第14話 それぞれの戦いと生命の選択 中編

 振り下ろされる短剣。

 しかし、それが俺に届く事はなかった。


キィィィン!


 刃が真銀製の鏃を持つ矢に弾き飛ばされた。

 それを放ったのは、言うまでもなく……


「「あなた!!」」

「待て、2人共! 俺を助けたら4人が助からん! 手を出すな!」


 俺が顔を向けた先を2人の妻も見た。


「お父さん!? お母さん!?」「御母様!? 叔母様!?」

「傀儡術で操られている。1人2人なら助けられるが、4人もいては誰かを助けている間に他のに自害される。4人を助ける為にはこうする他ない。短い間だったが、2人と結ばれて俺は幸せだった。ありがとう、ユキカ、レイラ」

「そんな……」「レック……」


 俺は本心からの礼を2人に述べた。

 俺の言葉を遺言と受け取ったのだろう。絶望の表情を浮かべる2人。


「愛しい伴侶との別れは済んだかしら? 待っててあげたんだから、感謝してもらわないとね♪」


 神とは思えない程の邪悪な笑みを浮かべているローリア。

 その後ろに白い人影が現れた。あれはエシュアの義体だ。


「もう、何やってるのよエシュア。あんな小娘2人に後れを取るなんて」

「危なかったわ。白い方は付与エンチャントが使えるようになってる。気を付けないと、足元掬われるわよ」

「へぇ……どうにか手駒に出来ないかしら?」

「余計な事に気を回していないで、まずはレック・セラータを始末しましょう」

「そうね。じゃあ、リオス。短剣を拾って。レック・セラータを殺しなさい」


◇◇◇


 どうしよう!? どうしたらいいの!?

 ここままじゃレックが殺される!

 でもレックを助けたらお父さんとお母さんが!

 生命の選択。

 一方を選べばもう一方は助からない。

 一番駄目なのは選べない事。

 白銀の鎧を着た男の人が短剣を拾い、レックへと向かっていく。

 私はどうしたらいいの!?

 その時、傍にいたレイラがそっと囁いた。


「ユキカ。純魔法を付与した矢で4人を撃って。モチロン急所は外してね。ワタシに考えがあるから。ワタシはワタシの出来る事をやる。アナタもアナタの出来る事を」


 逡巡している時間はない。

 私は小さく頷いた。

 私の頷きを見たレイラが、2歩ほど前に出て声を張り上げる。


「メルキアニア! エルラウラ! なんて情けない姿! いくら神とはいえそんな駄女神に操られるなんて、ノスフェラウに連なるモノとして恥を知りなさい!!」


 堂々としたレイラの口上に女神達がたじろぐ。

 その隙に私はレイラの陰で矢を4本手に取り、純魔法を付与エンチャントする。


「貴女、自分の家族がどうなってもいいの!?」

「ワタシはノスフェラウから勘当されたの。なら、その2人はもう家族じゃない。自分の夫と家族じゃない2人。どちらを取るかなんて言うまでもないわ!」


 レイラの合図。女神達から見えない方の手で。

 躊躇うな! 今まで獲物を狩ってきた自分の腕を信じるの! 致命傷でなければ私が、そしてレックが治せる!


ヒュン!ヒュン!ヒュン!ヒュン!


 たて続けに4本矢を放つ! 短弓の弦の引き代の短さを生かした速射。狙い過たず4人の左肩へ!


「「なっ!?」」


 家族を切り捨てたレイラではなく、私が躊躇なく攻撃してきた事に驚愕する女神達。

 そして……


「「「「アアアアアアアア!!」」」」


 頭を押さえ苦悶の声を上げる4人。その光景に私と、女神達の目が奪われる。


「【シャドウリープ】! 【マリオネット】! ユキカの所に行って彼女を守りなさい!」


 自分から注意が逸れたタイミングを見逃さず、レイラが転移したとんだ

 そしてレイラ自身が4人に傀儡術マリオネットを掛けて、こちらに来るように指示した。

 そうか!

