第20話 新たな居場所



「あれ・・・、」



がたん、ごとん、と馬車が揺れている。



いつの間にか眠りについて、それから・・・?


干し草の上で温かい毛布まで掛けられている。

信じられないぐらい、ぐっすり眠りについていた。



「あの…」と、馬車の小窓から覗くと、昨日の騎士様達。



「おう。起きたかい」

「あんまりにも気持ち良さそうに眠っていたから、起こすのもなんだし・・・、」


「あぁ、もうすぐ着くよ」



「勝手に出発してごめんね」と申し訳なさそうな笑顔で言われたが、これ以上無い程の感謝でいっぱいだ。

お金の無い私に、ここまで・・・、私に出来ることを、与えてくれて…。



ひとつぶだけ、涙が落ちたが、騎士の方々は優しいから、心配されると思って押し殺した。








「さぁ、人気の無い所に停めたから、今の内に。」


「はい。」




そっと荷台から降りると、道から外れた木陰だ。

確かにここなら、停めていても休んでいるだけだと思われるだろう。



「あれが王都だよ」




「ほら。」とこっそり指を指したその先に見えたのは、とても大きな、ここからじゃ、どこまでが都なのかも分からないほどの大きな街。

そして一際目立つ存在…。



「王族達が住む城さ。」


「すごい・・・」



見たこと無い程美しい光景に思わず鳥肌が立った。


美しい。


建物を見て美しいだなんて、初めて思った。



白い外壁は、太陽の光に当たって、それ自体がまるで発光しているみたいだ。

屋根の青色も、光の加減で紫に煌めいて見える。


わたしの、エリック様から頂いたリボンのようだな…。と少しだけ思ってしまった。

けれどそんな事、王族の方に知られたら大変ね。

不敬…、と言うやつだわ…。




「さ、早く、見付からない内に。」



もう一人の騎士様に急かされ、繁華街がある方へと歩き出した。



「本当に、ありがとうございました。」



今いる場所からでも、既に目指す場所は見えていた。



振り返ると、手を振るわけでもなく、ただ、優しく微笑んでいた。




「いつかお店に行くよ」



そう言ったような気がするが、遠くて実際何と言ったのか聞き取れなかった。


けれど、いつか、お店に来てくれるなら、その日までにはもっと立派に、ちゃんとおもてなしを出来るようになっていようと、そう誓った。






─────そして、マダム・ロージーのお店。




騎士の方々が言った通り、唇のサインと、真っ赤に光っているので直ぐに分かった。

時刻は昼間で、人通りはあまり無い。



入り口は薄暗く、入るのを躊躇うぐらいドキドキしている。

もし断られたらどうしよう、働けなかったらどうしよう…、そんな気持ちで押し潰されそうになる。


勇気を出して、扉を開ければ漂う薔薇の香り。


満月の泉で摘んだ花の絞り汁の様な香りを思い出して、何故か少しホッとした。




「なんだい。 客かい?まだ開店時間には・・・あぁ、・・・・全く、」



ぬっ、と奥から出てきた恰幅の良い40代ぐらいの女性。

真っ赤でぷっくりとした大きな唇と、長い睫毛、艶のあるウェーブの掛かった黒髪、深い緑の鋭い目付きが特徴的だ。



「あ、あの・・・」



恐る恐る話し掛けると、その女性は「はぁ~~~~」と大きな溜め息を付いた。



「こんな子が居ながら。 で?どんな男だい?悪いが今準備中でね。客は居ないんだ。恐らく昨日か今日の朝帰った客だろう。 特徴を言ってくれればすぐ分かるよ」

「え…、あの…」



何の話だか分からず、狼狽えていると、「恋人を探しに来たんだろう?」と、片眉を上げて私に問い掛けた。



「いえ…、えっと、働かせてもらえないかと…」

「はぁ??働くだぁ!?何だってアンタみたいなのが・・・!」



言い掛けたところで止まる。


やっぱり私では駄目なのか…。

そう覚悟するのは、その女性が私の頭から爪先までじろじろと見るからだ。



「いや・・・、まぁ…、身なりは、うぅん…」

「駄目でしょうか…」

「え…、いや、・・・・・・・アンタ、貧しいところの子かい」

「・・・・・・はい」



「はぁ~~~~」とまたその女性は大きな溜め息を付き、「分かった。」と言う。

その言葉に私は、俯いていた瞳を上げた。



「じゃあ…! 働かせて頂けるのでしょうか・・・!」

「あぁ、逆にアンタが働いてくれるんなら大歓迎さ。 服装や足元を見れば、嘘は付いていないようだし。」



兎に角ほっと一安心して、腰から脚から何もかも力が抜けて、「ありがとうございます…」と、言い切る途中で床にへたり込んでしまった。




「全く、ほら」



そう手を伸ばされた。


二度目だった。


誰かに手を差し伸べられたのは。



握った手は柔らかくて、温もりが私の手にまで広がっていくように、包み込まれた。




「アタシは店主のマダム・ロージー。 これからしっかり働いてもらうよ!」


「は、はい・・・!」



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