第12話 溺れる狼と勇者パーティー再び

 ザザザザザ……


 エント村を出て3日、俺は森を駆けている。

 本来なら危険で馬鹿げた行為だ。派手に音を立てて疾走していれば魔物が餌だと思って寄ってくる。

 白い外套を羽織ってはいるが、こちらが元気よく走っているのだ、魔物避けの効果は薄い。

 今も後ろから何頭かの森大狼ヒュージフォレストウルフが追ってきている。

 こいつらは他の地方にいる森狼フォレストウルフ大型ヒュージ種で、この地方にしかいない。

 成体で体長3ルム(=3メートル)、子供でも1.5ルム程ある。

 他の地方の森狼の成体が1.5ルム程度だから、そのデカさが分かるというものだ。

 狼という動物は集団で狩りをする。何頭かが獲物を後ろから追い掛け、仲間の待ち伏せしている場所に追い込む。

 という事は、この先に待ち伏せしている仲間の森大狼ヒュージフォレストウルフがいる筈だ。

 この先には川があり、川岸は結構な高さの崖になっている。恐らく仲間達が左右で待ち構えていて、追ってきた奴等と一緒に半包囲する気だろう。

 もっともそれは普通の奴ならの話。

 俺の場合は、崖は何ら問題にならない。というか、そもそも崖を迂回する気もない。

 崖が迫る。俺は走る速度を落とさない。

 後ろから来る狼達も速度を落とさない。チキンレースだな。まぁ、俺の場合はチキンレースにもならないが。

 この辺りがギリギリ止まれるであろうという場所を超えても俺は速度を落とさない。

 後ろの狼達は足を突っ張って急ブレーキを掛ける。流石に崖から落ちるのは嫌のようだ。

 と、集団から一頭、速度を落とさずに追い掛けてくる奴がいる。どうやら俺を仕止めないと気がすまないらしい。

 そして崖。

 俺はそのまま跳んだ。


 ドンッ!


 空を蹴る。元々そのつもりだったのだ。川沿いに上流か下流に行けば橋か小さい町に渡し船があるが、俺なら跳び越えられるのだから、先を急ぐ時にわざわざ遠回りする必要はない。


 キャィィィン!


 ドボォォォン!


 最後まで俺に食らいつこうとしていた一頭が、止まりきれずに崖から転落した。狼でも怖い時は悲鳴を上げるようだ。

 狼だってイヌ科なんだから犬かきで泳ぐだろうと放置して行こうとした。


 ガボゴボガボゴボ……


 何か溺れてるな……仕方ない、助けてやるか。

 俺は踵を返して崖の方に戻ると、崖の途中にある岩棚に着地。荷物からロープを取り出すと、丁度いい具合に岩棚に引っ掛かっていたデカい流木に結び付けて、溺れてる狼の川上に投げた。

 溺れてる狼は藁ではなく流木にしがみついた。身体のデカさがデカさだから流木は殆ど沈んでしまっているが、狼の顔は水面から出ているので役目は果してくれている。

 俺はロープの端を持つと空を蹴り、岸壁の低いところまで引っ張っていく。俺が空を蹴る度に鳴り響く破裂音に狼の耳がピクンッ、ピクンッと反応しているが、これは我慢してもらおう。

 やがで狼を引き上げられそうな岸にたどり着いた俺は、ロープを引いて狼を岸に寄せてやる。

 岸に両前足を掛けた狼は何とかして岸に上がろうとしているが、身体の大きさが災いしてか、ばた足を練習している子供のようにバシャバシャやっている。


「分かった分かった。引き上げてやるから大人しくしてろよ? せぇのぉ! フンッ!!」


 片方の前足を掴んで腰まで引き上げてやると、器用に後ろ足の爪を岸に引っ掛けて自ら上がってきた。毛が水を吸って素晴らしく見窄らしい。

 と、濡れた動物がよくやるあれを目の前でやりだした。


 ブルブルブルブル!


「うわっ! 冷てっ! お前、そういうのは離れたところでやれな?」


 キューン……


 狼は元々頭のいい動物だ。それが大型ヒュージ種ともなると、脳の容量が増えた事もあり、人語を解する奴も出てくる。喉や口の構造がものを話すようには出来ていないから喋ったりはしないが、こちらの言葉に鳴き声やジェスチャーで応えてきたりする。今も、すまなそうに頭を下げて鳴いてきた。謝罪のつもりだろう。


「お前、ちょっと無茶し過ぎだぞ? 獲物なんて森にいくらでもいるんだ。食っても旨くない人族なんて狙わないで、みんなで協力してやれば大鹿ラージディアー大猪グレートボアだって狩れるだろう?」


 クゥーン……


「ん? 何だ? 違うって言いたげだな? ……もしかしてお前、俺が崖から落ちると思って止めにきてたのか?」


 ウォン!


