七人目 蓑火

 ゴールデンウィーク明け、噂には聞いていたが学校を辞める奴がクラスでも1人2人は居た。

 人間観察を趣味としている俺らしくなく、俺はクラスメイトの脱落にほぼ、全くと言って良い程無関心だった。大体辞めてしまえばどんなあやかしまがいだったかさっぱり見当が付かない挙句、顔すら記憶していない始末。

 あれ程面白がって見ていておいて俺と言うヤツは情も情けも有りはしない。俺の頭の中は桃香で一杯だった。

 妹達の事を考えて独りで浸れていたあの感覚が全く思い出せない。心に桃李を、桃美を、桃恵を、あまつさえ桃果を置いても全く心が動かないのだ。喪失感という重たい物が胸の奥一杯に広がり俺の心を塞いでいる。どうすれば良いのか判らない。

 SNSの妹ラブ仲間にもこの事を打ち明けたが返事は散々だった。

 「オマエの妹への愛なんて結局その程度」

 「オマエなんて本当のシスコンじゃねぇ」

 「二度と妹への愛を語るな」

 それだけならまだマシだが見ず知らずのヤツが俺のコメントをリツイートしまくってるらしく「世間の君への声を知った方が良いよ」とご丁寧に送り付けてくれた。

 しょうがねぇじゃん。どっちも好きなんだし…なんて贅沢な結論だ。

 どんなに俺が妹を愛したって妹が応えてくれるのもタイムリミットがある。

 桃李なんて既に俺から卒業して、桃李に対しての愛を浪人しているのは俺だけだ。いつかは桃美も、桃恵もそう言う時期がくる。

 桃果から「好きな男の子が出来た」なんて告白されてみろ。親父の、桃太郎の刀を使える自信があるがそんな想いもきっと期間限定なんだ。

 折角出来た彼女だって従姉弟だ。俺はどれだけ身内が好きなんだ?って話だ。

 現実でも一人ぼっちで溺れているのに、ネットでも救われる事無く太平洋に放り込まれた、そんな気持ちだ。

 和心くんから一緒に走らないかとお誘いのLINEは貰ったが、のらりくらりと返事を交わしている。自分から誘っておいて本当に申し訳ないとは思う。思うが全てが嫌になっていた。

 机に突っ伏して休み時間をやり過ごす俺の耳に何気無いクラスメートの会話が聞こえてきた。

 「あいつ、いつも他人のtwitter炎上させるよね。」

 「なんか趣味らしいよ。」

 「友達の友達が浮気した事ばらされたんだって。『この間の彼と違ってない?』ってコメントしてきたらしい。」

 「アイツ、巻き込みした上で炎上させるじゃん。ホント質悪いよな。」

 「皆で押し掛けてやろうよ。」

 本日のホットな話題はネットの話らしい。

 俺と同じ様な事で悩んでいるんだな…とは思うがクラスメイトの悩みには桃香は居ない。共通の話題にはなりそうもなくて俺はしつこく机に張り付き続けた。

 俺の鼻腔をフローラルな香りを引き連れた風が通った。

 瞼を開けて少し顔を上げると、腕組みした大守さんだった。

 「なんか凄く久し振りに会った気がするね。」

 「鬼倒くん、ゴールデンウィーク、身内で集まってたでしょ?」

 ズバリ言い当てられ身体を起こした。

 「鬼に感化されて街の地場がおかしくなったんだから。」

 親父も地場が狂ってる、と言っていた。

 だけどそれは俺達、鬼のせいなのか?

