その3 新入生の指導

「先週から前田研究室に配属された、学部四年の石口いしぐちです。よろしくお願いします」

 石口 すすむの威勢の良い挨拶が研究室に鳴り響いた。

「あ、博士一年の桜田です。どうぞよろしく・・・」

 対照的に恭太の声は小さく、周囲の音にかき消されるほどであった。この日は、先週から配属された新入生の研究テーマが決まり、恭太は進の卒論研究の指導をすることが決まった。

「それでは、今後の進め方について詳しく話そうか。会議室に移動しよう」

 そう恭太は言うと、二人は隣にある会議室に移動した。


「えっと、一年間のスケジュールはこんなところかな。何か質問ある?」

 恭太は、学部四年生の主なスケジュールを説明して、進に伝わっているか確かめた。

「いや、特にはないですけど、卒論ってやっぱり大変ですか?」

「うーん、まあやっぱり大変かな。どうしても直前は夜遅くや週末も研究室に行かなきゃいけないことは増えるかもしれないな」

「そうですか・・・。卒論以外で忙しい時期はありますか?」

「うーん、秋ぐらいに中間報告をしなければいけないから、そのあたりは忙しいかな。あとは、研究の進捗によって大きく変わるとは思う」

 恭太は、進の質問に丁寧に答えるが、質問内容が本質的なことというより、忙しさについてであることが少し気になった。


「ところで、災害時の人命救助ロボット関連をテーマに選んでくれたわけだけど、具体的にこんなことがしてみたいとかあるの?」

 恭太の質問に、進はしばらく考え込んでから答えた。

「いや、特にこれといったものはないんですよねえ・・・。一番簡単に結果が出そうなものって何ですか?」

 進の返事に恭太は驚いてしまった。

「え、簡単に結果が出るもの・・・?えっと、そもそも何で石口君はこのテーマを選んだの?」

「いやあ、修士の先輩に聞いたら、桜田先輩なら丁寧に見てくれると思うから楽かもよって言われたもので・・・」


 恭太は少し怒りに近いような感情を覚えた。進が研究内容とは関係ないことでテーマを選んだこともあるが、修士課程の後輩が恭太自身のことをそのように捉えていたということもショックであった。

 改めて進の様子を見るが、彼の目はまっすぐしていて、悪気があるようではない。恭太は、今後の進との関係のことも考えて、怒りたくなる気持ちを必死に抑えた。

「まあ、まずは自分がやりたいことを見つけて進めた方が、やる気も出るし、辛いときも乗り越えられると思うよ。関連する研究をいくつかピックアップして送るから、いろいろ自分でも調べてみてね」

「わかりました。ありがとうございます!」

 進は相変わらず威勢の良い声でお礼を言って、会議室を出ていった。


「はあ、疲れたな・・・」

 会議室を出た恭太が一息ついていると、前田先生が恭太のもとにやってきた。

「桜田君、お疲れ様。石口君との会議はどうだったかな」

「あ、先生。ありがとうございます。必要なことは伝えられたと思います」

 恭太は、進がばかり気にしていたことも伝えようかと思ったが、先生からの印象を悪くしても良くないと思い、言うのをやめた。

「そうかそうか。石口君は期待の新人だから、しっかりとサポートしてあげてね」

 前田先生が満面の笑みで言う。どうやら、進のことを気に入っているようだった。

「あ、そうなんですね。頑張ります・・・」

 恭太が返事をすると、さらに前田先生は話を続けた。

「石口君は私の講義も真剣に聞いてくれているし、授業中に質問とかも良くしているんだよ。彼も博士に進学してくれるんじゃないかって期待しているから、桜田君よろしく。彼の今後は君にかかっているよ」

 そう言って前田先生はまたどこかに行ってしまった。


 前田先生が進のことを気に入っているのは良いことだが、果たしてそれはずっと続くのであろうか。恭太は少し気が重くなった。

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