第12話 マトモな異常

 聞かされたのは次の日だった。

「担任が死んだ」、教えてくれたのは榎木刑事。直接教室の教卓で。


「君たちを帰して直ぐだ。遺体を片付けて車に詰んで、もう一度教室へ戻ってきたら先生が倒れていた。」


「嘘だろ、先生まで..?」

「見境無しってところね、アイツ。」

誰も哀しみは感じないみたいね、まぁ無理もないわ。

「刑事さん、ベロニカですか?

またあの女の仕業ですか!」


「ベロニカ?

..ああ、街の噂か。関係ないよ、でもそう思いたいのもわかる。それほど不可解に人が死に続けてる」

担任が死んだのは偶然か..。


「嘘つかないほうがいいよー?」


「..嘘、僕が付いたのかい?

僕は刑事だ、流石に噂話を鵜呑みにするような愚かな事はしないよ。」


「ううん、ウソだよ。」「..何故?」

「……。」

見苦しい、流石に私でも分かる。

榎木さんが嘘を付いている事も、実は〝マトモではなかった〟という事も。


「だって隣に女がいるもん。」


「……は?」

「あら、見えていたのね。」

全員に見えるように姿を晒す、ここに来るのは何度目か。いや、ずっとこの場所に存在していたのか。


「ベロニカ..!」

「また遭ったわね、眼鏡くん。」


「今度は誰を殺す気よ!

遊びみたいに、人の命弄んでさ..!」


「慣れすぎ..。」

順応が驚く程早いな皆、こんな異形な化物が目の前にいるのにまるで近所の嫌な奴みたいに。


「刑事さん、何であなたがコイツと一緒にいるんです!?

なんであなたの隣で笑ってるんだ!」


「い、いや..知らない。

コイツが、ベロニカという奴なのか?

..噂が本当なら、この女が殺人を..」


「とぼけんじゃねぇよっ!」

勢いよく教室の扉が開く、顔を出したのは一早く教室を飛び出したイセシン

手元には何やら書類を持っている。

「伊勢くん」

「伊勢..?

同じクラスメイトか、何だ急に。」


「あれからお前の事を随分と調べた。

するとどうだよ?

お前今まで事件の合間や事後の現場の処理で、幾人もの連中を抹消してる。巻き添えやら事故やらの理由を勝手につけてなぁっ!」

噂を試す為、もしくは目撃されたり邪魔されたりの口封じに報告書を書き換えた。その痕跡は、刑事を辞めた元同僚達がしっかりと抱え保存していた。


「..誰から聞いた?」

「答えるか馬鹿野郎が..!

お前は警察内での評判は頗る良い、だけど疑われて無い訳じゃねぇ。警察じゃ無くなればそいつらは力ある協力者になんだよ、ホラ吹き!」


「そうか..。」

「..伊勢くん、逃げて!」

調査は予測ではない、ゆえに読めなかった。懐に忍ばせた刃物が己を刺すなんて、刑事がそんな事をするなんて。

「てめぇ..!」

「俺は人を殺さないと思ったか?

刑事だからな、普通はしないさ」

一突きしたナイフを皮切りに、抜いては刺し、抜いては刺しと一撃は滅多刺しに変わり血を噴き上げた。


「伊勢!」

我慢ならずと恭香が駆け寄るも諸悪の根源が道を阻む。

「どきなさいよ!」

「何か思う事があるの、あの男に?」

「そんなんじゃないわ!

..だけど、死んで欲しくは無い。」

一方的に庇われて終わりなど歯痒いと彼に何か仕返しをしなければ落ち着かなかった。

「アナタの感情など知らないわ。

あの男の感情もね、どちらにしても出る幕は無いわ。そこで見てなさい、今とこれから、総ての事を。」


「ふぅっ、漸く死んだか。

余計な事しやがって、これが証拠か?