 いつもならスルー出来る話題なのに桃香が居座り続ける俺の心は大守さんの言葉をすんなり受け入れる事が出来なかった。

 「何か事件でもおこしたの?」

 少し棘のある言い方をしてしまった。

 「鬼倒くん、何か、感じ変わった…。」

 一瞬、ギクリとする。

 「何が…。」

 「あやかしを庇う言い方するじゃない?」

 ギクリからドキリに切り替わる。

 「俺は別に敵でも味方でもないよ。

 庵門くんや慈、花園先輩だって別に俺に害を与えてこなかったし。」

 「それは貴方が鬼だからじゃないの?」

 大守さんがグイと顔を近付けてきてコソリと呟いた。

 「私達人間に災いが降りかかったらどうしてくれるの?」

 あやかしのせいで…と続けられそうで思わず遮った。

 「俺にはいつもあやかしが悪さしてるとは思えないよ。

 無害なあやかしより知恵のある人間の方が遥かに俺には有害に感じる。

 それとも、そういう有害な人間にはあやかしが力を貸しているとでも?」

 俺の言葉に大守さんもムキになる。

 「言うわよ。その通りよ。有害なあやかしが人間に成りすまして災いを起こしてるのよ。」

 訳が判らない。

 「だったら退治すれば?それが君の一族の仕事でしょ?」

 椅子から立ち上がり逃げ場を求めた。

 「貴方達鬼が下等妖怪が入り込み易い通り道を作ったんでしょうが!ぜ〜んぶ鬼のせい!!鬼が悪いんだからっ!」

 大守さんの言葉についカチンと来て勢い付けて立ち上がった。椅子が大きな悲鳴を上げて倒れた。

 「別れ話?」

 「大守さん…ワガママだから。」

 「鬼倒はクラスに馴染めてねぇからな。」

 クラスの彼方此方から無責任な言葉が飛び交う。意味は無い、忌み有る言葉達。

 弱い人間の心を折るには充分な凶気で、あやかしが潜り込む隙間を造るには充分な狂気。潜り込むあやかしが悪いのか…穴を造る人間が悪いのか…。

 それはあやかしが悪いと大守さんは言うが俺には判らない。

 言及するなと親父は言う。

 優しさで埋められる穴もあると母は微笑む。

 言葉は罪なき兇器だと陽溜は言う。

 可愛く視えていた人間にまた怒りを感じてしまう。関わって欲しくない。興味を持って欲しくない。俺はお前達には障らない。だからソッとしておいてくれ!


 こう言う時はやはり同胞の存在が大きい。

 和心くんに久し振りにLINEしてみた。

 《ごめん、最近お誘い貰ってたのに断り続けてて漸く…なんだけど近々会えない?ペースメーカーお願いしたいんだ》

 ペースメーカーとは中、長距離マラソンの先導者の事だ。

 暫しの沈黙の後、既読、少しして

 《いーよいーよ、相談したい事もあったから良かった》

 と来た。

 相談したい事…?

 廊下の窓から一階を見下ろす。

 一足早く夏服に衣替えした慈が金色の髪を踊らせながらクラスメート達と教室移動をしている姿があった。

 紺色に、裾に白のラインの入ったうちの夏のスカート。軽やかに跳ね上げながら慈が走る。

 向いから少しだけふっくらした貧野先生が歩いてきて、慈の頭を持っていた教科書で叩いた。

 きっと、「走るな」と言ったのだろう。

 少しピンクに染めた頰といつもより際立つ眉のラインから化粧を始めたのだと気付く。

 貧乏神の力より座敷童子の方が勝ったのだ。

 二人が手を振り合って別れるのを見送って窓から離れた。

 教室に向かう途中、通せんぼをするように立っている大守さんと向き合う形となった。

 「大守さんの言い分はもう判ったから…。」

 首の後ろを掻きながら溜息を零す。

 「別にアンタを責めたかった訳じゃないの!だからって言い訳に来たんじゃないから!でも!とにかく!一言言わないと気が収まらなかったのよ!あちこちで事故が起きたり人の性格が一変したり…。変な事だらけだったんだから!」

 大守さんは140cmそこそこの小さな体躯で爪先立ちになり手を振りながら大きく釈明しようとしていた。

 「うん、それは危ないね…。」

 ぼんやり言葉にしながら、自分が発した言葉とは思えない程責任感も感情も無かった事に気付く。


 「本当にアンタ、どうしたの?」

 眉間に皺の大守さんには心が動いた。

 ゴールデンウィーク、鬼ノ国から身内が来た話を簡単にした。

 従姉妹を好きになったとか、詳細は省いた。意味は無かったが何故か言わない方が賢明だと思われた。

 「楽しかったんだ。」

 大守さんの言葉に素直に頷いた。

 「自分を偽らずに済む安心感とか…力の加減せずに居られる愉しさが…なんと言うか…爽快だったんだよね。」

 それだけじゃないけどこれも本当だ。

 「ゆくゆくは鬼ノ国に行くの?」

 大守さんが不安気に見上げてくる。

 「判らない。どうかな…。

 でも、そうなるかもね。母は段々年老いて行くけど親父はずっと若いままだし、母の死後は親父も人間界にそのまま住んでいられる自信ないって言ってるしね。どっちにしろ先の話じゃないかな。」

 俺はその時まで待てる自信は無いが。

 「教室帰ろう。チャイム鳴るよ。」

 教室に戻る途中、すれ違った女子生徒を思わず眼で追った。大守さんの視線も俺と同じ方向を向いていた。

 

