君にHappy Birthday

前編


―――


「友樹く~ん、何読んでんの?」

「ん?小説。」

「どんな?」

「推理小説。」

「へぇ~、面白い?」

「うん……」

「ちょっと、聞いてる?」

「うん…………」

「ダメだ、こりゃ。」


 同じクラスの女子(しかも可愛い)が諦めた様に友樹くんの側を離れて他の友達の近くに歩いて行くのを、私はボーッと見つめていた。



 ――ここは私達が通う高校のニ年A組の教室。

 まだ授業が始まってないのでみんなそれぞれ思い思いに過ごしていた。


 私は少し離れた所に座って幼馴染の川岸友樹くんの事を見ていたが、さっきの子がふらっと友樹くんの側に近付いて先程の会話を交わしているのをこっそり聞いていたのだ。

 集中して小説を読んでいる友樹くんを見ながら、私はそっとため息をついた。




―――


 最近、私の心の中には黒い悪魔が住んでいる。同じクラスの女子であろうが男子であろうが、友樹くんと仲良くしている人が憎くてしょうがないのだ。



 そう、最近気付いた。

 私はたぶん……いやきっと、友樹くんの事が好きなんだ。


 小さい頃から私と友樹くんは幼馴染で、しかも友樹くんが四月生まれで私が三月生まれという事もあって友樹くんは私の事を妹のように扱ってきた。

 そして私の方でも友樹くんは本当のお兄ちゃんのような存在だった。


 それが変わったのは、いつからだっただろうか。いつの間にか、私の視線は友樹くんだけを追うようになって、この気持ちが何なのかわからないまま、勝手にどんどん膨らんでいった。

 気付いた時には、もう手遅れだった。この気持ちは自分ではどうにも出来ない程、大きくなっていた。



 ――そして黒い悪魔が私に住み着いた。時々勝手に出てきて、私の心をかき乱す。

 何も悪くないクラスの子達を憎しみの対象として……


 友樹くんはきっと今でも私の事、可愛い妹だと思っている。汚れの知らない、純真無垢な子どものまま……

 でも本当の私は、真っ黒だ。黒すぎて、最後には溶けてしまいそうで恐い。


 いっそのこと、溶けて無くなった方が、良いのかも知れない………



「真?」

「……え?」

 考え込んでいると、近くで声がする。ビックリして顔を上げると、私の唯一の親友の明里ちゃんが怪訝な顔で私を見ていた。


「どうしたの?一時限目始まるよ。」

「え?あ……」

 慌てて周りを見ると、私と明里ちゃん以外いなくなっていた。確か一時限目は移動教室だ。


「ご、ごめん!」

「いいけど……どうしたの?まこっちゃん、今日変だよ?」

「ううん、別に何でもない。行こ。」

「う、うん……」

 心配そうに見てくる明里ちゃんを何とか誤魔化して、私は立ち上がった。自然と二人は並んで歩き出す。私はそっと明里ちゃんの横顔を盗み見た。


(相変わらず可愛いなぁ……)

 明里ちゃんは学年一、いや学校一の美少女だ。チビで地味で眼鏡っ子な私とは正に月とスッポン。そんな明里ちゃんがどうして私なんかと親友でいてくれるのか、未だに謎である。


 更に明里ちゃんはその美貌とサバサバした性格でクラスでも人気者で、同じく人気者の友樹くんとは美男美女としてうちのクラスの誇りなのだ。

 私だってもう数ヶ月早く生まれていたら、友樹くんと肩を並べて歩けていたかも知れない。あるいは友樹くんがあと数ヶ月遅く生まれていたら……


 なんて、もしもの話をしても、11ヶ月という時間は埋まらない。


 私はいつも『ああだったら』『こうだったら』ばっかりで、何一つ未来に向かって踏み出せていない。そんな自分が本当に嫌だった。




―――


「なぁ、さっき内海と何話してた?」

「え?」

 授業が終わって廊下を歩いていると、後ろから声をかけられて振り向く。

「友樹くん……」

 友樹くんがいつの間にかすぐ後ろにいて、私の事をじっと見ていた。私は顔がかあーっと熱くなるのを、軽く頭を振って誤魔化した。


「さっきって?」

「ほら、授業始まる前。内海と楽しそうに話ながら教室に入ってきてたじゃん。」

「あぁ……」

 さっきの事を思い出して苦笑する。ちなみに内海というのは明里ちゃんの名字だ。途端、友樹くんの顔が面白くなさそうに歪んだ。私はちょっと首を傾げる。


「そんなに楽しかったんだ。」

「……え?」

「いや、別に。何でもない。」

 そう言うと友樹くんは俯いたまま、私の脇を通り過ぎて行ってしまう。私は呆然と、友樹くんの背中を見つめるしか出来なかった。


(どうしたんだろ、友樹くん。明里ちゃんの話をしたら急に……あ!もしかして友樹くんは明里ちゃんの事……)


 どうしてそう思ったのかわからない。わからないけど……何となく、そう何となく思ったのだ。


 友樹くんは明里ちゃんの事、意識してる……?

 だったら私のこの想いは?

 心の中の悪魔がゆっくり動いたのを、私自身気付いていなかった……




―――


 それから約4ヶ月。その間色々あった。


 ハロウィンもクリスマスも過ぎて、年末年始も過ぎて、気付けば3月に入っていた。


 私は昼休みの廊下を一人でぶらぶら歩いていた。

「あーあ……明里ちゃんは何か用事があるってお弁当食べてすぐどっか行っちゃったし。暇だなぁ~」

 明里ちゃん以外友達と呼べる人がいない私は、どこに行く当てもない。溜め息をついて教室に戻ろうとした時、見覚えのある後ろ姿が見えて立ち止まった。思わず声をかける。

「あ、明里ちゃん!」

「え?……まこっちゃん。」

「あ、あれ?友樹……くん?」

「真……」

 明里ちゃんが振り向いた時、向こう側に友樹くんの姿が見えて顔がひきつる。しかも友樹くんが私の顔を見て何かを背中に隠したのを見てしまった。ちらっと見えたのは可愛いリボンがついた何かの箱。

 そして友樹くんと明里ちゃんが素早く目を見交わしたのも見逃さなかった。


(何だろう、この疎外感……)


「な、何話してたの?二人で……」

「い、いや、別に……?な、内海?」

「うん……」


 友樹くんが何気なさを装い明里ちゃんを促すと、明里ちゃんは明らかに作り笑いで答えた。


「そう……」

「真こそどうしたんだよ。珍しいな、お前が一人でぶらぶらしてんの。」

 友樹くんが私と目を合わせないまま、素っ気なく問いかけてくる。そんな友樹くんの横顔を見ているうちに段々と内側から何かがせり上がってきて、気付けばそれが口をついて出ていた。


「私が一人でぶらぶら歩いてちゃいけないの?」

「何?」

「どうせ私なんか教室で一日中机に座っとけって事ね。」

「おい、何の話……」

 友樹くんの顔が見れなくて俯いたら、ポロッと涙が頬を伝った。


「お、おい、真?」

「触らないで!」

 友樹くんが私に歩み寄ってくる。彼の手が私の方に伸びてきたのを、反射的に振り払っていた。友樹くんが息を飲んだのがわかった。


「わりぃ、俺……」

「ごめんなさい……!」


 何を言われるのか怖かった。私は友樹くんの言葉を遮ると、踵を返して廊下を走った。


「真!」

 友樹くんの呼ぶ声を振り切るように、私は走った……



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