その7 末は博士で二児の父
「はあ、体が温まったあ」
莉緒が嬉しそうな声で言う。恭太と莉緒は一泊の温泉旅行に出かけていた。本当は莉緒の就職前にもっと本格的な旅行をしたいと考えていたのだが、恭太の研究が忙しいため、予定を変更していた。
「僕が忙しいせいで明日にはもう帰らなきゃいけないけどごめんね」
恭太が申し訳なさそうに言う。というのも、恭太が長期の旅行が厳しいことを伝えたとき、莉緒はとても悲しそうな表情を見せていたからである。
「もういいのよ。気にしないで。こうやって短くても旅行に出かけられたんだし」
莉緒は笑顔でそう言う。その笑顔が心からのものなのか、恭太を気遣ってのものなのか、恭太には判別がつかないでいた。
「うわ、このお刺身美味しい」
温泉に入った二人は、旅館の夕食を食べていた。期間が短いかわりに、二人は奮発して、学生には少し高めの旅館を選んでいた。
「美味しい料理をゆっくりと食べることができたのは、本当に久しぶりかも。これで明日から研究頑張れる気がするよ」
「え、明日も研究するの?」
恭太の言葉に莉緒が驚いた表情を見せる。明日は日曜日であり、しかも二人が帰宅するのは午後六時ごろになる予定であったからだ。
「うん、そうだね。明日中に学術論文の原稿を先生に送る約束しているから、家に帰ったらすぐ作業しなきゃいけないかな・・・」
恭太がそう答えると、莉緒はしばらく黙ってしまった。今回の温泉旅行の中で一番気まずい空気が流れる。
「ねえ」
しばらくしてようやく莉緒が口を開く。
「恭太が三年前くらいに話していたこと覚えている?将来は子供が二人ほしいって言っていたこと」
「ああ、そんなこと言ったかなあ」
「その気持ちって今も変わってない?」
「うーん。どうだろう、今は博士に進学することで頭がいっぱいだったから、子供のことなんて考えられないや」
恭太はそう言った後、すぐに自分の発言を後悔した。それと同時に、自分が結婚とか子供とかそういったことよりも、博士号を取得することばかり考えていたことに改めて気づかされた。莉緒は、小さくため息をついたが、その場では何も言い返さなかった。
気まずい空気のまま、二人は夕食を食べ終え、寝る準備を進めていた。その間、恭太は改めて莉緒との将来を考えていた。
お互いの年齢や、莉緒が来月から社会人になることを考えれば、そろそろ結婚のことやその先のことを具体的に考えた方が良いのかもしれない。そんなことを考えているうちに、子供が二人欲しいと言ったことも思い出してきた。
布団に横になる莉緒に恭太は
「あのね、莉緒。さっきは、二人のことをあまり考えていないような発言をしてごめんね。確かに、子供二人欲しいって言ったし、その気持ちは今も変わっていないよ」
莉緒は背を向けたまま無言であったが、恭太は話を続けた。
「ただね、二人のことを考えるうえでもお互いのキャリアというのは重要で、そのためにも僕にとっては博士号取得するのが・・・」
「わかってるよ」
莉緒は恭太の話を
「恭太の気持ちはわかっているから。私も恭太が博士に進学することちゃんと応援しているよ。来月からお互い大変になると思うけど、頑張っていこうね」
そういって莉緒は微笑む。恭太も莉緒の表情を見てホッとした。
「自分の将来は博士になること、そして二児の父親になること。どちらも重要なことであることを、これからもずっと覚えていよう」
恭太は心の中でそう呟いて、目を閉じた。
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