第三章 博士課程一年目~新しく見えてきた謎

その1 リジェクト

「The paper has been rejected.」


 博士課程に進学した初日、恭太に届いた最初のメールの内容である。先月Journal of Robotic Scienceに投稿した論文が掲載却下(リジェクト)となってしまったのである。


「よりによって、なんで博士になった初日にこんな結果が来るんだよ・・・」

 恭太はメールを見て思わず呟いた。博士課程に実際に進学するのをとても楽しみにしていた恭太は、いつもより早起きして八時より前には研究室に到着していた。やる気に満ち溢れていた状態でパソコンを起動した後、目にしたものがこのメールであった。


 Reject(リジェクト)。これはアカデミアの道に進む以上、ほとんどの人が経験することである。しかし、恭太にとってはこの時が初めての経験であった。また、前田先生からは論文投稿の招待を受けていると聞いていたため、正直リジェクトを今回経験するとはまったく想定していなかった。


「桜田君、おはよう・・・。あれ、どうしたの、浮かない顔して」

 博士課程の最終学年になった、小早川 勇樹が研究室に来るなり恭太に声をかけた。

「あ、小早川先輩・・・。おはようございます。実は、論文がリジェクトされたという連絡を受けてしまいまして・・・」

「あ、なんだ。そういうことか。それは、残念だったね」

 リジェクトの経験を何度かしたことのある勇樹にとっては、特に珍しくもないニュースであったため、少し拍子抜けした様子であった。


「リジェクトされた時って、先輩はどうしていたんですか」

 恭太が質問すると、勇樹は少し困った表情で考え込んだ。

「うーん。どうするも何も、リジェクトされた事実を受け止めて先に進むしかないよね。まず、何が原因でリジェクトされたかを見て戦略をたてないと」

「リジェクトされた理由ですか・・・。最初の分で落ち込んでしまって、細かいところ読んでいなかったです・・・」


 一概にリジェクトと言っても、理由はたくさんある。新規性が不十分であったり、実験などに明らかな欠陥があったりといった理由もあれば、単純に投稿先のジャーナルとスコープが違うといった理由もあり得る。恭太は改めてメールを見直した。

「あ、審査員の人から実験データが不十分と書かれています」

「そっか。それなら、早めに計画たてて実験を追加するか、それかもう少し論文が通りやすいジャーナルに変更するか先生と相談することだね」

 勇樹はとても淡々と話したが、その中身はとても論理的であった。

「特に、桜田君は博士課程に進学したのだから、早いうちに論文が受理されるようテキパキと進めていくしかないよ。修了要件を三年で満たすのって結構大変で、自分もまだ満たせていないから焦っているんだ」


 博士課程の修了要件は、大学や学科によっても異なる。恭太の学科の場合は、授業の単位数に加えて、学術論文が基準を満たしたジャーナルに計三報公開されることが必須であった。確かに、博士課程の最後の方は、博士論文の執筆に追われることを考えると、早いうちに学術論文の執筆を終えておく必要がある。


「そうですね・・・。さっさと切り替えて頑張ります」

 恭太がそう言うと、勇樹は少し自虐的な笑みを浮かべた。

「まあ、時間がないなって思ったときは、博士課程を三年ではなく、四年や五年って延ばすことを考えれば気が楽になるよ」

 そう言って勇樹は自分の机に向かっていった。


 恭太の博士課程初日は終始気が重いままであった。

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