その5 お盆休み

「ちょっとー。恭太、聞いているの?」

 莉緒の声に恭太はハッとした。今日は莉緒と映画を見に行き、その後カフェで談笑をしていた。

「ごめんごめん、少し考え事をしてたんだ」

「もうー。久しぶりにゆっくり二人で出かけられているんだから、もっと私たちのことに集中してよね」

 莉緒が頬を膨らませた。確かに二人で長時間でかけたのはゴールデンウィーク以来のことであった。それくらい、恭太は研究に没頭していたのだ。



「お盆休みが終わったら莉緒は忙しくなるの?」

「そうねー。さすがに修論のこと考え始めなきゃいけなくなるかなって感じ。あ、それにTOEICの勉強もしなきゃいけないし」

「え?TOEIC?何でこのタイミングで受けるの?」

「内定先の社員さんに受けといた方が良いよって言われたからよ。私も前に受けたことあるけど、そこまで点数良くなかったし、出世にも影響するかもしれないみたいだし」

 恭太は、周りが就職前から資格試験などを受けていたりしていることをあまり知らなかった。莉緒の話を聞いて、そういえば同期の葉介たちも英語の参考書らしきものを読んでいたなと思い返していた。


「恭太は来週試験なのよね?博士の試験ってどんな感じ?」

 莉緒がそう聞いてきた。恭太が就職に興味をあまり持っていないのと同じように、莉緒も博士進学にはあなり興味がないようであった。

「うーん、筆記試験と面接両方あるよ。まあ先生と定期的に話している以上、落とされることはほぼないと思っている」

 恭太は細かい話に触れることはしないで、簡単に説明した。


 恭太と莉緒は、付き合い始めてから五年半ほど経過していたが、お互いに干渉や束縛することはほとんどなかった。連絡は今でも毎日しているが、忙しいときは無理に会おうともしていなかった。そのくらいの関係がどちらも気に入っていたのだ。

 莉緒は来年度から社会人になるが、東京勤務の可能性が高いので、特に二人の関係に変化は起きないと恭太は考えていた。


「そっかー。試験頑張ってね。まあ恭太なら問題ないと思うけど」

 莉緒はそう言って、コップに残っていたコーヒーを飲み干した。莉緒が飲み干すときは、そろそろ帰りたいというサインでもある。

「じゃあ、そろそろ帰ろうか。お互いに忙しいみたいだし、これからも頑張ろうね。次まったゆっくり会えるのはクリスマスとかになるのかなあ。まあ、来月あたり一緒にレストラン行ったりはしようね」

 恭太がそう言って莉緒の意思をくみ取る。莉緒は無言で頷き、そっと立ち上がった。


 会計を済ませて外に出るところで、莉緒がふと立ち止まった。何か良い案を思いついたようだ。

「ねえねえ、修論終わったら二人で海外旅行に行かない?」

「え?海外旅行?」

 突然の提案に恭太は少しだけ驚いた。二人で旅行に行くことはこれまでに何度もあったが、海外旅行を提案されたのは初めてだった。

「うん、私も就職するとどれくらい時間取れるかわからないし、せっかくだから。恭太も進学するとはいえ、海外旅行に行くくらいの休みはあるよね?」

「そうだね、あると思うよ。海外旅行楽しそうだね。次会うときに詳しい計画を立てよう!」

「うん!私いろいろ考える!」

 莉緒が満面の笑みになった。恭太も海外旅行に行くのはとても良い案だと思った。本当に自分が海外旅行に行くくらいの休みをとれるのか、正直恭太はわかっていなかったが、喜ぶ莉緒の姿を見て、絶対に休暇を取ろうと考えていた。


「それじゃあ、またねー!試験頑張って」

「ありがとう。莉緒も頑張ってね」

 二人が別れた後、恭太はスマホにメッセージが届いているのに気付いた。それは理美からであった。


「恭太ごめんね。神奈川のおばあちゃんが少し具合悪そうにしていたから、今日はこっちに泊まろうかなと思っています。ごはんとか用意してないけど、自分で何とか済ませてもらえる?」

 理美の母親は持病があるため、少しでも体調が悪そうだと理美はいつも心配していた。恭太も少しだけ心配だったが、理美が一緒なら心配ないと思いなおした。

「うん、問題ないよ。ごはんくらい自分で作れるよ。それよりおばあちゃん早く良くなるといいね。お大事にと伝えてね」

 恭太は、そう理美に返信をするとスマホをしまった。



 本当は、今日家に帰ったら理美に博士進学のことを報告しようと、恭太は考えていた。

「まあ事情が事情だし仕方ないよな。進学の話はまた今度でいいや」

 恭太はそう思いなおし、家に帰った。


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