 普通なら格上のローリアが掛けた魔法をレイラが上書きする事なんて出来ないだろう。

 だから私の矢の付与でローリアに掛けられていた魔法を弱めて、それからレイラが上書きしたんだ。

 さっきエシュアに逃げられた時、付与の矢ではエシュアの防御は突破出来ても魔法までは抑えられなかった。

 でも逆に言えば、抑え切れなくても弱める事は出来るという事。

 その事からここまで思い付くなんて、レイラ、すごい!


「この小娘がぁぁぁっ!!」


◇◇◇


「この小娘がぁぁぁっ!!」


 目論み通り人質は救出出来た。

 だけどそれはワタシ自らが相手の懐に飛び込む事でもあった。

 傀儡術【マリオネット】の効果範囲は狭い。

 一度掛かれば声の届く範囲で指示を出して動かせる。

 けど、最初に掛ける時は至近と言っていい距離でしか効果がない。

 自分達の目論みをあっさり潰された黒の駄女神が襲い掛かってくる。

 ローリアが鋭く尖った爪の付いた指先を揃えて振りかぶる。

 受け止めるか捌くかする為にワタシはミスリルロッド構える。

 だけど駄女神とはいえ神は神。あの爪は人智を超えた速度で繰り出されるだろう。

 でもワタシは心配などしていなかった。

 なぜなら……


ガシッ!!


 ローリアの首が、その後ろから現れた指ぬき手袋をした大きな手に鷲掴みにされる。


「俺が妻に手を出させると思うのか?」

「っ!? バカな!? いつの間に!?」


◆◆◆


「俺が妻に手を出させると思うのか?」

「っ!? バカな!? いつの間に!?」


 ユキカがレイラの陰で矢に純魔法を付与しているのが見えた。

 それで俺はレイラの意図を悟った。

 このままではレイラが危ない。

 縮地を使えば間に合う。

 だが、縮地は転移ではなく高速移動。

 レイラが術を上書きして人質の4人をこちらに向かわせると、縮地で移動中の俺と激突する恐れがある。

 なら、失敗した時のリスクが大きいがあれを使うしかない。

 レイラが家族と俺の両方を助ける為に生命を掛けた。

 その意志と心を無駄にはしない!


 深く深く集中する。

 転移先はローリアの真後ろ。そこには何がある?

 空気と火成岩の地面。

 地面は少し跳べば無視出来る。

 なら空気は何で出来ている?

 窒素、酸素、二酸化炭素。

 ここは火口だからいくらかの火山性ガス。

 本当に微量なモノは無視でいい。

 転移する俺の身体は何で出来ている?

 どうやって出来ている?

 遺伝子から己の全てを読み出せ!

 そして……


「【Quantumクォンタム Transitionトランジション】!」


 自分の身体と転移先にあるモノを認識出来ない状態にまで変換し、それぞれの場所を入れ換えて再構築する。失敗すれば間違いなく死ぬ、というか消滅する。

 各属性にあるリープ系の魔法は、これを簡略化して精度を高めたものだ。

 先に転移先に各属性のモノに覆われた身体を構築してから意識を転送して入れ換える。

 構築されなければ意識は転送されないから、戻る身体がなくて失敗する事もない。

 但し、先に転移先に構築するから転移先が相手に悟られ易い。

 意識の転送を待って攻撃されたら一貫の終わりだ。

 だからレイラが今からやるように、相手の意識を他に向けさせてから使う必要がある。

 だが、俺の魔法なら転移と同時に行動出来る。

 果たして、転移は成功し、俺はローリアの後ろを取った。後は、この理不尽の権化を滅するのみ。


「レック・セラータァァァッ!!」

「ふんっ!!」

「「ウグワーッ!!」」


 隣の駄女神(白)が爪を鋭く伸ばし襲い掛かってきたのを、掴んでいた駄女神(黒)を棍棒代わりに殴り飛ばす。


ドゴォォォン!!