「そうか……俺が森を凄いスピードで駆けていくから気になって見に来て、それで崖にそのまま向かっていくから止めようとしたと? そいつは悪かった。俺が空を跳べるなんて知らないもんな」


 クゥーン……


 こいつには悪い事をしちまったな。何か詫びを渡したいところだが……

 と思ったところに地響き。この振動はアイツだ。詫びに渡せる丁度いい獲物が来たぞ。

 

 グウゥゥッ!


 隣の狼も身構えて警戒の唸り声を上げる。茂みを割って現れたのは森大狼ヒュージフォレストウルフよりデカい猪、大猪グレートボアだ。


 ブモウッ!


 大猪グレートボアは、身構えてる森大狼ヒュージフォレストウルフに気付いてか、身体を低くして後ろ足で地面を掻き始めた。やる気満々のようだ。

 俺は森大狼ヒュージフォレストウルフに声を掛ける。


「待て待て。お前一頭じゃアイツの相手は難しいだろう? 俺が仕止めてやるから」


 俺は大猪グレートボアの向こうに川岸の大岩が来るように回り込んでから無造作に近付いていく。大猪グレートボアは更に警戒して、いつでも突進出来る構えを取った。


「悪いな。弱肉強食ってやつだ。大人しくアイツらのご飯になってやってくれ」


 ブモウッ!


 大猪グレートボアが地を蹴った。まだ随分距離があるが、突進は助走距離がないと威力を発揮しない。これがこいつの間合いだという訳だ。

 俺は素早く拳撃の構えを取り大猪グレートボアを待ち構える。

 そして、俺をそのデカい牙で跳ね上げる為に頭を下げた瞬間、一足で飛び込んだ俺は大猪グレートボアの頭に向かって空破撃を放つ。


 ドゴォォォン!


 屍人の時みたいに飛び散らせてしまっては詫びとして渡せなくなるから、相手の頭にだけ威力が集中するように加減して放った。

 俺の一撃に弾き跳ばされた大猪グレートボアは大岩に叩きつけられ動かなくなった。

 俺は大猪グレートボアの冥福を祈った後、デカワンコに声を掛けた。


「これだけあったら仲間と腹一杯食えるよな? お前に面倒を掛けた詫びだ。仲間を呼んで食べてくれ」


 ウォン! ウオオオォォォン!!


 森大狼ヒュージフォレストウルフが空に向かって吠える。

 しばらく待っていると、いくつもの足音が聞こえてきた。

 そして繁みから飛び出してきた何頭もの森大狼ヒュージフォレストウルフが、俺の姿を見つけてビクッ!となってブレーキを掛ける。

 あーうん、そうだよな。リーダーに呼ばれて来てみれば人族がいたんだ。それはびっくりするだろう。

 俺を遠巻きにしながらリーダーに近寄っていく狼達。


 ウォン! ウォンウォン!


 その狼達に、何かを説明するかのように吠えるリーダー。その吠え声を聞いた狼達は、今度は耳と尻尾をピンッ!と立てて一斉にこちらを見た。


「お前達にも迷惑を掛けたな。みんなで美味しく食ってくれ」


 そう言って俺は道を開けてやる。狼達は早くかぶり付きたそうにウズウズしているが、随分統率力のあるリーダーなようで、みんなリーダーの号令を待っている。


 ウォン!


 リーダーの一吠えと同時に狼達が俺を避けて大猪グレートボアに殺到する。

 光景は非常にスプラッタなものだが、これが自然というものだ。何も忌避するものはない。

 よく見てみると、上手く食べられなくて悪戦苦闘している子供の狼に大人の狼が肉の食い契り方を教えている様子も窺える。いい群れだな。


 ウォン!


 俺が狼達の食事風景を微笑ましく見ていると、リーダーが傍にやってきた。


「ん? 俺にも食えって? いやいや、お前に迷惑掛けた詫びたからな。身体デカいんだし、お前こそしっかりくっておけよ?」


 程なくして大猪グレートボアは骨と皮だけになった。


 ドボォン!


