュアに消えられてしまった。

 純魔法はエシュアの能力を無効化出来る。だからエシュアの防御を抜く事が出来たんだけど、付与エンチャントの効果が防御を抜く事に使われてしまって能力まで抑える事は出来ないみたい。


付与エンチャントを解除するわ。だからレイラ、レックのところにお願い」

「分かったわ。任せて」


◆◆◆


「そこまでするか……神が聞いて呆れる。"神"というのは"恥知らず"という意味だったのか?」


 ルビーの危機を目にし、空を蹴り、途中で姿勢を変えてバカ勇者リオスの聖剣を蹴り飛ばす。


「ウグワーッ!?」


 その衝撃でリオスも少なからず吹き飛び転倒する。

 俺はその隙に体勢を立て直してルビーに近付き、ルビーを拘束していた魔法を解除する。


「【シャドーバインド】だと?」


 俺は改めて辺りを見回す。

 転がったリオスの向こうにアイとシノン。

 更にその向こうに5つの人影。黒い外套を羽織り、フードを深く被っていて顔は見えない。

 5人の内の1人は2歩程前に出てこちらを眺めている。

 俺はそいつから感じる魔力に覚えがあり、ルビーを拘束していた魔法に納得がいった。


「態々自ら出向いてきたか、ローリア」


 俺の言葉にフードを取る。現れたのは漆黒の髪、白い肌、そして金色の瞳。

 【シャドーバインド】は闇属性の魔法。然程高度な魔法ではなく、竜族のように属性魔法に耐性のある者には殆ど効かない。

 そんな魔法を、幼いとはいえ竜族のルビーを完全に拘束する程の強度で使えるのは、魔族の族長クラスかあるいは闇属性魔法を作り出した本人くらいだ。


「久しぶりねレック・セラータ。この前のお酒、中々美味しかったわよ。名前はアレだったけど」


 酷薄な笑みを浮かべて俺の言葉に応えるローリア。


「ふん。後ろの4人が俺への対策か?」

「そういう事。貴方達、フードを取りなさい」


 ローリアの言葉に従いフードを取る4人。

 それを見て俺が吐いたのが最初の言葉だ。

 レベンス、エリザ、メルキアニア、そしてエルラウラ。俺の義父母。

 前にレイラが掛けられていた傀儡術で操られているようだ。


「何とでも言うがいいわ。貴方がえにしを結ぶのを待っていたのよ。1人2人なら貴方なら救う事も出来るでしょうけど、これだけいれば全員を無傷で救う事なんて貴方にも出来ないでしょう? さぁ、この者達の生命が惜しかったら大人しく地に臥しなさい」


 確かにローリアの言う通りだ。

 1人2人ならこの前レイラを助けた時のようにやれば救出は可能だが、これだけ人数がいるとそうもいかない。

 1人2人を無力化している間に残りに自害でもされたら止めようがない。

 俺はその場にどかりと座り込んだ。


「……分かった、好きにしろ。だが約束しろ。俺の処分が済んだらここにいる全員を解放すると。勿論、精神こころもだ」

「いいわぁ~♪ そのくらいは約束してあげる♪」


 座り込んだ俺に、聖剣を蹴り飛ばされ、予備の武器であるダガーを抜いたリオスが迫る。

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