第11話 穏やかな時間と風雲急を告げる報せ

「ただいま」

「「お帰りなさい、あなた♡」」


 俺が村の家々の往診から帰ると、2人に部屋へと引っ張っていかれた。


「「じゃ~~ん♪」」


 薄い胸を張ってどや顔で見せてくれた部屋は大きく様変わりしていた。

 俺が使わせてもらっていた部屋からベッドがなくなり、完全な仕事部屋となっていて、3人分の机と椅子、様々な戸棚が整然と配されていた。

 そしてユキカの部屋にはダブルベッドが鎮座していた。

 なるほど、2つのベッドを並べて、マットレスを繋ぎ合わせた訳だな。

 ただ繋ぎ合わせただけじゃなく、真ん中のクッション性が悪くならないように、ちゃんと袋を縫い直して大きくしたのか。この短時間に大したものだ。

 2人に目をやると犬みみと犬しっぽが見えるような気がする。しかもしっぽはブンブンと勢いよく振られている。


「2人共大したもんだ。よく短時間でここまで出来たな」

「「えへへへへ♡」」


 両の腕で2人を抱き寄せて頭を撫でる。幻の犬しっぽの振りは千切れんばかりだ。


「2人がそっちで頑張ったのなら、俺は料理で頑張るとするか」

「やった! 久しぶりのレックの料理、楽しみ!」

「ワタシも昨日、野営でレックの料理食べたけど、簡単に作ったとは思えないくらいスープがおいしかったわ♪」

「そうなの! 同じ材料で作っても、レックの方が美味しいの! 何でかな?」

「食材にはそれぞれ最適な調理時間と温度がある。病人食を作る時にも必要たから、大体の食材のそれは覚えているんだ」

「ワタシが看病されている時の食事が食べやすかったのもそれが理由なのね」

「俺は治療術で治すのは最終手段だと考えている。食事や運動、生活習慣を改善して病気やケガを治していくのが生き物本来やり方だ。だから様々な知識を蓄え、必要な相手に与えてゆく。それも治療士としての使命さ。料理をおいしく作るのもその一つだな」


 お? わんこ娘どもが目をきらきらさせてこっちを見てるな。俺としては普通の事を言ってるだけなんだけどな。


「私たち、」

「サイコーの、」

「「旦那さまを持ててシアワセです♡」」

「あぁ、俺も美人でよく出来た妻を持てて幸せだよ」

「「えへへへへ♡」」


 もう一度抱き締めて頭を撫でまわす。2人の顔は蕩けんばかりだ。


「ただいま」


 ん? 狩りに行っていたレベンスさんが帰ってきたようだ。2人を連れて玄関へと向かう。


「お帰りなさい、お義父さん」

「おお!? レック君じゃないか! 予定ではもっと遅くなるんじゃなかったかい?」

「ちょっとユキカやお義父さん、お義母さんに話すべき事が出来まして、途中で戻ってきた次第です。明朝にはここを発つつもりです」

「そうか……ゆっくりしていけないのは残念だな。それで、話とは?」

「ユキカとお義母さんには先に話したんですが、彼女の事です」


 そう言ってレイラを紹介する。俺の話を聞いて困った顔をしたレベンスさんだったが、ユキカの顔を見て笑顔に戻った。


「ユキカを見ると満更でもない様子だから、私も歓迎しよう。結局は当人同士の問題だしね。レック君なら何人かいても不思議はないけど、出来れば義理の娘を増やすのは程々に頼むよ」

「俺の腕は2本しかないですから、ユキカとレイラの2人で……あっ……」

「どうしたんだい、レック君?」

「いえ、これから往診に行く相手が、顔を見る度に娘を俺に薦めてくるんですよ。相手は竜族なので、『人化術が覚えられたら』と言ってはあるんですが……」

「「っ!」」


 俺の言葉にユキカとレイラが反応。それぞれが俺の右腕と左腕をガッチリ抱き込んで俺にやたらと迫力のある笑みを向ける。


「あなた♪ そこのところもっと詳しく♪」

「妻に隠し事はダメよ、レック♪」


 そんなに鬼気迫らんでも普通に話すさ。

 食事の用意もしなきゃならんから、場所を台所のダイニングテーブルに移して、食事を作りながら話す事にした。

 レベンスさんが獲ってきた鹿の肉を、ヤギの乳から作った酒に漬け込んで下拵えしつつ、アンジェリカを擂り潰してヤギの乳に混ぜて火に掛ける。

 俺が肉料理とスープを準備している間、ユキカとレイラがサラダ用の野菜を洗って、黒パンを切っている。黒パンを切った時に出た粉も器に取っておく。この黒パン粉は食べる時にスープに入れると、香ばしさと酸味が加わって美味しかったりする。