 岩壁に叩きつけられて崩れ落ちる駄女神(白)と、首が根本からおかしな方向に折れ曲がっている駄女神(黒)。

 神の義体は云わば精巧な人形ゴーレム。義体の破損で精神なかみがどうかなったりはしない。

 しかし、精神なかみが身体を精緻に動かす為には、義体のコア経路パスを繋いでおく必要がある。

 非常時には、この経路パスを切れば精神への損傷ダメージは防ぐ事が出来る訳だが……


「パ、経路パスを切れば! っ!? 経路パスが切れない!?」


 首から下がぶらんぶらんしているローリアが悶えるが、俺は意に介さない。


「ぬんっ!」


 空いている方の手でローリアの背中から、人で云えば心臓の位置に抜き手を打ち込み、そこにある球体を握り締める。


「今まで色々大目に見てやっていたが、もういい。お前達のような駄女神は、この世界には必要ない。先に逝った2柱の所に行くがいい」


 精神とは則ち、記録媒体に保存された量子データだ。

 生物なら脳、そして神なら神域と呼ばれる領域そのものが記録媒体になる。


「やめろぉぉぉ!! 私を滅するとこの世界で属性魔法が使えなくなるぞ! それでもいいのか!?」


 脳のように物理的に存在するものなら、それを破壊するのが精神を消すのに一番手っ取り早い。


「問題にならんな。そもそも属性魔法が使える奴の方が少ないんだ。暫くは大きく混乱するだろうが、属性魔法なんぞなくても人々は生きていける。お前達は人を舐めすぎだ」


 だが、神域のように物理的に存在しないものは破壊出来ないし、存在していてもそれを破壊したくない場合もある。その時には別の方法を取る。


「いやだぁぁぁ!! 消えたくないぃぃぃ!! 何でもするから!! そうだ!! お前の子を産むから!! そうすれば家族になるから助けてくれるわよね!? ね!?」

「いらん。どうせ産んだところで育てられんのだろう? それに……」


 2人の妻を見る。2人は無表情だ。

 だがあれは怒りが頂点に達しているゆえの無表情。

 それはそうだ。

 ユキカは家族を助ける為とはいえ弓で射させられた。

 レイラも同じく、傀儡術を掛けさせられた。

 一歩間違えば家族を失わされていたのだ。

 それを棚に上げて、助かりたいが為に家族になるという。

 そんな事、誰が受け入れるというのか。

 流石は駄女神。自身の消滅の危機にあっても人を舐める事はやめられないようだ。


「この期に及んで人を舐めくさっているお前は、きれいさっぱり消えて、別の何かに生まれ直してくるがいい。【Zeroゼロ Overwriteオーバーライト】」


 記録媒体を破壊出来ないなら、保存されているデータを上書きして潰してしまえばいい。

 無を表す文字であるゼロ。それでローリアの全てを上書きする。


「やめぇぇぇっ!! あああぁぁぁ!! 私が……消え…………て………………」


 悶えていたローリアの身体から力が抜け、ガクンとなって動かなくなる。

 俺はローリアの身体を無造作に投げ捨てると、岩壁に叩きつけたエシュアの方へと向かう。

 エシュアの義体は、崩れ落ちた姿のままそこにあった。

 どうやら早々に経路パスを切ったようだ。

 流石駄女神、仲間すらさっさと見捨てるか。


「……終わったの?」


 俺の隣までやってきたレイラが呟く。


「エシュアには逃げられたが、この場の戦いは終わった。レイラ、よくやってくれた。だが、余り危険な真似は……」


パンッ!!


 火口に乾いた音が響く。頬に鋭い痛み。レイラの振り抜いた平手。


「それはコチラのセリフよ!! 御母様や叔母様を助けようとしてくれたのは感謝するわ! でも、それでアナタがいなくなったら何の意味もないの! アナタの生命はもうアナタ1人のものじゃない! だから! だからもうこんな事は絶対にしないで!! ワタシは……ワタシは!!」


 泣きながら怒るレイラを強く抱き締める。

 不甲斐ない。妻にこんな顔をさせるなんてな。


「……すまない。お前の言う通りだ。もう二度と自分を犠牲にしたりしない。そしてお前達も絶対に守る。魂に誓って約束する。レイラ、叱ってくれてありがとう。お前もユキカも、俺の最高の伴侶だよ」