 又、教室の百々目鬼の眼が動く。美味しい噂に耳を澄まして、眼を懲らして。それを俺は後ろから観察する。

 まるで食物連鎖の様だ、と頭の中で三角図形を創ってみる。

 下でワラワラする人間達、それを見詰めて喜ぶ下等妖怪、それを観て嗤っている鬼。

 この食物連鎖を引っ掻き回す様な天変地異が起こらないモノか…ソレを起こすのはナニか…考えてみる。

 下等妖怪だと思っていた奴等が結集して力を発揮したのでも良い。それとも人間が暴動でも起こすか。

 「お昼、どうするの?」

 ボンヤリしている所へ大守さんが来る。

 「食べるよ。弁当。」

 大守さんが後ろを振り返ると其処には花園先輩。

 「別にお昼一緒に食べる約束してないですよね?」

 先輩にそう伝えると

 「なぁくんの話、聞いたでしょ?」

 小首を傾げながら甘える様に訴えてきた。

 思わず大守さんを振り返ってしまった。

 「…たの?」

 尋ねてくる大守さんに首を横に振る。

 うちの学校の峰不二子と呼ばれる花園先輩と一緒に居るところを余り男子生徒に見られたくない。しかも、学年一無愛想だと有名な大守さんと、友達が居ない俺。こんな悪目立ちの仕方、あるだろうか…。

 中庭に向かう途中、慈に会った。

 パンツが見えそうな程スカート丈を短くして跳ねるように歩いている。

 「ヤホー!桃次郎!両手に華で何処行くの?」

 「昼飯に強行呼び出し。慈は?」

 慈は両手をブラブラさせながら

 「お昼〜!」

 軽快に言う。

 「お弁当、香さんが手作りしてくれてんだよ!二人でデッカイお弁当箱をつつくの!超楽しい!!」

 立ち止まっている間も慈はずっと跳ねている。

 幸せなんだろうな。

 「良かった。また、困ったら何か言えよ。」

 力になんてなれないくせに俺って奴はよく言う。

 「桃次郎もね!困ったら何か言えよ〜!」

 手を振りながら慈は去っていった。

 「あの子もあやかし?」

 大守さんが目を剥く。

 「そうだよ。座敷童子。何?大守さん気付かなかったの?」

 「う、う、う、うるっさいわねっ!私だってゲゲゲじゃないんだから妖怪アンテナなんか持ってないし!私が判るのは人間に悪さするあやかしだけ!!強いあやかしにはあやかしが集まるんじゃないの?匂いに釣られて!」

 ツンと大守さんがそっぽを向く。

 (だから別に俺は悪い事なんてしてないって言うのに…。)

 「あやかしにはあやかしが集まるものなのかしら。」

 花園先輩が顎に指をあてがいながら尋ねてきた。

 「いや、俺は知る限り今まで一度もあやかしが身の回りに居たなんて感じた事はありませんでしたよ。花園先輩は幼い頃はあやかしに会った事無いですか?」

 第一、俺には優れた嗅覚なんて無い。違和感を感じたり(貧野先生とか)惹かれたり(慈とか)いつも大抵勘だ。

 中庭のいつものベンチに腰を降ろす。

 先輩は俺を真ん中に左側に座った。端っこに座るべきだったと反省した。

 「私の実家の近所の人は絶対砂掛けババアなの。怒ったら砂掛けてくるんだから。」

 花園先輩が明るく笑う。

 「砂掛ける程何怒らしたんですか?」

 「近所の子等と『砂掛けババア!砂掛けてみろ!』って言ったらホントに掛けてくるんだもん!キョーフ!」

 お弁当の包を開ける。今日も茶色が主の男子弁当だ。

 「そんな事言うから掛けてきたんでしょ?そう言う馬鹿な小学生、居た居た!私はそんな馬鹿な子、相手にしなかったけど。」

 大守さんの小学生時代は容易に思い描けた。きっと今と大差はない。見てくれも、性格も。

 「で、和心くんの話ってなんですか?」

 話を一番最初に戻すと、花園先輩は表情を一変、眉間に皺を寄せた。

 「なぁくんがこの間出た記録会の写真をブログでアップしたらしいのね。

 一応他の選手の名前とタイムは消したらしいんだけど場所とアップした日にちでいつ、何処の大会か判ったみたいで、『俺の事をバカにしたな!』ってメールが来たんだって。なぁくんは否定したけど、その人、どう言う訳かなぁくんのLINEまで調べ上げて、メールもLINEも毎日何百って送ってくるらしいの。ブロックしても報告してもアドレス変えては送ってくる。その内、その子の仲間みたいのまで送ってくる様になってブログは大炎上、閉鎖したらしいの。折角ランナー仲間が出来て楽しかったのにって落ち込んでた。

