後編


―――


「そういえば真。もうすぐあんたの誕生日じゃない。今年も明里ちゃんが来てくれるの?それとも友ちゃんも?」


 その日、午後からの授業を茫然自失の体で聞いた私は、明里ちゃんが何か言おうとする前にダッシュで家に帰ってきた。

 玄関先で靴を脱いでいた矢先に先程の母の言葉。思わず固まる。地雷を踏んだ事に気づいていない母は嬉しそうにどんなケーキがいいかな、などと言いながらキッチンに消えた。


「そっか……もうすぐ誕生日か……忘れてた。」

 自分の部屋のカレンダーを見て呟く。そしてベッドに沈んだ。



 三年前に友樹くんとの仲を男子達にからかわれる前までは毎年二人で誕生日を祝っていた。1ヶ月しか違わないのだから合同でも良さそうなものだが、律儀にお互いの誕生日をそれぞれの家で過ごすのが1年に2度の楽しみだった。

 その後は明里ちゃんが一緒に祝ってくれた。でも今年は……


 私は申し訳なさそうな顔で何かを言いかけた明里ちゃんの顔を思い浮かべて、長い長い溜め息を吐いた。




―――


 そして誕生日当日。今日は日曜日なので、朝からずっとソファーでだらだら過ごしていた。


「あーあ……暇だなぁ。せめて平日だったら……ってそれはそれで困る、か。」

 明里ちゃんと友樹くんと顔を合わせなきゃいけなくなる。私は読んでいた漫画をベッドの方に放って俯せになった。


『ピーンポーン』

 その時、インターホンが鳴った。母がいるはずなので無視していたら、2度3度と続けて鳴るものだからイライラしながら部屋の外に出た。


「お母さん!いないの?……もう、出かけるなら一言言っといて、って……明里ちゃん?」

 モニターを見たら明里ちゃんが笑顔で手を振っていた。


「明里ちゃん、どうして……」

『お誕生日おめでとう、まこっちゃん。この間はホントごめんね。誤解させるような事して……でも玄関開けてくれたらいい事が待ってるから。』

「いい事って……」

 昨日までの明里ちゃんとは打って変わった様子に面食らう。でも手は勝手に解錠ボタンを押していた。


『ありがとう!』

 そう言って明里ちゃんの顔がモニターから消える。私は茫然とその場に立っている事しか出来なかった。


 しばらくして、今度は家のインターホンが鳴る。私は何とか足を動かして玄関に向かった。

「はーい……」

「……よぉ。」

 ドアを開けて現れたのは明里ちゃんじゃなかった。私は目をパチパチさせる。

「友樹くん!」

「入ってもいいか?」

「あ、うん……」

 思いがけない展開に一瞬頭が真っ白になるが、友樹くんの言葉にはっとしてドアを大きく開いて友樹くんを招き入れた。

「あの……」

「話、あるんだ。」

「え……?」

 友樹くんの真剣な表情に息を飲む。


「邪魔するぞ。」

 スタスタと勝手知ったるといった感じで私の部屋に入って行く友樹くん。だけど私の体は金縛りにあったみたいに動かなかった。


「真?」

「あ、私……」

 動かない私に気付いて振り返る友樹くん。上手く声が出なくて口をパクパクさせるしか出来ない私に、友樹くんは苦笑して近付いてきた。


 あ、この顔……

 あの頃と同じだ。私が子どもの頃、自分の背よりも大きなランドセルを背負いながら友樹くんの後をついて歩いて。

 少し遅れる私を、振り返って迎えに来てくれたあの時の……


「俺さ、お前の事ずっと妹みたいに思ってたんだ。ひとりっ子だから余計に可愛くてな。でも小さな女の子からどんどん大人っぽくなってきて、照れもあって最近は誕生日も祝わなくなった。一緒にいる時間も減った。最初は何とも思ってなかったけど、内海と仲良くしてんの見てる内に段々……なんつぅか、嫉妬?するようになって……」

