その3 祖父母宅訪問

「おじいちゃんおばあちゃん、お久しぶり。元気にしていた?」

 恭太が父方の祖父母を訪ねにやってきた。本当は先週末に尋ねる予定であったが、少し風邪気味であったため、一週間延期していた。


「おお、恭太か。待っていたよ。さあ、上がって上がって」

 祖父の元太げんたが嬉しそうに迎えてくれた。祖母の詩乃しのはキッチンで料理を作っているようであった。恭太は元太と一緒にダイニングに向かった。


 詩乃の作った料理を食べた三人は、リビングで談笑をしていた。主な話題は、恭太のアメリカでの学会の話である。

「理美さんから聞いていたけど、アメリカで立派に発表したんだってね。おばあちゃんは誇らしいよ」

 詩乃がくしゃくしゃになるくらいの笑顔で語りかけた。理美は、この日は恭太のお土産を持って、自身の母親に会いに行っていた。


「観光する時間もあったからたくさん写真撮ってきたよ。ほら、これが自由の女神」

 恭太は、祖父母の前だと小学生のような無邪気な少年になる。理美には話しにくいことでも、祖父母には気軽に話すことがいつもできていた。


「ほほお。大きいのう。アメリカなんてワシは行ったことないから、一度くらい行ってみたかったものじゃのう」

「おじいちゃん元気だから、これからでもアメリカに行けるよ。今度長期休みに入ったら一緒に旅行しようよ」

「ははは、明敏あきとしみたいなことを言うなあ。あいつは、学生の時いつもワシたちを海外旅行に連れていくって意気込んでいたものじゃった」


 明敏は元太と詩乃の息子、すなわち恭太の父親である。恭太は記憶にない自分の父親の話を聞かされると、心の中で父親と会っているような気がして嬉しく感じていた。



「おやおや、もう日が沈んできたよ。恭太ちゃん、そろそろ帰らないと。明日も大学なのよね」

 詩乃が窓の外を見つめながらそう言った。三人はどれくらい話し込んでいたのだろうか。外はすっかり暗くなっていた。


「そうだね。そろそろ帰るよ。また、会いに来るから楽しみにしていてね!」

 恭太は立ち上がって帰ろうとしたが、お土産をまだ渡していないことに気づいた。

「あ、ごめん。お土産渡すの忘れていた。はい、これアメリカで買ったチョコレート」

 恭太は理美にあげたものと同じチョコレートを取り出して渡した。


「おや、このパッケージ・・・」

 元太が少し驚いたような顔をして呟いた。

「え、どうしたの・・・?おじいちゃんはチョコレート嫌いだったっけ?」

「いやいや、違うんじゃ。このチョコレート、明敏が昔買ってきてくれたものと同じものじゃなと思って」


 これには恭太も驚いた。まさか自分が買ったものを、父親も買っていたとは思ってもみなかった。

「そんなことがあるんだね。やっぱり僕とお父さんは親子ってことだね。ところで、お父さんはいつアメリカに行ったの?」

「恭太と同じじゃよ。がっか・・・」

「ちょっと、あんた!!」

 詩乃が急に大声を出した。

「おっと、あはは。昔のことでもう忘れてしまったよ。年を取るとやはり困るなあ」

 元太が笑顔でそう言うが、その表情は少し焦っているように見えた。


「ふうん・・・」

 恭太は特に追及はしないで、祖父母の家を出た。



 帰りの電車の中で、恭太はいろいろ考えていた。祖父母から明敏の話をよく聞いていたと思っていたが、よくよく思い返すと、明敏が高校生のころまでの話がほとんどで、たまに理美と結婚した時の話もあったくらいであった。今まで不自然に感じたことはなかったが、明敏について聞かされていないことがまだたくさんあることに気が付いた。


「お父さんってどんな仕事していたんだろう。大学では何していたんだろう。そして、そもそも・・・」

 恭太はこれ以上考えるのはやめようと思った。今日は久しぶりに祖父母と会えて楽しい日だったのだと思いなおした。

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