 悩みってそれだと思う。」

 教室でも耳にした「炎上」の言葉。

 でも相手は俺の友人なだけに教室で耳にした事とは意味が全く異なった。

 「腹立ちますね。」

 顔が見えたら殴ってやるのに。

 「それは蓑火みのびね。」

 大守さんはさも当然と言う様な表情でサラリと言ってのけた。

 「「みのび…?」」

 俺と花園先輩の台詞がハモった。

 「蓑火は書いて字の如く火を付ける事が大好きなあやかしよ。

 ネットで『荒らし』とかやってる奴は大概ソレよ。」

 一口大程のオニギリをチビチビ噛りながら大守さんが胸を張る。

 「ソレが全員あやかしだって言うの?」

 眉間に皺を寄せてしまった。

 「じゃあ良いわ。そう言う質悪い人間でも、あやかしに操られてるって事にしても良い。でも『炎上』の裏には必ず蓑火が居る。」

 (必ず…)

 その自信と根拠は何処から来るのか判らないが陰陽師がそう言うならそうなんだと思おう…。

 「見てて。」

 大守さんは化粧ポーチの様な物を開けて、中から紙で出来た筒を取り出した。

 その先にライターで火を点ける。

 (学校にライター云々はこの際黙っておこう。)

 先から煙が上がってくる。

 「さあ、管狐くだぎつねこの人に悪さをする蓑火を探してちょっと懲らしめておいで。」

 花園先輩からスマホを取り上げ、和心くんのブログを示す。

 煙はスマホの周りで暫く立ち上りながら何処かへ飛んで行った。

 「クダギツネ…初めて視た。」

 「そんなに彼方此方に居られたら困るわ。すっごいレアで、私が使役する中でも本当にスッゴイ最高最強なんだから!」

 大守さんは和心くんのお父さん並みに鼻を高くした。

 庵門くんを安心させる為に《もう大丈夫だと思うから。うちの学校の陰陽師の末裔がなんとかしてくれた。良かったらブログ更新してみて。それで何か来たら又教えて》と打ってみた。

 花園先輩は心底心配そうだ。

 「庵門くんとは上手く付き合えてますか?」

 ネタの様に振ってみた。  

 花園先輩はニマリと笑うと「なぁくんは部活終わったら毎日私に会いに来てくれるの。毎日、5000m走って、走りきれたら私のゴホービ!」

 唇に人差し指を当てるからキスでもしてるのかと思った。

 しかし先輩は

 「お口でね、ご奉仕なの。」

 付け加える様にそう言って足をバタつかせた。

 (お口でご奉仕…?)

 大守さんを伺うと横っ面をはたかれた。

 大守さんは何の事か判った様だ…と言う事はふしだらな事なのだろうが見当がつかない。まぁ良い。

 暫くして、和心くんから返事が来た。

 《ホント、何のリアクションも返って来ない。もう安心なのかな。》

 俺と花園先輩は胸を撫でおろしたが大守さんは渋い顔をする。

 「こう言うヒトは一人や二人じゃないの。

 世間に沢山居るし、本人に悪気が無いから又同じ事をする。キリがないわ。根本を叩かないとね。」

 そう言った大守さんの元に煙が戻ってきた。 

 大守さんの掌の3cmほどの白髪の抜け毛みたいな小さな物質。煙と言えばそうなのかもしれないし、狐と言えばそうかもしれない。

 大守さんの掌でピーピー鳴くソレは俺の想う「最高最強」からは程遠かった。

 「管狐って…白髪の抜け毛みたいだね…。」

 コメントを出すと大守さんは真っ赤になりながら

 「これから!これからこの子は凄くなる予定なの!」

 負け惜しみの様に怒鳴った。

 ネネ然り、大守さんの使役するモノは「これから」育っていく段階なのだろう。

 「暫くは和心くんも平和だと良いね。」

 和心くんが平和主義なだけにそう想う。

 花園先輩は色香を放ちながら

 「私に完璧な子供を孕ませてくれなきゃいけないヒトだもの。」

 そう、とんでもない事を口走った。


 昼飯が終り、教室に戻る俺と大守さんは又一人の存在に足を止めた。

 うちのクラスの目立たない、おとなしいタイプの女子に教科書を借りに来ている何処かのクラスの女子らしかった。

 「その、ラインマーカー、カラーが良いね〜!ちょーだい?」

 彼女は図々しくもおとなしい彼女のペンケースに手を入れてラインマーカーを抜き取った。

 「今日、放課後本屋寄ろうよ〜。コミック新刊出てるんだ〜。

 天璃あまりもあれ、続き読みたいって言ってたでしょ?買おうよ!結構巻数出てるから、仕方ないからうちに置かせてあげるよ。どーせ、家隣なんだし、天璃が読みたい時にうち来れば天璃、部屋も片付くし、良い事だらけじゃ〜ん!しゃーなし、私が犠牲になったげるから本代だけ天璃持ちね?」