 胸の中で泣くレイラをあやしているとユキカがこちらにやって来た。

 ユキカの所へ赴いた4人は、今はユキカの治療術で矢傷を治し、昏睡させられ寝かされている。

 精神疾患の相手は暴走や自傷を防ぐ為に一度昏睡させるのが常道だ。

 それは魔法で操られた場合も同様。

 ローリアが滅んで、あいつが司っていた闇、地、水の属性魔法もなくなった。

 当然、掛けられていた傀儡術も消滅した訳だが、消滅前に昏睡させていれば、脳活動電位も抑えられているから脳の損傷を防げる。


「私の言いたい事はレイラが言ってくれたからもう言わないけれど、あなた、無事で良かった……」

「ユキカにも心配を掛けてすまない。そして、よく頑張ってくれた。ありがとう、ユキカ」


 レイラと共に、ユキカも抱きしめる。

 ひとしきり抱きしめた後、2人の身体をそっと離すと、「治すね」と言ってユキカが俺の頬に手を当てる。レイラに平手打ちされた所だ。


「いやいい。この痛みを心に、魂に刻み付けておきたい。二度とお前達にあんな顔をさせたくないからな」


 俺のその言葉にユキカは「そう……」と言って手を引いた。そのユキカの頬を俺がそっと撫でると、ユキカは俺の手に自分の手を重ねて、その感触を確かめるように目を細めた。


「よし。それじゃ手分けして皆の治療に当たる。まずは昏睡させている4人を洞窟の出口近くに移動する。火口の熱気は上へと抜けていく。そこに横穴があればそこから外の空気が入ってくる。だから、洞窟の出口付近なら火口の熱気を凌げる」


 そして、寝起きのように頭を振っている勇者パーティーの3人にも声を掛ける。


「リオス、シノン、アイ。詳しい話は後で聞く。取り敢えず手伝……待て!!」


 咄嗟にユキカとレイラの2人を横にやり、縮地でリオス達の前へと立ちはだかる。

 俺の背中に着弾する炎。竜吐炎ドラゴンブレス。それを放ったのは……


「やめろルビー! ガーネットはそんな事望んじゃいない!」

「ギュオオオッ!! (お兄ちゃんどいて!! そいつ殺せない!!)」

「グオォン!! (ルビナティアナラゥルリィレイナ!!)」


 ルビナティアナラゥルリィレイナはルビーの本当の名前。所謂"真名まな"だ

 それを俺は竜族語で叫ぶ。

 竜族は真名を呼ばれると鎮静化する。

 竜族語で叫んだのは、他の者にルビーの真名を知られないようにする為。

 ここにはリオス達もいるからな。

 竜族の真名を知り得る相手は、自分の親と伴侶のみ。

 というか、真名は親が付けるから親が知っているのは当然として、伴侶には自分が我を忘れて暴れた時に抑えてもらう為に教える。

 俺がルビーの真名を知っているのは言うまでもなくガーネットが教えたからだ。

 過去、ガーネットとつがいになりたがっていた黒竜がガーネットに襲いかかっていたところを俺が助けて傷を治療した事で信頼してくれるようになり、自分と娘の真名を教えてくれた。

 うむ。よく考えたら、この時からルビーを俺に推す気満々だったな、ガーネットは。


「やめろルビー。そいつらは駄女神に操られていただけだ。そしてそいつらを操っていた駄女神は俺が滅した。仇は取った。だからやめろ」

「ミュォウ……ミュォウ……(お兄ちゃん……わたし……)」


 俺の傍に降りてきたルビーが悄気しょげたように頭を下げる。

 俺はルビーの頭を抱きかかえ、首筋を優しく撫でる。


「気持ちはよく分かる。俺も昔、駄女神共に家族を奪われたからな。だが、リオス達も被害者だ。被害者同士争って、喜ぶのは駄女神だけだ。俺は今から皆の治療に当たる。お前はガーネットの傍に居てやれ」

「ミュイミュイ……(うん。わかった……)」

「レックさん、俺は……すみません!!」


 魅了術が解けてようやく自身の犯した事を理解出来たのか、リオスが膝をついて頭を下げる。


「リオス。詳しい話は後で聞く。今はユキカ達と一緒に、あそこに寝かされている4人を洞窟の出口付近の涼しい場所に連れていってやってくれ」

「分かりました……」


 リオスに家族を託し、俺はガーネットの所に向かった。


◇◇◇


「ミュォウ……ミュォウ……(お母さん……お母さん……)」

「グルルルル……(ルビー……無事で良かった……)」

「ミュォウミュォウ……(お兄ちゃんが助けてくれたよ……)」

「グルルルル……(そうですか……レックが間に合ってくれましたか……)

「ガーネット!」


 お兄ちゃんが来てくれた!