 レイラ、家事なんてあまりやった事ないだろうに、それほど手つきは悪くない。きっと陰で練習していたんだろう。レイラもユキカと同じで努力家だからな。

 調理を進めつつ、ガーネットとルビーの事を皆に話していく。


「今度往診に向かう患者はシリウス山に住む炎竜ガーネットだ。本名はガルネティアナラゥルシェアンナというそうだが、長いし発音しにくいから俺がガーネットと名付けた。宝石のガーネットを見せてやったら大層喜んでいたな」


 俺の話を聞いて、レイラが微妙な顔になっている。ユキカは事の重大さが分かってないのか、きょとんとしている。


「人族なのに竜に名前付けるとか、レックにしか出来ない所業よねぇ……」

「そうなの? 相手が名前を気に入ればいいだけなんじゃ?」

「竜族ってね、身体の大きさと一緒で態度も大きいのよ。ワタシ達なんて基本虫ケラ扱いなんだから。その竜達が名付けを許すなんて、レックは竜と同等の存在と認められたという事よ。まぁ、人族領の火山に住む変りモノなら多少強さを見せつけてやれば認めてくれるでしょうけど、竜王や白竜妃なんて……ちょっと待って。竜王スピネルと白竜妃ホワイトオニキス。どちらも宝石の名前……まさか……」

「スピネルもホワイトオニキスも俺が名付けた」

「マジで?」

「マジだ」


 盛大な溜め息を吐くレイラ。本当だぞ? 本当だからな?


「ちなみにガーネットは2人の娘の内の1人だな」

「マジで?」

「マジだ」


 まるで頭痛を振り払うように頭を左右に振るレイラ。別にお前が困る事もないだろうに。


「それで、レックは娶っちゃう気なの? その、ルビー?ちゃん」

「ルビーはまだ幼竜ドラゴネットだぞ? 人族で言うなら10歳前後だ。流石に手は出さないさ。だが、ガーネットはその気満々でな? 寿命の事を説いても『竜核渡すから大丈夫』とか言うんだよ。本気過ぎるだろ、それ……」

「「うわぁ……」」


 竜がその心臓に宿す宝石が竜核。レイラは元ノスフェラウの息女で二つ名が付く程の実力者だし、ユキカは俺の渡した本で勉強しているから、竜核を他の者に渡す意味を理解している。


「だから、簡単には覚えられない人化術を条件にした訳だ。その代わり、俺も竜化術を覚えるとかいう話になったが」

「レックなら結構簡単に覚えそうよね」

「使えるぞ? 竜化術」

「「えっ!?」」

「竜化術も人化術も、治療術と同じ純魔法だからな。それに、竜族が空を飛ぶのに使っているのも純魔法だ。年月を経て純魔法としての性質は薄れてしまっていて、竜達もそれとは分かってないだろうが。だから竜族には属性魔法が効きにくい。ちなみに、竜化術の方が難易度が高い。理由は単純に身体の大きさの違いだ。大きい者が小さくなる場合には、その身体の材料は元の身体から抜き出せば済む。だが、小さい者を大きくする場合には、その材料を空気や地面から変換して用意してやらなければならない。だから、竜化術を使う者は竜人ドラゴンニュートになる事が多い。体格が然程違わなければ、難易度はぐっと下がるからな。で、竜の方も人化術で竜人ドラゴンニュートになって仲睦まじく暮らしている村というのが、北と南のそれぞれの領境辺りに結構あったりするんだ」

「「へぇー!」」


 感心してくれるのはいいが、2人共手が止まってるぞ?