 とんでもなく自分勝手だと呆れた。

 大守さんは顔を此方に背けたまま、「子泣き爺だわ。」と呟く。

 俺が知っている子泣き爺とは少し違う。

 「優しい人を見付けてはどんどん負担を掛けるの。

 相手は重くなって苦しんでるのに気付かない。ろくでもないわね。」

 鼻息荒く吐き捨てる大守さん。


 今日もクラスの後目うしろめが、バレバレの嘘を言いふらしては、後ろを伺っている。あっちでコソコソ、こっちでコソコソしながらも仲良しを偽る狐と狸。

 俺の周りのあやかしもどきなのかあやかしの血を引いているのか…一見したところでは判らないが観察するには充分すぎる程面白い存在達に視線を送る。俺と「同士」でありますように、と思う反面決して「同士」ではありませんように、とも思う。自分の都合しか考えない俺もやはり自分勝手な「人間」の一人だ。

 帰り仕度をしている大守さんに

 「クラスの人にも管狐、貸してあげたら?」

 と提案してみる。

 露骨に嫌な顔をする大守さんだったが

 「陰陽師ってそうやって困ってる人の為にあやかし使役するんじゃないの?」

 と一押しした。

 俯く大守さん。

 「他人のTwitter、炎上させるのが好きな人ってどの人か判る?」

 大守さんの席の近隣で集まっていた女子達に話かけてみる。

 彼女達は俺が急に話し掛けた事に多少の困惑を見せた。

 が、一人がスマホを取り出し

 「判るよ〜!スッゴイムカつくヤツでさぁアイコンは何かの煮込み料理なの!」

 「煮込みとか言うなよ!ビーフシチューでしょ?多分。」

 「フランス料理っぽいんだよね?」

 「そ〜そ〜!そう言うカンジのオシャレな店の高い料理デス〜!っての丸出しにしてるんだよね!」

 三人は三人で盛り上がりながらその人のブログを見せてくれた。

 「クズお断り。朝一LINEウザイ。回れ右」と書かれてある。この洋風煮込みは此処で何がしたいのだろう、と言うのが第一印象だった。仲間作りしたい、盛り上がりたいと言う想いは微塵も感じられない。まぁ、「この世で一番ラブいもの…妹、そしてゴールテープ」の俺には言われたくはないだろうが…。

 スマホを借りて大守さんに差し出す。

 三人組は

 「大守さんがどうにかしてくれるの?」

 「やれ!イケ!メンタル粉砕する迄攻撃してくれ!!」

 なんて言っていたが大守さんがポーチから例の固く丸めた紙を出してライターで火を点けると興味深そうに立ち昇る煙を見詰めていた。

 「さぁ、仕返ししておいで。管狐。」

 煙は風に乗って消えた。

 「わ〜!すっげ〜!」

 「格好いい〜!」

 「有難う!楽になった!」

 三者三様本気にしていないのだろう適当に言葉を並べて手を叩いている。が、大守さんの力を侮ってはいけない。(俺も散々小馬鹿にしてきたが…。)

 管狐が消えて俺達五人に重い沈黙が襲った。

 「大守さんは占いとかするんだよ。」

 沈黙を打開しようと清水の舞台から飛び降りた。

 大守さんが俺の脇腹に拳を入れてきた。

 「おふっ」

 なんて情け無い声を出してしまったが俺の言葉に周りの三人がそれぞれざわめき出したので結果オーライだ。

 「占いって何?タロットみたいの?」

 大守さんは俯いて首を横に振る。

 「占星術みたいの?」

 大守さんは真赤になりながら

 「ほ、吉凶の方角とか…や…悪い物が寄ってこない呪いとか…一応…やってる…けど…誰かの為に…はした事ないの…。遠足…晴れろとか…そんな…カンジ。」

 大守さんがしどろもどろ一生懸命話す姿を胸中応援した。誰か、大守御護と言う女の子を理解してあげて。受け入れてあげてって願う。一人の女子が

 「大守さんって浜中だったよね?」

 と言ってきた。

 確かな確証を持って、でも、遠慮する様に。

 大守さんはゆっくり頷く。

 「私も浜中なの!私、同じクラスになった事なかったよね〜?一年の時に前例が無い位の大雪降って先生が授業無くして雪で遊んだ事あったでしょ〜?もしかしてあれ、大守さんのお陰だったりする?」

 彼女が少し話に乗ってきた。

 大守さんは俺の背中に隠れながらコクリと頷いた。

 「そ〜なんだ!!あれさぁホント愉しかったよね!今でも忘れられないの!