 他の人間たちはあいつらが開けた穴の方に行ってる。


「今から診る。少し待ってくれ」


 お兄ちゃんがお母さんの身体に触れると、そこから優しい光がお母さんの身体に広がっていく。

 お兄ちゃんならお母さんをきっと治してくれる。そう思った。


「…………」


 お兄ちゃんが目を閉じて俯いた。

 どうしたの? 早くお母さんを治して?


「……ガーネット、お前、ローリアの生命力吸収エナジードレインを受けたな? 何故避けなかった?」


 エナジードレインって何? お母さんを治してよ!


「グルルルル……(ルビーがあれを受けたら即死でしたからね……)」

「……俺の術で何とか保たせる。ルビーが継ぐべきモノを渡してやれ」

「グルルルル……(最期まで手間を掛けさせるわね、レック……)」

「ミュォウミュォウ!? ミュォウ! ミュォウミュォウ!!(何言ってるのお母さん!? お願いお兄ちゃん! お母さんを助けて!!)」


 わたしはお兄ちゃんを見た。

 わたしには人間の表情はよく分からない。

 でも、そのわたしが分かるくらい、お兄ちゃんの顔は悲しさと悔しさでいっぱいだった……

 だからわたしは分かった。お母さんはもう……


「グルルルル……グルルルル……(よく聞きなさい、ルビナティアナラゥルリィレイナ。今から貴女に私の竜核を渡します)」

「ミュォウ! ミュォウミュォウ!!(そんなのいらない! だから元気になってお母さん!!)」

「グオォウ!(ルビナティアナラゥルリィレイナ!)」


 お母さんの怒声にビクッと身を竦ませる。


「グルルルル……(生きる者は全ていつかは死ぬものよ。受け入れなさい)」

「ミュォウ……(お母さん……)」


 わたしは、お母さんの大きな顔に頬擦りする事しか出来なかった。


「グルルルル……(レック、あそこにいる白と黒のが貴方のつがい?)」

「……そうだ。ユキカとレイラ。俺には勿体ないくらい良く出来た妻だよ」

「グルルルル……(ならそこに、 もう1人くらい紅いが加わっても問題ないわよね?)」

「……一つだけ聞かせてくれ。どうして俺なんだ? 竜族にだってルビーを幸せに出来る奴くらいいるだろ?」

「グルルルル……グルルルル……(ただ幸せに出来る者ならいるでしょうね。でも、ルビーを最高に幸せに出来るのはレック・セラータ、貴方しかいないわ)」


 わたしはお兄ちゃんを見つめる。

 お兄ちゃんは、何かを考えるように閉じていた目を開いた。


「グォォオオオウ!(我、レック・セラータはガルネティアナラゥルシェアンナが娘、ルビナティアナラゥルリィレイナを娶り、我が生命尽きるまで彼の者を護らん!)」


 それは、竜族がつがいとなる時に交わす言葉。

 お兄ちゃんは、わたしを、つがいとして迎えてくれると言ってくれた。


「グルルルル!(さぁ、ルビナティアナラゥルリィレイナ、貴女も!)」


 お母さんに促され、わたしは言葉を紡いだ。

 お兄ちゃんに出会ってからずっと練習してきた言葉。

 そうなればいいなと思って……


◆◆◆


「グォォオオオウ!(我、レック・セラータはガルネティアナラゥルシェアンナが娘、ルビナティアナラゥルリィレイナを娶り、我が生命尽きるまで彼の者を護らん!)」


 俺は言葉を紡いだ。

 竜族が婚姻の時に紡ぐ誓い。

 彼女を娶るにあたり、万難はある。

 だが、覚悟は決めた。

 なら、後はどんな困難も俺の拳で打ち砕くだけだ!