 話しながらでも俺は調理を進めている。スープの鍋の下に小さいレンガの台を入れて火から遠ざけて、じっくりコトコト煮込みながら、酒に浸けておいた鹿肉をフライパンで焼く。周りを焼いて旨味と肉汁を閉じ込めてから蓋をして、スープ鍋と同じように火から離して弱火でじっくり火を通す。味付けは俺の手持ちの塩とハーブ。肉が新鮮だから味付けはシンプルでいい。


「レック君は多くの経験をしてきたのだな。私も村に腰を落ち着ける前は冒険者をしていたが、そこまで世界を回った事はないよ」


 俺達の調理風景を、お茶を飲みながら眺めていたレベンスさんが話に入ってきた。そう言えばレベンスさんは元冒険者だったな。


「治療士ですからね。俺にとっては人族も魔族も竜族も関係ありません。だから何処にでも行きますよ」


 俺の言葉に、少し苦い顔をするレベンスさん。竜族とはどうか分からないが、魔族とはやり合ったんだろうな。冒険者時代に。


「レック君の言いたい事は分かる。魔族が人族を襲ったりしているのは事実だが、それは人族の中でも同じ事。不正に私腹を肥やす役人や貴族、暴力的な官警や軍人、野盗や山賊、河賊。相手の一部を見て全体を悪とするのは間違っていると。だが、根付いた偏見というものは中々な……」

「簡単には変わらんでしょうね。さっきの竜人の村や魔族と人族が共に暮らす村はありますが、全体から見れば微々たるもの。ですがゼロじゃない。それはつまらない事で争うこの世界で希望の光なんですよ。ユキカが、レイラが、俺を愛してくれ、俺も2人を愛する。それもまた希望の光の1つ1つなんです。それら希望の光が世界に満ちる事の、少しでも手助けが出来ればと自分は思っています」

「そうだな……少しずつでも変わっていかなければな……」

「大丈夫よ、お父さん。私もレイラと仲良くなれた。だからきっと変われるよ」

「そうね。お母様を助けてくれたレックを見てワタシが変われたように」

「さて、重い話は終わりにして、そろそろかな?っと」


 程よく焼けた鹿肉をまな板の上に出し、粗熱を取っている間に肉とスープ用の皿を用意し、俺の荷物から取り出した小樽を開けて皆のカップにワインを注ぐ。鹿肉は少し冷ましてから切らないと肉汁が流れ出してパサパサになってしまうからな。

 丁度よく冷めたところで肉を切り分けて皿に盛り、スープも器によそい皆に配る。


「お待たせしました。どうぞ召し上がって下さい」

「ありがとう、レック君。うん、相変わらすいい焼き加減だ」

「ユキカもレイラさんもこれから大変ね。旦那様が料理上手だと」

「そんな事ないよ、お母さん。レックはおいしいって食べてくれるもん。ね? あなた♡」

「そうだな。ユキカは一生懸命作ってくれるから美味しいぞ」

「えへへ♡ って、あれ? レイラ、どうしたの?」

「スープ……緑色……」

「「「えっ? ぷっ!」」」


◇◇◇


「スープ……緑色……」

「「「えっ? ぷっ!」」」


 私とお父さん、お母さんは、スープを見たレイラの反応に思わず吹き出してしまった。レックもレイラの反応に苦笑してる。

 だって、ねぇ?


「ワタシ、変かな?」

「ううん、違うの。今のレイラの反応がね、6年前、初めてレックのスープを見た時の私達と全く一緒だったの。だから思わず吹き出しちゃた」

「気を悪くしたのなら謝るわ、レイラさん。ごめんなさいね。ちょっと懐かしくなっちゃって。でも、貴女にとても親しみが湧いたわ。種族は違えど感性は同じという事ね」


 馬鹿にされた訳ではないと分かって、ほっとした表情でレックに視線を送るレイラ。レックも優しい笑みを返した事で、レイラも笑顔になった。

 それにしても、スープひとつで種族間のわだかまりを治療してしまうなんて、やっぱり私達の旦那様は世界で一番の治療士ね!


「見た目はびっくりするけど、とてもおいしいから飲んでみて。それに、おいしいだけじゃなくて、身体にもとてもいいの。身体の弱かった私が元気になれたのも、このスープのお蔭なんだから」

「そうなのね。それじゃ、失礼して…… ん……美味しい!」


 せわしなく動き始めたレイラのスプーンを見て、私も料理を食べ始めた。おいしーー!!