 じゃあ六年の時の運動会、直前まで振ってた雨をピターッて止ませたのも大守さん?」

 大守さんが戸惑いながらも頷いて、彼女達はきゃあきゃあとはしゃぐ。

 「良い運動会だったよね!良い思い出になったよね!本当に有難う!!」

 彼女は大守さんの手を取った。

 大守さんは始終ビクビクしていたが窓から戻ってきた管狐を掌にすると自信に満ちた笑みを浮かべ

 「ビーフシチューは懲らしめたから今日から貴女達のSNSはもう心配は要らないわ!」

 ハッキリとそう言った。

 彼女達に管狐は視えない。煙としても、白髪の抜け毛としても。

 不思議な顔をした三人だったが

 「判った、じゃあ明日結果教えるね!」

 と一人が口にしたのを皮切りに、三人が大守さんに手を振った。

 三人が立ち去った後、大守さんは俺の腹を

 「馬鹿!馬鹿!馬鹿!」

 何度も何度もそう言いながら殴ってきた。

 でも最後の最後に小さな、管狐にも負けない細い声で

 「ありがとう…。」

 と呟いてくれたので帳消しだ。

 「良かったね、大守さん。」

 俺が人間を受け入れる努力をしている様に大守さんにも皆に溶け込む努力をして欲しい。まがりなりにも大守さんは人間の「同士」なのだから。

 部活に向かう途中、俺の一件も大守さんにどうにかして貰うべきだった…と思い立ち「チクショウ…。」落ち込んだ。

 

 走って走って頭空っぽにして走ったらもう何も残ってなくて、SNSの一件なんてもう別にどうでも良いか…って思っていた。

 部活に行けば妹達も桃香も無関係の景色が広がるからだ。桃香の居ない世界は寂しい。俺の妹達への愛は偽物だと言われた事も悔しい。それでも「別に良いか…」と言う想いに至れた。

 家に帰れば妹達の柔らかさと温かさを実感出来るし、桃香は鬼ノ国に居る。行けば会える。いつか行こう。絶対に。陽溜に引っ付いてれば鬼ノ国にも入れる。そう思うと足が、気持ちが前へ前へ進んで思わず駅から全速力で帰路に付いた。

 「わぁ!」

 玄関開けて腰を抜かしそうになった。

 「お誕生日、おめでとう〜!!!」

 母と親父が玄関先でケーキを持って待機していたからだ。

 しかもケーキの上には何故か線香。

 「この間、パパの誕生会したじゃない?

 パパったら165歳だからロウソク沢山使ったでしょう?もうケーキの上でボウボウ燃えて吹き消すのも一苦労だったものね〜。」

 母に言われて手を打ちながら笑い転げる親父。

 「ケーキの生クリームも溶けたしな!良い思い出だよ。」

 良い思い出なモンか!皆、自分の食べるケーキを死守するのに必死だった。

 桃美は包丁を持ってくるわ、桃士は周りの生クリームを掬って食べるわ、桃李は「そんなのケーキじゃない。ロウソク立て!」だと言い出し食べるのを拒否。俺は桃果に飾りのクッキーやフルーツを取るのに桃恵と争った。

 食べ物が絡むとヒトはこんなにも浅ましいのかと思ったエピソードだ。

 「あの時使い過ぎたからロウソク無くなっちゃって…仕方ないからお線香!」

 (仕方ないからお線香、の流れがよく判らない…。)