 キャィン……ガボゴボ……キャ……ガボゴボ……


 肉を食べまくった狼達は、喉の乾きを癒す為に川に顔を突っ込んで水を飲んでいたが、子供の一頭が誤って川に落ちて溺れ始めた。


「! 待ってろ! すぐ助けてやる!」


 川の傍にはさっきリーダーを助けた時のロープ付き流木がまだ残してあった。俺はそれを担ぐと、溺れている子狼の前に差し出した。

 何とか流木にしがみついた子狼。さっきまでの誰かさんと一緒だな、おい。


「おい! どいつでも構わんから、このロープを咥えて引っ張っておいてくれ! 俺が子供を引き上げる!」


 ウォン!


 すかさずリーダーがやって来てロープを咥える。流木が流れて行かないのを確認してから、子狼の前足に手を掛ける。


「よしよし。今、引っ張り上げてやるからな。せぇのぉ! よっと!」


 子狼を引っ張り上げると、やっぱりさっきの誰かさんと同じようにブルブルやっている。それが終わると、心配そうに見守っていた他の大人達が子狼に近付いてペロペロ舐め始めた。


 クゥーン……


 ペロペロやられている子狼を眺めていると、リーダーがやって来て俺に頭を下げた。


「あれ、お前の子供か? 見た目もそうだが、溺れ方までお前にそっくりだったぞ?」


 クゥーン……


「何はともあれ、無事で良かった。気を付けてやれよ?」


 ウォン!


「さて、俺も先を急ぐ身だから、そろそろ行くわ。達者でな」


 クゥーン……


 俺の言葉を聞いたリーダーは、寂しそうに声を出すと大きな身体を擦り寄せてきた。


「そういう訳にもいかないんだ。友人が危ないからな。んー、そうだ。お前に名前を付けてやろう。そうだな……"レクス"なんてどうだ? 人族の古い言葉で"王"という意味だ。群れを率いるお前に合ってると思うぞ?」


 ウォンウォン!


 どうやら気に入ってくれたようだ。尻尾も千切れんばかりに振られている。


「それじゃあな、レクス! また会う時まで達者で暮らせよ!」


 ウォン! ウオオオォォォン!!

 ウオオオォォォン!!


 狼達の遠吠えを背中に聞きながら、俺は一路、シリウス山へと向かった。


◇◇◇


「ねえ、リオスさん。本当に戦うんですか?」


 私はシノン・ウィスタリーア。人族領の勇者ブレイバー、リオス・ロードヴィックと共に人族領の民衆を救うべく旅をする光神エシュアに仕える高司祭ハイプリーステスだ。

 私は今、勇者リオスと大魔法師アークメイガスアイ・ロスチャイルドと共に、人族領軍3万を引き連れて炎竜ガーネット討伐の為にシリウス山に向かっていた。

 2ヶ月前、シリウス山周辺の村々からの要請で炎竜討伐に向かった私達は、後一歩というところである人物に討伐を阻止された。

 治療士レック・セラータ。

 その力は圧倒的で、勇者であるリオスすら手も足も出ず、仲間だった重剣戦士ブレイドウォリアーバルカス・バストンは帰らぬ人となった。

 そして彼の口から語られた真実。

 彼は六柱神の内ニ柱を滅し、ニ柱を封印し、残ったニ柱、光神エシュアと闇神ローリアとの間に「彼の患者には誰も手出ししない、誰にも手出しさせない」という約定を結んだという。

 もちろん、にわかに信じられるような話ではなかったけど、レック・セラータはニ柱神を降臨せしめ、私達に説明させた。

 自分が仕える神に言わしめられた以上信じるほかない。

 私達は死を覚悟した。

 だけど炎竜ガーネットとレック・セラータは、一定の罰と引き換えに私達を赦した。


「神も含めて、誰だってミスくらいする。それが、取り返しのつかない事だってあるさ。それを糾弾して相手を貶める事は誰だって出来る。だが、それじゃ意味ないだろ? 重要なのは、二度とそんなミスをしない、させないで済むか考え、手を打つ事だ」