「「「「ごちそうさまでした!」」」」

「おそまつさまでした。お義父さんお義母さん、お茶淹れますね。ほら、ユキカとレイラもお茶」

「ありがと、あなた♡」

「レックにご飯作ってもらえるの、シアワセ♡」


 みんなでまったり食後のお茶を楽しむ。穏やかに流れる時間。


「後片付けが終わったら湯を沸かすので女性陣からお風呂に入って下さい」

「こんな田舎なのにおフロあるの?! あ……ゴメンナサイ……」

「田舎なのは本当だから謝る事ないよ、レイラ。お風呂はレックが自分で作ってくれたの! レンガとか木とかある物を使って、最初の頃あまり外に出られなかった私の気晴らしになればって言って。その後、村長さんの所にも作って、村の家全部に作るのは無理だからって、村の男の人達と協力して共同浴場も作ったの。今では村の人達全員の憩いの場になってるの」


 私も一度行ったけど、一日の仕事を終えて疲れて帰ってきた人達がみんな笑顔になって、口々にレックさんの事誉めるの。それが自分の事のように嬉しかった!


「レックすごいわ! 何でも出来るのね!」

「治療の中には"湯治"というのもあってな。身体全体をゆっくり程よく温める事によって身体の回復能力が高まるし気持ちも安らぐ。それに身体を清潔に保つ事によって病気にも掛かりにくくなる。水の貴重な場所だとそうもいかないが、この村は川から水を引いているからな。作らない理由はなかったのさ。つまり、風呂を用意出来る事も治療士として当然だったという訳だ。ちなみに、ユキカに渡した本にも書いておいた。レイラもあの本を読ませてもらうといい。知識は人を裏切らない。それにもしかしたらお前も……」

「え? ごめんなさい! ユキカに本の事を聞いてて、最後の方聞いてなかった……」

「いや、別に大した事じゃない。それじゃ、後片付けをするとしようか」


 私もレイラに話しかけられていたから、最後の方は聞き取れていなかった。まぁ、レックが「大した事じゃない」と言ってるなら大丈夫よね。

 私とレックとレイラの新婚夫婦3人で後片付けを始めた。


◆◆◆


 食事の後片付けを終えた俺は家の外へと赴き、風呂の外の湯沸かし場へと向かった。


「レック君、水は入れておいたわよ~!」

「分かりました~!」


 風呂場の中からお義母さんの声が聞こえた。お義母さんは水の属性魔法が得意だから、この家の水関係は全てお義母さんが取り仕切っている。

 風呂場には2つの湯船があり、片方が湯沸かし用でもう片方が入浴用。湯沸かし用湯船は入浴用湯船より少し高い位置に作ってあって、間の仕切りを開ける事によって入浴用湯船にお湯を流し込めるようになっている。こうする事で、湯沸かし番は火加減を調整する必要はなく、ガンガン火を焚いていればいいから楽なのだ。それに湯沸かし用湯船から湯気が出て浴室が暖まるから、身体を洗う時に寒くなくてすむ。

 湯沸かし用湯船は壁のこちら側にも少し張り出していて、隅の小さい蓋を開けて湯の沸き加減を確認出来るようになっている。

 しばらくガンガン火を焚いていると、開けてある蓋から湯気が立ち昇ってくる。更にガンガン焚いて熱々になったのを確認してから台所の方に行き、外から声を掛ける。


「お風呂のお湯が沸きましたよ~!」

「レック君ありがとう~! ユキカ達に声を掛けてくるわね~!」

「お願いしま~す!」


 お義母さんの返事を聞いてから湯沸かし場に戻り火の番をする。女性陣とレベンスさんが入るまではお湯を沸かしておかないとな。

 やがて、壁の向こうからユキカとレイラの声が聞こえてきた。


『わぁ~! 大きくはないけど、ちゃんとしたおフロだぁ~!』

『私の家はお母さんが水魔法使えるから、結構楽にお風呂入れるの』

『溜め池まで湯船いっぱいの水を汲みにいくのは大変そうよねぇ~』

『共同浴場の方は、溜め池から木で水路作って、魔法で回る水車で水を流して、大きな入れ物に水を貯めてから、ここと同じようにお湯を沸かしてるの。村長さんのところは、お風呂に入る日にお母さんがお水を入れに行ってる』