 しかし、ケーキはフルーツが沢山乗ったタルト。店で良く見掛けるバナナや頂き物に多いリンゴやミカンばかりだけど母の愛をたっぷり感じた。

 「桃次!フーッて吹け!!」

 親父が無茶ブリをしてくる。

 線香はフーッでは消えない。寧ろ燃える。

 「祝ってくれるのは嬉しいけど玄関ここで?せめて部屋の中に入れてよ。」

 二人は唇を尖らせて「綺麗に出来たから一番に見せたかったのにね…。」「あいつは日本一の親不孝者だよ。」口々に居間に向かった。

 居間では、早速

 「食べる〜!」

 「やり〜!も〜らいっ!」

 「桃士!せめてお皿に乗せるまで待ちなさい!」

 「桃士が素手で触ったヤツなんか絶対食べない!要らない!」

 「もはもみう〜!」

 大騒ぎだ。

 居間に向かうと既にフルーツタルトが線香タルトと化していた。

 「だから…ね?」

 母の残念そうな顔に、せめて写メでも撮れば良かったなぁと思いつつ

 「ちゃんと心には残ってるから。」

 と、笑っておいた。

 母は台座だけになったタルトを8等分して線香の立っている一つを差し出してきた。

 「どうせだからお供えして来たら?」

 (お供えはどうせだからするモノじゃなく毎日するモノなんだよ!!)

 バチ当たりな親にそんな事を言っても仕方ない事だ。

 頭を掻きながら桃太郎の蔵へ向かう。

 仏壇は両親の部屋にあるが両親の部屋に入る気にならない。そこはプライベートな領域だから…と言うより俺が見たくない。目に見えない不穏なシールドが張られてる気がする。

 桃太郎の蔵に来るのは桃香と過ごしたあの時間以来始めてだった。

 桃の香りが何処からかしてきそうで俺は深く息を吸い込んだ。

 目の前の線香の香が邪魔で何も入ってこない。

 猿、雉、犬の剥製を通り抜け、最奥の桃太郎の衣の前で正座する。

 「桃太郎、俺はお母さん同様、鬼に恋してしまったみたい。

 鬼倒の人間として情けないよね。」

 線香の煙が左右に揺れた。

 「そんな事ないよ。」

 視線を少し上に上げると母と目元が良く似たパッチリとした眼の日本一の鉢巻をした少年が俺の目の前で屈んで座っていた。

 「うわっ!」

 今日、二度目の「うわ」だ。

 「君はお母さんともお父さんとも違う反応するね。」

 ハハハと少年は軽く笑う。

 鉢巻と言い、桃の羽織と言い、桃太郎なんだと思う。思うけど…

 「信じられない…。」

 今の今迄俺の前に姿を見せてくれた事等無かったからだ。

 「君が僕を求めなかったから君には視えなかった。なんだってそうだよ。捜し物してて無いって思い込んでる時って其処に有っても視えないじゃない?君が僕を『視たい』と思わなかったから視えてなかったんだ。桃美なんかしょっちゅう質問に来るよ。どうやって鬼ヶ島に行ったのか、とか、この漢字の書き方は?とか…ホウテイシキがど〜のとか…酸素を燃やしたら何になる?とか…。」

 最後のは完璧宿題じゃないか。

 「桃太郎も今は親父を受け入れられてる?」

 桃太郎は其処に腰を付いた。

 「そ〜だね。桃太郎は良い鬼だよ。気が短いのは鬼の特性なんだろうし仕方無いとして何より桃姫を大切にしてくれてる。それが僕には一番嬉しい。

 鬼が鬼の形相して寄ってくる訳が無い。そんなの本物の悪じゃない。

 本物の鬼は菩薩の顔して寄ってくるんだ。」

 陽溜の顔が一番に浮かんだ。

 「僕が言いたいのは鬼の形をしているから鬼なんじゃないって事。

 それは綺麗な女性だったり無邪気な子供だったり…。人間だって鬼になり得るって事だよ。

 僕は自分を育ててくれたお爺さんとお婆さんに恩返ししたくて鬼退治に出掛けた。

 鬼は皆無邪気に笑ってたよ。

 笑いながら生きたままの人間の腹を裂いて食べてた。女性の白い肌が真っ赤な血で染まるのを笑い声を立てて眺めてた。

 それを見た時の僕の心には鬼が宿った。

 もうどっちが本当の鬼か判らなくなったよ。」

 俺にも判らない。無邪気に笑いながら人を殺せるのはやはり鬼の所業だと思う。それでも鬼の形相で人を殺す者を「鬼」とは呼ばないのか、と問われれば…やはりそれも「鬼」なのだろう。しかし、子供の様に微笑みながら人を殺す姿は確かに異形。それも「鬼」だ。