見ろ、これでパァだ!」

本当何でも持ってる奴でさ、内ポケットからライター取り出して紙燃やしちゃった。私の目は節穴だったよ、こんな奴をマトモだなんてさ。


「お前ふざけんな!」

「あ、なんだクソガキ?

叫んだって無駄だぞ、教室の外には聞こえない。ベロニカは此処に棲みついてるからな、他のみんな日常を過ごしてる。その証拠にほら、人が死んでも誰も気付かない。」

おかしいとは思っていた。クラスの生徒が大量に死んでも来るのはいつも警察だけ、誰も騒がないし噂もしない。

「お前たちは使われる命なんだよ

な、ベロニカ。次は誰を殺すんだ?」


「..そうねぇ、誰にしようかしら?」

悪魔が吟味を始めた。一人ひとりの顔を拝み微笑んでは品定めをする。

「まぁ誰でも一緒だけどな!

平等に使われる所有物、お前の噂を試すだけの振れ幅の一節に過ぎない!」


「決めたわ。」

一言を聞いて、全員が目を瞑った。

やはり幾度見ようとも、人の死には慣れない。見たくないものは見たくない


「..ぐぅっ!」

唸りが聞こえた

誰かがやられた合図だ。

最早逃れられないと目を開けると、悪魔はこちらに背中を向けていた。逆立つ毛先が、向こう側を貫いている。

「何をしてんだ、てめぇ..⁉︎」

「悪いけど、アナタに決定権は無いわ一人余分に殺したんだから、責任持って死になさい。」

髪を引き抜いた腹の穴からは血が溢れ出し、無様な荒い息遣いがそれを隠す


「ま、アナタが負う私への責任なんて何一つないのだけれど。」


「俺が噂を広めてやったんだろっ..!」

「勝手にやっただけでしょう?

面白がって話を拡げて、ひろめた噂に殺される。凄く素敵な話よね」

同情の余地は無い。

見下し尽くした乾いた眼で、死に際の愚者を眺め見ては罵倒する。


「てめぇふざけんなぁっ..!」

身動きのロクに取れない身体を引きずり這って動く榎木の腹の穴に、縫い糸のようにナイフを通す。

「うるさいわよ

早く死ねって言っているの。」

榎木は血溜まりとなって無惨に飛び散り、教室の壁や床を赤く汚した。

「みっともないわね、吐き気するわ」


「いつまで

教室に棲み着くつもりですか?」


「..あら、質問?」

榎木の死などものともせずに委員長がベロニカに問いかける。

「これ人を殺めないで下さい。

今すぐ教室から出て行って下さい!」


「随分冷たいのねぇ、でも残念ね。

私は教室に棲んでいる訳ではないの、私は、人の意識に棲んでいる。存在が完全に消え去る事は無いわ、絶対に」

屁理屈、でも無さそうだ。

理由も無しに人は殺さない、原因は必ず何らかに存在する。


「誰の意識なのー?」

「さぁ、誰かしらねぇ。

分かってる人にはわかってると思うけど、初めに起きた出来事かしらね」

〝初めに起きた出来事〟

と一括りにしても難しいものだ。教室で起きた事がそれに該当するのであれば初めの犠牲者北井、もしくは噂を持ち込んだ榎木刑事。しかし北井は死んでいるし、榎木刑事は先程見放されたのを目の前で見た。どちらも違う、だとすればそれより先手、だろうか。


「私のお姉ちゃん?」


「それは違うわ、それよりも前に起きた事があるでしょう?」


「..書類、事件だ。」

笛吹が燃え残った資料を漁る、中には切れ端となっても読める物。ベロニカが意図して残したのだろう、その中の最も古い事件。娘を残して両親が死んだ奇怪な事件の一端。

「失踪した後死亡したのは

大崎 悦美、大崎 隆一..。」


「気付いたぁ?

そうよ、私が棲み付いているのはアナタの中よ。大崎 陽奈」


「…嘘でしょ..?」

せめて私は、マトモでいたかった。

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