「嫉妬?……って誰に?」

「だから~!内海にだよ!」

「え、えぇ~!?」

 私は驚きの余り、部屋のドアを閉めた格好のままへたり込んだ。


「んだよ……わりぃかよ。」

「別に悪くは……」

「お前は滅多に男子と話す事ないから安心してたけど、女同士の内海にも嫉妬するなんておかしいだろ?こんな感情、お前には見せたくなかった。だってお前は、誰よりもキレイで真っ白な心の持ち主だから。」

「……違うよ。」

「え?」

「私は真っ黒だよ。友樹くんは知らないんだ。私は……」

「真。」

 友樹くんが近付いてくる。私は思わず後ずさった。


 何故か恐かった。何かを言おうとするその口の動きを、目をつぶって見ないようにする。そしてこれ以上聞いちゃいけない気がして、両手でそっと耳を塞いだ。


「真、聞いて。」

 友樹くんの手が私の手をそっと外す。それでも恐くて、目は開けられなかった。


「好きだよ。」

「……っ!」

 ビクッと肩が揺れた。友樹くんの手がそっと私の頬を包む。


「俺の心は真っ黒だ。お前に近づく人間全てに嫉妬して……でもお前と一緒にいる時だけは、黒が白に変わるんだ。この間はあんな態度とって悪かった。」

 のぞき込んでくる気配を感じて、そっと目を開ける。するとドアップの友樹くんの顔があって、またビクッと肩を震わせた。


「ごめんな、こんな俺で。内海に言われたんだ、誕生日に言ってやれって。」

「え……?」

「好きだ。俺と付き合ってくれ。」

「うぅっ、ぐすっ……」

 真っ直ぐな瞳で言われ、私は思わず泣いていた。


「わっ!泣くなよ……わりぃ。そんなイヤだったら……」

「イヤじゃない!私も、私も友樹くんと同じ。心の中に黒い悪魔がいるの。明里ちゃんに嫉妬したの……」

「内海に?」

 顔を両手で覆って泣き崩れる私を、友樹くんが慌てて支えようとしてくれる。勢い余って友樹くんも床に座り込んだ。


「私も友樹くんと同じ……」

「真……」

「ねぇ、友樹くん。どうしよう……こういう時何て言えばいいの?」

「好き、でいいんじゃねぇの?」

「好き?」

「あぁ。」

「好き、友樹くんが……」

「俺もだよ。」

 友樹くんがゆっくり近付いてくる。思わず身をすくめた。

「大丈夫だから。ほら。」

 両手を広げて笑顔で待っててくれる。


『真、おいで。』

 あの頃の友樹くんと一瞬ダブって見えた。

 あの頃の純粋な気持ちは、とうの昔に無くしてしまったけれど。

 でも、友樹くんと同じなら、例え真っ黒でも構わない……


「友樹くん……」

 そっと近付いて友樹くんの胸に抱きつく。その瞬間、体がほっとしたように暖かくなった。


 ずっと待っていたのかも知れない。この時を……



「ありがと、友樹くん。」

「それはこっちのセリフ。」

 二人で顔を見合わせて微笑む。すると友樹くんが持ってきた鞄から何かを取り出した。


「これって……」

 可愛いリボンに包まれた箱。それはこの間友樹くんが隠した物と同じだった。

「お前へのプレゼント。内海に相談してたんだ。あの時は内海が包装してくれたこれを受け取ってたとこだったんだよ。」

「そう、だったんだ……」

「ほら。」

 友樹くんが顔を真っ赤にしながらそれを渡してくる。私は何故か緊張しながら受け取った。


「……ありがとう。」

「どういたしまして。」

 また二人で噴き出す。私達は母がケーキを買って帰ってくるまで、そのままの体勢でずっと笑い合っていた。




―――


 この先何度、黒い悪魔が私を支配するだろう?

 その度辛い思いを味わうだろうし、自己嫌悪にも陥る。けれど友樹くんが隣にいてくれるのなら、友樹くんが黒いままでもいいと言ってくれるのなら、二人で黒に染まるのも悪くない。


 そして二人でいれば、黒はいつか真っ白に変わる……



 友樹くん、ありがとう。そして、大好き。


 最高の誕生日になったよ。


 明里ちゃんにもお礼言わないとね!



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君にHappy Birthday @horirincomic

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