『街だとよっぽどのオカネ持ちしか入れないわよ。ワタシでも街中に水路が引いてある街の支店で、何日かに一度しか入れなかったわ。後は、水で濡らした布で身体を拭くくらいね。お湯で拭けたら御の字よ』

『街は街で大変なんだねぇ~』


 仲良く風呂に入っている2人の声を聞きながら火に薪をくべる。赤い火と薪がパチパチと燃える音、そして壁向こうの2人の声が心地よい。


『そうそうユキカ。聞きたい事があるんだけど』

『なぁに?』

『治療術で子供作りやすくする事って出来るの?』

『ん~と、出来るよ、確か。でも、レックは難しい顔をするかも? いつも「魔法は最後の手段だ」って言ってるし。レイラは赤ちゃん欲しいの?』

『うん…… レックって、結構無茶だなって事するでしょ? だから、レックの大切なモノを増やせば、無茶な事を控えてくれるかな?って』

『そう言えば、ペゼットさんを倒した時も、ローリア様がレックに「無茶にも程がある」って言ってた……』

『ローリア様って、あの六柱神の闇のローリア様!? レックって魔王様や竜王だけじゃなく神様とも知り合いなの!?』

『六柱神の内、四柱の神様ぶっ飛ばしたって言ってた……』

『……』


 レイラの「マジですか……」って顔が目に見えるようだ。


『レイラの気持ちは理解出来るから協力はするけど、いいの? お腹に赤ちゃん出来ちゃったらレックの旅に同行させてもらえなくなりそうだよ?』

『そうなのよねぇ~。お腹が目立たないウチなら大丈夫かもしれないけど……』

『自然に出来るまで待っていても大丈夫だと思うよ? 私もローリア様に言われたんだ。「彼と共に歩みたいなら、もっと彼を信頼して、そして見ててあげないと」って。私達がちゃんとレックを見ていれば、レックだってちゃんと考えてくれるよ』


 一月ひとつき見ない間にユキカはより妻らしくなったな。俺が火の番をしている事を分かった上で釘を刺してきやがった。参ったなと思うと共に嬉しく思う。

 今後は2人に心配掛けない為にも少しは自重するか……


『……アナタがレックの最初の妻でホントに良かったわ』

『私も同じレックの妻がレイラで良かった。これからずっとよろしく、レイラ』

『こちらこそ、よろしくね、ユキカ』


 穏やかな時間は流れていく……


◇◇◇


 「ふぁ~っ! ぅう~ん……」


 翌朝、眠りから覚めて目を開けると、レックの厚い胸板と、その向こうで穏やかなに眠るユキカの姿があった。

 ワタシはレックの左腕で、ユキカはレックの右腕で抱き締められていた。

 昨日の夜、レックはワタシ達をすっごく愛してくれた。ユキカもワタシも、身体の奥にたくさんの愛を注ぎ込んでもらった。

 すっごくシアワセ♡

 今でもお腹の下辺りが温かいような気がする。

 ウフッ♡ もしかしたらもしかするかも♡

 イロイロな妄想に浸りながらレックの匂いを満喫していると、ふと気になって上掛けをチラッとめくってみた。

 レックのはオヤスミ中だった。

 昨日はよく頑張ってくれたわ♡ ご苦労様♡


「うにゅう……赤ちゃん……」


 あらあら♪ ユキカの寝言もシアワセそうで何よりだわ♪


「おはよう、レイラ。昨日のじゃ足りなかったか?」


 うっ! チラ見したの、バレてたみたい……


「ううん、そうじゃなくて、昨日とっても頑張ってくれてたからねぎらってたの。ワタシはすごく満足してる♡ それに、もしかしたら嬉しい事になってるかもしれないし♡」


 そう言ってそっとお腹に手を当てるワタシの頭を、髪を漉くように撫でてくれるレック。大きくて温かくてシアワセ~♡


「でも、もしそうなったらどうしようかとも思ってるの。実家に里帰りという訳にもいかないし……」

「それなら、ここに置いてもらえるように頼んでみようか。レイラなら自分で村での仕事を探せるだろうし、一月後の準備やユキカとの買い物の約束も果たせるだろうしな」

「そうね。村の人達とも馴染んでおきたいし、エリザさんにお願いしてみる!」

「それじゃ、起きて朝飯の準備でもするか。おい、ユキカ。そろそろ起きてくれ」


 ユキカを優しく起こそうとするレック。でも、おつかれユキカは中々起きてくれない。昨日、レックと2人でイロイロやりすぎちゃったかしら?