 彼のその言葉に、私達は感銘を受け、そして彼との格の違いを思い知った。

 そして、別れ際に彼が言った言葉。


「よく鍛え、よく考え、やるべき事をしっかり見定めろ。それが力を持つ者の責任だ」


 それを私達は心に刻みつけた。


 そして今、私達は再び炎竜のところに向かっている。

 1ヶ月前、罰の期間が終わってすぐ、修行をしていたところに領王都の大神殿から神託の報せがもたらされた。

 その内容は"軍を率いて炎竜を討伐せよ"。

 私達は耳を疑った。

 ガーネットを討伐すれば、怒りのレック・セラータにエシュア様もローリア様も討たれてしまうだろう。とてもそんな神託を出すとは思えない。

 私はエシュア様に直接確認する為、天啓リベレイションを行おうとした。

 でも、エシュア様とは繋がらず、真相は確認出来なかった。

 そうこうしている内に、出征の準備は進められ、現在、シリウス山に向かって行軍している。


「エシュア神の神託というのなら、従わざるおえない。だが……シノン、エシュア神とは話が出来たか?」

「ううん。全く繋がらない。魔力封印マナシールの影響かとも思ったのだけど、他の神聖術は使えているし、原因も理由も分からないの」

「そうか……王命が出ている以上、シリウス山まで行かない訳にはいかないが、3万の軍勢で山を登って戦うのは無理な事だ。だからまずは山から2キルム以上離れた場所に陣を張って駐留し、俺達だけで偵察に出よう。上手くすれば、レックさんに会って、話を聞けるかもしれない」


 エシュア様を直接呼びつけられる彼なら、事の真相を確かめる事も出来るだろう。私もそれしかないと思う。


「そうそう、レック・セラータと云えば、アタシ、ギルドで聞いたんだけど、2週間くらい前にリバイドの街で魔族絡みの事件があって、その解決にレック・セラータが関わってたって。フェラウノス商会のご令嬢を助け出したらしいわ」


 アイが横から会話に入ってきて、レック・セラータの消息に関する情報を伝えてきた。どうやら彼は別の場所でも人助けをしているらしい。


「さすがレックさんと言うべきか。リバイドからなら2週間でシリウス山まで来られるだろうから、予定通り落ち合えそうだな」

「なら、先のリオスさんの話の通り、偵察の名目で私達だけで山を登って、レックさんに相談という事でいきましょう」

「ああ、そうだな」

「ええ、そうね」


 私達は疑念と不安を抱きながら一路シリウス山を目指す。


◆◆◆


「という事があってな。森大狼ヒュージフォレストウルフのレクスと友達になったんだ」


 その日の夜野営をしながらレイラと連絡を取る。毎日野営するタイミングで連絡し、2人の心配を和らげるようにしている。


『ワタシ達の旦那様は魔物にも大人気ね♪ あ、ユキカが「いいなぁ……私もモフモフしたかったぁ……」だって♪』


 レイラに連絡を取ると、傍に必ずユキカもいる。俺もなるべく同じ時間に連絡するようにしているし、レイラもちゃんと気を利かせているのだろう。

 種族が違っても、お互いが思いやっていればこうして平和に過ごしていけるのだ。その事をもう少し他の奴等も分かってもらいたいところだ。


「この辺りを通る機会があったら紹介してやるさ。それで、明日にはシリウス山の麓に着く。そこで1日しっかり休養してから山に向かうつもりだ」

『レック、あまり無理しないで。普通2週間掛かる道のりを4日で踏破とか無茶苦茶よ?』

「確かにかなり無理はしているが、考えがあっての事だ。ペースを落として1週間掛けて行っても間に合うかもしれないが、それだと1週間分の疲労を抱えたまま相手と対峙する事になる。なら、少し無理をしてでも山の一歩手前まで早く着いて、しっかり休息を取った方がいいだろう。山の上で何が起きてもいいように」

『理解は出来るけど、心配する方の身にもなって欲しいわ』


 耳が痛いな。きっとレイラの隣でユキカもウンウンしている事だろう。俺も、もう独り身ではない事をしっかり自覚しないとな。


「すまん。もう俺の身体は俺一人のものじゃないものな。肝に銘じるよ」

『分かってくれてるならいいけど……え? ちょっと待ってね? なに? ユキカ……』


 通信の向こうで2人が何やら相談している。何だ?


『ゴメンね、レック。ユキカがね、「明日レックが野営地に着いたら、ワタシ達もそこに転移してとんで、一緒に休んだらどうか?」って。ワタシの消耗も回復出来るし、野営の仕事も分担すれば楽になるでしょ? ワタシも賛成だけど、どう?』


 なるほど。レイラに余裕が出来れば打てる手も増えるし、野営の人手が増えるのは助かる。


「いい提案だ。2人には世話を掛けるが頼めるか?」

『モッチロンよ! だって、ワタシ達はあなたの妻だもの!』

「俺はいい妻を持った。愛してる。ユキカにもそう伝えてくれ」

『ユキカがね、「明日、直接その言葉を聞きたい」って。ワタシも同じよ?』

「そうだな。それじゃ、おやすみ。明日会えるのを楽しみにしている」

『ワタシ達もよ。おやすみなさい、レック』


 レイラ達との通信を終えて一心地つく。木々の間から見える星空が綺麗だ。この分なら明日も晴れるだろう。

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