その6 最終発表会打ち上げ

「修士二年のみなさん、最終発表お疲れさまでした。それでは乾杯!!」

 後輩の中村の挨拶のもと、最終発表の打ち上げが始まった。そう、恭太たち修士二年の最終発表は無事に終わったのだ。


「くう、ついにこの日が来たか。俺たち頑張ったなあ」

 葉介がビールを飲み干してそう声に出す。その表情は達成感に満ち溢れていた。正直葉介の発表はところどころ曖昧なところがあり、質疑応答の時間では先生方に厳しく突っ込まれていた。それでも、葉介はまったく気にしておらず、二年間の大学院生活が終わることの喜びをひたすら感じているようであった。


「それにしても桜田君の発表凄かったよね。思わず拍手しそうになっちゃたもん」

 百合子がそう言ってくれたので、恭太はお礼を言って微笑む。恭太の最終発表は圧巻であり、質疑応答も完璧だったと他の人は言ってくれる。ただ、恭太自身は最終発表の記憶がほとんどなかった。発表の会場に着いたときはとても緊張していたのを覚えているのだが、いざ自分の番になると、ある種のゾーンに入ったような状態になり、気が付いた時には自分の発表が終わっていたのだ。


「そんなことより、卒業旅行の計画そろそろ進めようよ。日程と場所しか決められていないし、そろそろ予約とか始めないと」

 拓斗がそう話を切り替えたので、恭太は少しドキッとした。


 卒業旅行は研究室だけでなく学科の同期で計画を進めいていた。二か月前に旅行する話が出たときは、恭太はすぐに参加の意思表明をしており、それ以降旅行を秘かに楽しみにしていた。しかし、この日は残念なことを皆に伝える必要があった。


「あのさ・・・僕、卒業旅行に行けなくなっちゃった。ごめん・・・」

 そう声を振り絞ると、同期たちは驚いた表情をした。

「えー、桜田君行けないの?あんなに楽しみにしていたのに・・・」

 百合子が残念そうに言う。

「ごめんね。実は来月中に論文を投稿しなければいけなくなっちゃって・・・」

 恭太は申し訳なさそうに理由を説明する。実は恭太が卒業旅行不参加を決めたのは、つい二時間前のことであった。



 二時間前、発表を終えたばかりの恭太は前田先生に呼び出されていた。

「桜田君、最終発表とてもよかったよ。私も感動したし、他の先生にもあの子良かったねって何回も言われたよ」

 前田先生は嬉しそうに恭太のことを褒めてくれた。

「最優秀修士論文賞も桜田君が選ばれました。本当に頑張った甲斐かいがあったね」

 その言葉を聞いて恭太はとても安心した。恭太自身、あまり受賞とかに興味がなかったが、前田先生から受賞しなければいけないというプレッシャーを強く感じていたため、期待に応えることができたという思いでいっぱいであった。


「それから、修論の成果なんだけど、是非学術論文に投稿しよう。実は、Journal of Robotic Scienceから論文投稿の招待を受けていて、そこに桜田君の研究を是非投稿したいと思っているんだ」

 Journal of Robotic Scienceと言うと、インパクトファクターが6.2の一流ジャーナルである。それは恭太にとって夢みたいな話に最初は思えた。

「投稿の締め切りは来月の頭だから、一か月ないけど問題ないよね。修論も終わったことだし、この一か月は論文のことだけ考えてくれれば良いよ」

 その言葉を聞いて、恭太は少し戸惑った。一流ジャーナルに論文投稿するとなると、準備をしなければならないことがたくさんある上に、高い質の論文が求められる。それを一か月以内に仕上げるということは、これから休みを取ることなく頑張るしかないということを意味していた。

「これで論文が通れば、本当に言うことなしだし、もうこれは頑張るしかないね。私も精いっぱい応援するから。やってくれるよね」

「はい、頑張ります・・・」

 恭太は、前田先生の口調からして、引き受けるしかないと覚悟した。

「ああ、卒業旅行には行けないな・・・」

 前田先生が去った後に、恭太はそうポツリと呟いた。



 二時間たった今思い返しても、恭太は少し切なく感じられた。同期と残り少ない時間を楽しみたいと思っていた恭太だけに、残念な思いは、同期の顔を見ると増していた。

「まあ、残念だけど仕方ないさ・・・。桜田君は同期なんかよりも研究が大事だもんね」

 そう葉介が言うと、正忠も笑いながら頷いた。

「違う、決してそうではない!」

 恭太はそのように叫びたい気分であったが、言うのをグッとこらえて苦笑いをした。



 恭太の気持ちは最後まで同期に理解してもらえないままであった。

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