「グルルルル!(さぁ、ルビナティアナラゥルリィレイナ、貴女も!)」


 ガーネットに促され、ルビーも言葉を紡ぐ。


「ミュォォオオオウ!(わたし、ガルネティアナラゥルシェアンナが娘、ルビナティアナラゥルリィレイナは、レック・セラータを夫とし、生命尽きるまで彼の者を愛し護らん!)」


 竜誓約の儀ドラゴニア・ギアス

 以前、レイラと交わした"婚心の契り"は互いの想いを確かめる只の儀式の意味合いが強い。

 勿論、儀式のついでに魅了術で相手を従わせる事も出来ただろうが、少なくともレイラは俺に魅了術を掛けようとした事はない。

 だが、竜誓約の儀には実効性がある。

 例えば俺の場合、ルビーと別れるように周りが動いてきてもそれを拒否し、ルビーが危機が迫ると真っ先に助けるように動くようになる。

 恐らく、純魔法で深層意識に刷り込みを行っていると思われる。

 ただ、誓約を使っている竜達には純魔法を使っているという意識はない。

 誓約を行えば実際に効果がある事は知っていても、その原理自体を知っている訳ではないのだ。

 竜族の能力にはこのパターンが多い。

 さっきルビーが放った竜吐炎ドラゴンブレスもその一つ。

 後、鉄すら引き裂く竜爪ドラゴンクローや鉄壁の強度を誇る竜鱗ドラゴンスケイルもそうだ。

 詳しい竜族の能力についてはまた別の機会に語る。今はもたもたと話をしている時じゃない。

 ローリアの生命力吸収エナジードレインで奪われたガーネットの生命力。

 それはガーネットの巨体を維持出来る程残されてはいなかった。

 いくら俺が治療術で生命力の入れ物たる体細胞を再生させても、そもそもそこに入れる生命力がなければ細胞を維持出来ない。

 以前、"白壊病ホワイトコラプス"を罹患していたユキカも、もう少し発見が遅ければ今のガーネットと同じようになっていただろう。

 生命力は個々で回復するしかなく、治療術で補填も回復の加速も出来ない。

 そして、ここまで生命力を減らされていると、再生した細胞の崩壊の方が生命力の回復より早い。

 どんなに多くの知識や高い能力ちからを持っていても所詮は人族の身。生命力が回復するまで成竜エルダードラゴンの巨大な身体を維持し続ける事は出来ない。

 神でもない身で、いや、神ですら全てを救う事なんて出来ない事は嫌という程分かっている。

 だがどうしても悔しさを覚えてしまう。たら、れば、を考えてしまう。

 それもまた人の身故か……


「グルルルル……(これで思い残す事はない……レックと共に幸せになりなさい、ルビナティアナラゥルリィレイナ)」

「ミュォウ……(お母さん……)」

「グルルルル……(最後に、貴女の成長した姿を見せて? さぁ、これを)」


 ガーネットの身体から真紅の光の粒子が立ち上ぼり、ルビーの身体へと纏わり付く。

 そしてそれは、ルビーの中へと浸透していく。

 竜核継承コア・サクセス

 竜の脳内にある、竜の能力ちからの源。

 それを任意の相手に譲り渡す。

 受け取った方は飛躍的に能力が増大するが、失った方は死亡する。

 ただ、ギロチンで首を落とされた人間でも、落とされた直後の十数セクドはまだ意識かある。その間に走馬灯を見たりする訳だ。


「ミュォォォォォオオオオオ!!」


 ガーネットから竜核を受け取ったルビーが咆哮を上げる。

 可愛らしかった幼竜のそれから雄々しい成竜のそれに変わって行くにつれ、ルビーの身体も大きく成長していく。増大した能力に耐えうる身体に変化していくのだ。

 竜核を失ったガーネットの生命の火が急速に消えていく。俺は少しでも長くガーネットに成長したルビーを見てもらう為、限界まで術の強度を上げる。


「グルルルルルルル……(あぁ……綺麗ね、私の愛しい娘、ルビー……レック、娘をお願い……)」

「任せろ」

「グルルル……ルル……ル…………(ありが……と……う……………)」

「クルルルルル……(お母さん……)」


 ガーネットは、その目をゆっくり閉じた……

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