その6 博士課程入学試験

「それでは試験を開始してください」

 試験監督の合図とともに、入学試験の筆記が始まる。恭太は深呼吸をしてから試験に取り掛かった。


 博士課程の試験は、修士課程の試験と同じ日に別の教室で行われる。二年前の修士課程の試験のときには、百人ほど受験者がいたのに対して、この日の博士課程の試験には十人しかいない。そのうち、八人は留学生であり、日本人は恭太と別の研究室に所属する山沢やまざわ 勇馬ゆうまの二人だけである。恭太は、博士進学を希望する日本人が少ないことを残念に感じながらも、試験に集中しようとしていた。


「まずはロボットの力学に関する問題なのか・・・」

 恭太は、先輩から試験問題についておおよそ聞いてはいたが、試験が始まるまであまり見当がついていなかった。博士の入学試験は、志望する研究室ごとに問題内容が違っていたため、かなり専門的な知識が問われるものが多かった。

 いくつか手強い問題もあったが、恭太は特に詰まることなく解ききった。


「そこまでです。終了してください」

 試験監督が声をかけて、受験者全員がペンを置いた。恭太はふうっと息をついた。

「今からお昼休みになります。午後には面接がありますので、午後一時までには戻ってきてください」

 アナウンスが終わると、勇馬が恭太のところにやってきた。

「おい、恭太。試験どうだった?俺の問題結構難しかった」

「そうなんだ。僕のところはまあまあかな」

「そうなんだ。恭太の先生は俺のところと違って甘いからいいよな」

 勇馬がそう言って鼻で笑う。恭太と勇馬はそこまで仲が良いわけではなかったし、正直恭太は勇馬が苦手であった。勇馬は人を見下したような言い方をすることが多く、恭太は時々しゃくに障ることがあった。

 とはいえ、来年度から日本人の同級生は勇馬だけになるのであるから、もう少し仲良くした方が良いかなとも、恭太は考えるようになっていた。

「ちょっと、お昼ご飯買ってくる。お互いに面接も頑張ろうね」

 恭太は、勇馬にそう言って試験会場から出た。



 午後の面接は一人ずつ呼ばれて別室に移動する。恭太の順番は最後であったため、しばらくは控室で待っている必要があった。

 恭太の前に面接をした勇馬が控室に戻ってきた。恭太は声をかけようか迷ったが、勇馬の表情が暗かったのでそっとしておくことにした。

「桜田さん、面接会場に入ってください」

 そう、試験監督に声をかけられたので、恭太は先生方のいる面接会場に向かった。


「失礼します」

 そう声をかけて部屋に入ると、恭太は発表の準備を始めた。会場には、前田先生をはじめ、同じ専攻の教授陣が十人ほど座っていた。

「それでは、発表を始めてください」

 そう、声をかけられたので、恭太はスクリーンにスライドを投影しながら、発表を始めた。最初は、博士で研究したい内容の紹介である。

「私が博士課程で研究したいのは、被災地で人命救助を手伝うロボットの開発です」

 恭太が落ち着いた声で、発表を始めた。もともと取り組みたかったものではないが、前田先生によって決められた研究テーマである。前田先生に指示された時は、あまり納得がいっていなかった恭太であったが、この時には与えられたテーマを心から取り組みたいと思うようになっていた。恭太は、発表しながら前田先生の様子をチラッと見た。前田先生は、心なしか微笑みながら聞いているように、恭太には見えた。

「以上で、発表を終わります」

 十分ほど発表をしたら、教授陣による質疑応答の時間になる。教授陣の一部はロボットに関しては専門知識を持っていないので、質問の内容は技術的なことから倫理的な内容まで多岐にわたった。前田先生は特に質問をしようとはしないで、じっと恭太の回答を聞いているようであった。


 研究内容の発表の後は、志望動機などに関する面接が続く。

「博士課程を志望した理由はなぜですか」

「博士終了後はどのようなキャリアパスを目指していますか」

 質問の内容はありきたりのもので、恭太は準備していた内容をそのまま伝えた。しばらくして、前田先生が今日初めて口を開いた。

「質問です。博士進学と社会問題の解決には何か関連がありますか」

 この質問は恭太が想定していなかったものであったため、恭太は一瞬戸惑った。しかしすぐに冷静になると、前田先生の質問に答え始めた。

「私が目指している研究の先には、労働に関する問題の解決があると信じています。被災地の救助をロボットがすることで、救助中におきる事故などを防ぐことができます。また、少子高齢化に伴い人手不足があらゆるところで予想されるので、そのようなところにも一石を投じられる研究者になりたいと考えています。博士進学をきっかけに、人間が人間らしく働ける、そのような世界の実現を目指そうと思っています」

 恭太の回答を聞いて、前田先生は納得したように深く頷いていた。


 面接も無事に終わり、恭太は面接会場を後にしようとした。その時、試験監督がボソッと呟いた。

「人間が人間らしく働くってねえ、医者の不養生にならなきゃ良いけど」

 恭太が驚き振り返ったときには、面接会場は閉まり、試験監督の姿も見えなかった。あのセリフは恭太に向けられて発せられたものなのであろうか。少しだけ気味が悪かったが、この時の恭太は、面接がうまくいったことの満足の方が大きかったため、深くは気にしなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る