「うう~~ん……赤ちゃん、10人……」

「「多いな!?」」


◆◆◆


 ユキカを無事起こして朝飯の準備をしていると、朝から村長の所に呼び出されていたレベンスさんが戻ってきた。何やら難しい顔をしている。


「レック君、少しいいか?」

「何です? お義父さん」

「今、村長の所で聞いてきたんだが、王都から竜討伐の軍が出たらしい。後2週間程で現地に到着するから、この近隣からも戦える者を出すように御触れが回ってきたそうだ。もしかして、この相手は昨日君が言っていたガーネットさんじゃないのか?」


 ガタン!


「ユキカ! すまん! これ頼む!」

「あなた!?」


 俺は勝手口から外に出て、空の見える場所を探す。朝日の差し込んでいる場所を見つけてそこに走る。

 そしてその場所に着いて空を見上げながら叫んだ!


「エシュア! ローリア! どういうつもりだ!? ちょっと顔貸せ!!」


 …………。

 しばらく待つが何も反応はない。

 ちっ、そういう事か。俺に対抗する何かを見つけたな? それで約束を反故にしたと。

 ここで空を見上げていても埒は明かない。

 俺は家に戻ると服を着替えて白衣を羽織り、昨日の内に準備してあった荷物を引っ掴み、皆に声を掛けた。


「すまない。俺は今からここを発つ。俺の足で急げば1週間で辿り着ける。レイラはここでユキカと式の準備をしていてくれ」

「あなた! 私も行くわ! 治療の人手が必要かもしれないでしょ?」

「ワタシも行くわ! 兵士なんてワタシが蹴散らしてあげる!」

「いや、旅慣れていない2人の足では俺に付いてこれないし、何より駄女神どもが何か企んでいる。ここは大人しく俺の言う事を聞いてくれ」

「「でもっ!!」」


 2人の気持ちはよく分かる。逆なら俺も同じ事言ってるだろうしな。たが、下手をすれば人族軍と戦争になるし、駄女神どもが何をしてくるか分からない。そんな所に2人を連れて行きたくはない。


「ユキカもレイラも、そんな不安そうな目で見ないでくれ。2人をそんな場所に連れて行きたくないんだ。分かってくれ」


 いつもの2人ならこれで引き下がってくれただろう。だが、何かを感じてるのか、俺の言葉を聞いて寧ろ俺に迫ってきた。


「だったら尚の事、あなたに付いて行くわ。私達だってあなたに危ない所に行って欲しくない。でも、あなたの患者が危ないのでしょう? なら、私達だって出来る事をしてあなたを助けるわ。それが夫婦だもの」

「ワタシに妙案があるわ。レックが先行して、ガーネットさんのとこに着いたらワタシに連絡して。レックの元にリープで転移するとぶから。歩いて2週間の距離なら魔力消費は全体の3分の1くらいだから、行って帰る事も出来るし、魔力回復薬マナポーションがあればガーネットさんとルビーちゃんを逃がす事も出来るわ。だから」


 俺を少しでも支えようとしてくれる2人の想いが伝わってくる。

 彼女達の想いを無下になんて出来よう筈もない。

 俺は覚悟を決めた。


「2人共、危険な事に巻き込んですまない。俺に力を貸してくれ」


 2人の顔に笑みが溢れた。


「すまないなんて言わないで? 夫婦として当たり前の事をするだけだからね」

「アナタの想いはワタシ達の想い。遠慮なんてアナタらしくないわよ? あ、でも、終わったらご褒美にたくさん愛してね?」

「ありがとう2人共。愛している」

「「うん!」」

「それじゃ2人共、資金は渡しておくから俺が移動している1週間で準備を整えておいてくれ。ユキカは本で竜族の身体について頭に叩き込む事。レイラはレイラの力が十全に発揮出来るように魔法の触媒の準備を。大軍だろうが駄女神だろうが、俺の、俺達の患者クランケに手を出す奴はぶっ潰す」

「「はいっ!」」

「それじゃ、行ってくる」

「「いってらっしゃい! あなた!」」

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