1-13 有無/6709 7121
「各班! 被害・状況を報告しろ」
「海鴉へ、海雀零一。三人が孤狼の非殺傷弾により昏倒。以上」
《海雀零六、送れ》
《海鴉・海雀零四へ海雀零五。零六は壊滅。零四は再編し現場指揮権を委譲されたし。送れ》
《了解、三分後に降りる。応答終了》
「オオネ、カラタケの容体はどうだ」
『良好。本格的生命維持処置を施すため至急身柄引き渡しを行うべきだ』
「......そうだな。暗殺指令が何処から出たのか知りたいところだが、こうして奴は生きて我々の縄にかかった。......ということにしてここは手を引こう。今は......。 海鴉、至急救護車を要請しろ。医療班は一階で対象の首級を受け取ってくれ」
オオネが腰に繋がれた首級をぶら下げ、降りに行った。
「あれは厳重に、独立した隔離施設に拘束していただきたい。電子的に何人たりとも侵入させても、排出させてもならない」
「ご忠告どうも。ならばお前はもっとお前自身の追っている
「クシマモリさん......と言ったな」
ケナは冷たく嫌味を、隠すところもなく放つ初老の男を睨む。
「奴は......あんたの戦友はなぜ何者かに拘束されていたのだと思う」
「......長話は昇降機でしようかね」
兵士二人を随行させ廊下へと歩み出る。
「戦友......か。ツマ戦役とヒダ国追討戦で居合わせていただけの奴の事なぞ知らんな。大方...... 同志の恨みを買ったのだろうよ」
「ではあんたは依然彼がナガト隊伍商団と呼ばれた反体制残党組織の指導者であると思っているんだな」
昇降機が到着し四人が中へ入る。ケナは屋上への
「......さらに奴の手を引いていた者が居るとでも? ともすればそれは最早我々の手に負えるものではないかも知れない)」
「だろうな。奴はここに先刻まで居た彼らと取引をした。彼らが渡したものの一つは俺とあんたが狙っていた、亡命希望のシンロウ博士。向こうからは、百禽国宮仕えの巫女。だがそれに留まらず、彼らは博士と、カラタケから渡された鞄を持って逃げた。誰にも気づかれることなく地下駐車場から......」
「三台の装甲車を繰ってだ。それらは全く別々の方角へと散らばっていったという。間違いなくうち二つは囮だろうよ」
「あの
「わからんな。何かここから見つかったら教えよう。だがそもそも奴らが
「どこぞの。それが最大の問題だ。......なあクシマモリさん、この国における体制とはなんだ?」
「......カラタケが護ろうと叫んでいるのは軍事による地方統一と東征
ワタヌキ家と彼らは敵対せども、それはミクラが仁徳による王道統治を推し進めたことによるものであり、依然それを快く思わぬものは陰ながら多い。彼らは右翼保守派なのであって、お前が追っているものが反体制組織と思っているならば認識違いだ」
「......
「何がわかった。取引物か、
「こっちの話だ。あんたの手に負える話じゃないよ」
「お前の手には負えるとでも? お前はそんなに......」
「大層な人間らしい、己がそう思っていようと無かろうと」
扉を開き立ち去ろうとした黒い躯体の青年は、ふと思い出したかのように軍人上がりの老人の方を目のみで見つめた。
「あんた、ツマ国の戦場に?」
「ああ。軍情報部だったが、鼻摘み者故に前線の指揮下にあった。お前の
「......誰の祖父だと?」
「お前の
「......聞くんじゃなかった」
「お前の名は?」
「教えたってお前はすぐ忘れるだろう」
「ああ勿論。ただ、今ここで聞きたいだけだ」
眉を
「ケナだ」
「有無、お前のことは覚えておこう。私の脳を断りなく覗き見た不遜者としてな。......楽しい語らいであった」
「フン、なら良かった」
肩を
>記: 壱与乃語
トキの町の調査は難航した。スクネの生家は台風により破壊され取り壊されており、彼らの残してきた物証はわずかだった。そして聴き込みを重ねるにつれ段々と浮かび上がっていったのは、スクネとコウがこの町で確かに生活していた証言、そして彼ら二人がスクネの認識しているように仲睦まじく連れ立っているのを見たことがないこと、そして、この町で比較的名の知れた漁師であった、カネスネとの間に産まれたであろう
宿に泊まり草木も眠ろうかという頃合い、スクネはわたしを話がしたいと尋ねてきた。その姿はたった一日であまりにも憔悴し、ケナが取り調べた時の威勢は消え失せ、弱々しく風前に消え入りそうな灯火と成り果てていた。
「......いいんですよ。ここじゃヤマテラスを起こしてしまうから、外へ出ましょう」
「......ああ、すまねえな......」
草木も眠り出だそうという時柄、あたりは蛙の声に溢れている。
「
「わたし、都から出たことなくてこんなのは初めてで...... 辺境のお国というのはこんなものなのですか」
「ああ、毎夜聞いていれば慣れら。今は...... そっとしといてほしいもんだが」
「わたしは......好きですね。どことなく心が安らぐ気がします」
「なら...... よかった」
ひととき蛙の唄に耳を傾けていると、スクネは重苦しい口を開き、
「あいつとは、いろんな思い出があるんだ。何から語ろうか窮するぐれえにはな...... コウは、信心深いやつだった。一緒に大社を拝しにいったこともある。あいつの母親がこの町にいられなくなって以来、母娘ふたりでイヅモの国を駆け回ったそうな。嫌いになったっていいぐれえなもんだが、旅が好きなやつだった」
「あなたはいつも連れ立っていたってことですね」
「多々もの言ったんだ、女建らに旅なんぞ好みやがって、連れ回されるオレの気持ちにもなれってよ。そうしたら、あいつぁ言ったんだ、スクネと国を回るのがなによりの楽しみなアタシの気持ちにもなれ......とよ。......そんな思い出もあったのかもうあやしいがな」
「......」
「それども本当に、あいつの魂は何処に行くのか、気がかりでならない自分がいるんだ。あいつには、最後に最悪なことをしてしまった。あんじょう気づいてやれなかった気持ちでいっぱいなんだ...... なんだが、それすら嘘だったとしたら? オレがオレである証拠はどこにあるんだ......?」
「......わたしから言えることは、あなたはあなたであって、それは間違いないこと。人は決して壊れることのない魂、霊魂を持っている。それは記憶を取り出すことが可能になった今でも、神によって護られている領域です。それは、あなたをあなたらしく足らしめるものなのだと伝え聞く」
「なんでそれは壊れることがないんだ」
「それは『云々に非ず』としか表現できないものであり、わたしたちが認識を行う器官。然して実態が存在しない故に、神の管理せし領域だからです」
「神さんがどうたらなんて御託は聞きたくないし、カタチのないものがオレだなんて信じたくもない。一体全体オレの何が本物なんだ。認識や記憶ってえもんが曖昧なものだとしたら......この思いもまたどこへ往くんだ」
「スクネ、あなたは賢い方ですね」
「嫌味か」
「いえ、その問いは古来より哲人たちが求めてきたもの。凡夫には追い求めることも易くないことにあなたは答えを求めようとしているのです」
「テツジンだかなんだか知らねえが、答えなんてあんのかよ」
「わたしの伝え聞くお話を聞かせましょうか。それは西海の向こうの大陸、二百五十年程前の天竺のお話だとか......」
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