 「いつでも誰でも何かの折に『鬼』にもなるし、『天狗』にもなって『狐』にもなる。

 元々があやかしだろうと、人間だろうと、ソレを知る必要なんて無いんだ。」

 桃太郎の言う事は最もだ。俺の中でもとっくに同じ答は出ていたんだ。それでも確信が欲しかった。

 今、確信が得られた。そして俺の核心となった。心の奥の深い所に強く持つ事を誓った。

 元フルーツタルト、現線香タルトを桃太郎に半分手渡す。 

 「ロウソクが無かったから線香立てたんだって。」

 笑ってみせると桃太郎は「桃姫らしいなぁ。」苦笑を見せた。  

 「桃姫は桃次郎位の歳の頃はもっとボンヤリしてたんだよ。誘われれば誰にでも付いていって、危ない目に遭っては僕が怪現象をおこして助けてた。」

 眉間に皺で苦笑の桃太郎。

 「それが桃太郎と出会って、桃次郎達が産まれて彼女はどんどん強くなった。

 心配で僕は眼が離せなかったけど桃姫が僕の事視えなくなり始めた時、悟ったんだ。

 桃姫が必要としてるのは僕じゃなくなったんだなぁって…。」

 寂しそうに桃太郎が微笑む。

 「桃太郎は成仏しないの?お母さんが心配だから?」

 桃太郎は首を左右に振る。

 桃太郎の黒黒した瞳を覗き込む。

 「見届けたい鬼が居るんだ。」

 桃太郎が呟いた。

 「親父の事?」

 また桃太郎は首を横に振る。

 「菊美さん?」

 桃太郎は苦笑しながら

 「僕はそのキクマさんという鬼を実際は良く知らない。接触が無かったからね。僕は鬼ヶ島で一人の鬼と出会ったんだ。」

 「一人?」桃太郎が出会った鬼は大勢居た筈だが…。

 「陽射しの様な目映い髪の毛と大きな角、水辺の様な蒼い瞳は西洋の鬼みたいだった。」

 その言葉に呼吸が停まりそうになって慌てて肺に酸素を送り込んだ。

 「強烈な印象だったよ。目の前にいきなり降り立って目の前の同胞に刃物を向けたんだ。『その苦しみから開放してあげる。』ってね。僕が斬ろうとしていたその目の前に立ちはだかったんだ。

 彼は振り返って穏やかな笑みを湛えながら『これは俺の両親だから俺の手で終わらせたかった。君の手柄を横取りしようとした訳じゃないんだ。ごめんね。』そう言った。あの時の、『ごめんね』がずっと僕の胸に居座ってる。今でも人間界に良く来るよね。

 いつもあの笑顔を貼り付けてる。

 あの笑顔の裏に『鬼』を隠して生きているんだろうな…って思うんだけどいつもどんな時でも彼の『鬼』を僕は見た事無いんだ。彼は本当に鬼なのかな。」

 陽溜が両手を拡げていつでも俺達を受け入れてくれる姿を思い浮かべる。

 人懐こくてお人好しで鬼に一番縁遠い、の代名詞。 

 「正に桃次郎が悩んでる事と通ずるけど、鬼の姿の彼が鬼と化すのか菩薩で居るのか…俺は桃姫が良く言う『鬼だって良いヒトがいる!』を、見届けたいんだ。」

 桃太郎の瞳の奥を覗く。

 母と同じで意思の堅い頑固な眼差しだ。

 「…ねぇ、桃太郎。教えて。

 『あえなくなる』ってどう言う事?」

 桃太郎が首を傾げてきた。

 「普段、言葉遣いが綺麗な陽溜がね、俺に『俺はもうすぐあえなくなる。』って言ったんだ。『俺には』でも『俺達は』でもなく…。この言葉には深い意味があるんじゃないかと睨んでるんだ。」

 桃太郎が急に膝におでこを擦り付けて黙ってしまった。

 「桃太郎?」

 桃太郎は顔も上げずに

 「知ってる。僕も聞いてた。

 …僕の口からは言えないよ。」

 そう小さかったがしっかりと呟いた。

 上向きな良い言葉ではない事はなんと無く察していた。

 二人でまた、タルトに噛り付く。

 「「成仏しそうな味…。」」

 どちらからともなく呟いた。

 まだ肌寒い風が蔵の隙間から入り込んでくる。管狐もこうやって「誰かさん」の部屋へ忍び込んだのだろうか。

 俺はその日、初めて視えた俺の先祖でルーツで本物の「桃太郎」に、親父の事、妹達の可愛さ、陰陽師見習い大守さん、天狗の和心くんと淫魔の花園先輩との恋愛模様、座敷童子の慈と貧野先生の不思議な関係、桃香と言う愛しい鬼への胸の内を語った。

 語って、語って、喉がカラカラになっても俺は喋り続けた。胸の中が空っぽになるまで全部、カスもチリもホコリも残らない位語るのを止めなかった。

 

 

 

 

 

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