0-3 二思/4E8C 601D

 収容所、授産施設、孤児院。ミツゴノ島に隔離施設が集まる一方、大橋を隔てた先の、国造くにのみやつこの住う島後には港湾都市が建っている。

 かつて大陸との通商の形跡や海上防衛基地を残しながらも、緩やかに寂れつつあるオキ国は今や流刑の島としか認識されていないだろう。

 都市部は賊や唐人の組織的犯罪が蠢く一方、郊外の山間部には配流された貴人、他国の亡命者達の屋敷が並び建つ。


 それでもこのオキ島の都市群は、大きな部類であろうか。そのようにケナは狗奴国の辺境の集落と比較していた。果たして、この世界に百禽国の首都ヤマトより巨大なる都市があるものだろうか、と思う一方、もしも存在するならば、その国にとってオキ国都市都市群は発達している方なのか、とも思う。


 幼い頃よりケナは、この日の本は神に守られた地だと謳い聞かされてきた。


 今は昔、祖にして先達たる国大陸にあれど、今や日の本の他に蒼天なしと。


 なぜなのだと尋ねれば、母は必ず、それこそが八百万神やおよろずのかみのおられる証だと答えた。


 どの国の民も、自らの立つ地を、おわすと云う神を誇り譲らない。


 そんなにこの日の本を誇るのなら、この滄海の向こうにはどんな物々怪々に溢れる世界があるのかと。もしも我らの国もまた、それらと変わりないのではないかと。


 ケナはいつしか、母に尋ねていた。

 

 古き神々の事代を。

 

 母の生まれた、イヅモ靑鰉国の話を。

 

 父と出会った、狗奴国の話を。

 

 東に広がる、百禽国より向こうを。

 

 答えられなくなるまで尋ね、なぜ答えられないのか、聞きそびれたまま今生の別れを迎えた。

 

 真っ赤に燃え上がるイト国の都の浮舟の残骸。

 千切れ飛んで折れ曲がり、見る影もなくなった母の傍ら。


 同じように壊れ吹き飛んだ身体を横たわり見つめ、いつしか意識をも手放した。

 それでもきっと、その時思い浮かべた二つの思い。


 この世に神がおわすなら、こんなことがあってたまるか、と。


 それであってもこの広い世界をもっと見たかったと。



 その思いだけは、手放せなかったのだろう。




「ぼんやりと海を眺めてどうした、イヌサカケナ」

 波立つ防波堤の上。右の傍らに水平を見つめる影があった。

 その影は人の形をしながらも厳かで、その向こうに何かを見つめるような瞳をしている。

 その者はヤサカオホセ、靑鰉国の大王おおきみだ。


「ヤッ......」

 言いかけるとその青年は食指を唇に立てる。

「大きな声を出すな、オオネも気を遣ってくれたというのに」


『主が海を眺めるのは、いつものことだ。それを邪魔するとあまりいい顔をせん。だから敢えて伝えなかっただけだ』

 

「そうか。やはりいい相棒を持っているようだ」


「ミクラすら危険だと言った島に王がなぜ忍んで来ている」


「私の顔を知る者はまずいないだろう。例え私たちの天網てんもうに接続しようと、生きては帰れない。私たちは物理的にも電子的にも、秘匿性を抱えてこの世界に存在し得る」


 ヤサカは水平を見据え、専門的な用語を、まるで深淵なる遠神とおかみの御言葉のように繰り出す。だが次には、ケナに向き直り微笑みを湛え、慈しい言葉を投げかけた。まるで、人間かのような。


「......私という肉体ですら、神に捧げた端末の一つでしかないのだ。これは我が神の意思、すなわち私自身が望んだことでもある。私の役目は、人の目線にて、この世界を見つめることである。君たち人が肉体を機装化きそうかせども、義理ある人の殻を捨てぬこと。それに意義を、私たちも見出しているんだ」

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