それでも行くって決めたんだ

超局地的に空は泣いていた、具体的には私の通学路を目掛けて。

空は太陽との別れを惜しんで顔を真っ赤にしていたらしい、

夜が近づき、怒涛の勢いで雨が降り出している。


「ぐるるるるるるる」

ライオンの顔を覆うたてがみを、こんなにも間近で見た中学生はいないだろう。

ついでに言うと、ライオンに生暖かい息を吹きかけられることも、

至近距離でライオンに餌として見られることも、私以外に無い……そう信じたい。

(そうじゃなかったら、動物園どころかその周りに行くのも怖すぎる)


ほとんど石みたいにこわばった動きで警察に電話しようとすれば、

私のスマホは故障を戯画化したみたいにぽん、と爆発した。

(なんでスマホに火薬が仕込まれてるのよ!)


「あぁー!油から炎が立ち昇ってる!」

キッチンからは妙に状況説明的なお母さんの悲鳴が聞こえるし、

どうやら、私が告白しようと決めたことで本気の邪魔が入ったらしい。

呪われてるのかな、私。


「……告白、やめます」

私は生まれたての子猫みたいに、か細い声で目の前のライオンに言ってみた。

ライオンが一歩退き、雨が少し弱まり、母親が「消火器!」と叫ぶ声が聞こえる。

なるほど、不幸な偶然が重なりに重なったんじゃない。やっぱり必然みたいだ。


「告白しません!」

私は大声で断言する。

ライオンが道路に飛び出し、雨は雨雲ごと消え去り、

お母さんの「今夜はエビフライよー」の声が響き渡る。

私のスマホは壊れたままだ。悲しい。


「いらない、食欲ない、寝るね」

私はお母さんに、それだけを伝えるとベッドに大の字になった。

割れっぱなしのドアから夜の空気が入り込む、寒い。


結局、私が悪いというわけではなかったのだ。

世界じかけの仕組みで、私が何かをしようとすると全力で邪魔をする。

だから、私のやるべきことは諦めることだ。

誰も私を、いや私自身が私を責められないだろう。そういうことなのだから。

起きたら、埃を被った家の電話を使って、くららに電話をしよう。

「お幸せに」って言おう。学校を休んで泣こう。それで、大丈夫だ。


「何が大丈夫なの?」

私の耳元で天使の羽を付けて、

白い輪っかを頭の上に浮かべた、私の中の負けん気が囁く。


「一生、そうやって生きていくの?」

でも、しょうがないよ。


「そうだよね、しょうがない」

もう片方の耳元で、私の中の賢い私が囁く。

「だから、上手く生きていこう、傷つかないように」

私の中の賢い私が慰めるように、優しい声で言った。


「でも、私は……連理が好き!」

天使の羽は飾りじゃなかった。私の中の負けん気が、賢い私に飛び蹴りを見舞う。

(羽で飛んで蹴ることを飛び蹴りというかは賛否両論あるかもしれない)


「一生諦めて生きていくなんて私は嫌だ!」

私本体を無視して、負けん気の私が賢い私の胸ぐらを掴んで叫ぶ。

「……私だって」

小さい声で、賢い私が言う。

「私だって、連理が好き」

小さいけれど、はっきりとした声で、言った。

私ってやつはピンからキリまで連理のことが好きだったらしい。


気がつくと、割れたドアから朝日が差し込んでいた。

夢を見ていたらしい。いい夢か悪い夢かは判断に困るところだ。


今から電話をすれば、きっと邪魔は入らないだろう。

そして、もしも玄関を開いて学校に向かえば、邪魔が入る。


私はリビングへ向かう。

テレビのニュースがライオンが未だに脱走中とのニュースを告げる。


私は朝食を食べながら、お母さんに尋ねる。

「ねぇ……ウチって、マタタビあったかな?」


お母さんから答えを聞き、私は玄関の扉を開く。

当然の権利のように、目の前にはライオンがいて、

私の通学路の上空をなぞるように、空は分厚い雲で黒くて、

家の前で急に工事が始まっていて、道路に大穴が開いていた。

空をよく見れば、UFOがふよふよと飛んでいて、

そして、私の武器はマタタビと折りたたみ傘と、負けん気と恋心だけだ。


「グオオオオオオオ!!!!」

ライオンが吠える。私はマタタビをぶん投げる。

ごろにゃんとライオンが腹を見せる。

しかし、目の前には大穴があり、

私は走り幅跳びで大した記録も持たない帰宅部員で、

UFOは徐々に私に向かって飛んできていて、

黒雲は雷を織り交ぜながら豪雨を降らせ、

愉快そうなのはマタタビに酔ったライオンだけだった。


私が学校に辿り着くまでの大冒険は文字数にすれば10万字を超えるだろう。

けど、そんなの好きな男の子に告白するという大冒険に比べれば大したことはない。


「ひかりん!?」

屋上には既に、くららと連理が待っていた。

くららが驚くのも無理はないだろう。

制服は割とボロボロで、顔も真っ黒に汚れていた。

靴下は片方無いし、お洒落な美少女が台無しだ。

でも、良い。

私は不敵に笑って、親指を立てた。


私より可愛くて、運動神経抜群で、勉強ができて、優しい女の子。

誰よりも邪魔で、誰よりも大好きな、私の親友。


「連理を好きってことだけは負けないからね!」

私は思いっきり、叫ぶ。それでくららも驚くのをやめた。

私は今、汚くてボロボロだったけど、世界一のくららのライバルだった。

きり、と。くららが美しい表情を作る。

世界で一番の美少女――恋する乙女の表情で、連理を見た。

私も、汚くてボロボロで、けど世界一の美少女の顔で、連理を見た。

そして、二人で同時に叫んだ。


「「好きです!!付き合って下さい!!」」


連理が深く、深く、くららに頭を下げる。

そして、大きくも小さくもない、

海の底のように静かな声で「ごめんなさい」と言った。


そして、私に向き直って。

やっぱり、静かな声で「よろしくおねがいします」と言った。


人生で初めて、私が成し遂げたことは恋人を作ることだった。

けれど、それでめでたし、めでたしかと言えば、全くそんなことはなかった。


3日後。

ニュースがサイの脱走を告げ、天気予報は台風の襲来を叫ぶ。

そして、私は初めてのデートの準備をしている。


この邪魔はいつまで続くのだろう。

けれど、まぁ……いつまでも大丈夫だろう。と思う。

こんなもの、私の気の持ちようだ。


-終わり-

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世界が邪魔する恋心 春海水亭 @teasugar3g

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