第27話:走行試験とチルの機力


ギルバートで時間を使っちゃったけど商業ギルドを出発して南門に向かう、トープは王都の南側にある都市で港がある。

海運業と漁業が盛んな都市で、コイネが朝からげんきなのは魚のせいだ、俺も新鮮な魚が食べたいからスルーしてる。


王都の中は石畳で舗装されてるけど、アスファルトみたいに滑らかじゃないんで、機車や馬車の木製タイヤだと振動と音が凄い。

機力が少ない御者だと目的地まで時間が掛かる、そのせいで朝早くに移動を開始するから音がウルサイくて苦情が多発するんだと、目覚まし代わりに使ってる人もいるみたいだが。


俺の引く馬車は(機車じゃ無い)音も振動も無しだ、そのせいで直ぐ側まで来ても誰も避けてくれないんで地味に困る。

追い越したい時やどいて欲しい時は、声を掛けることになるんだが。


「 すみませ~ん! 通して貰えますか? 」


「 ああ。 邪魔して悪か・・・・・・ 」


振り返ってこっちを見ると大体ここでフリーズする、王都で馬車を引く人族・・は俺しか居ないんじゃ無いかってさ。

他の国だと奴隷や見せしめの罰としてやってるらしいんで、そのイメージが強いんだと。

ギルバートの4輪自転車に付いてたベル(チリンチリンって鳴るのは)お貴族様専用で、平民は使っちゃダメなやつ。


「 ベルがダメなら、カウベルでも付けてみるか? 」


「 マスター! カウベルはダメだと思います! 」


チルが猛反対してきた。

良いアイディアだと思うんだけど、馬以下の牛並みの扱いは不味いんだって、別に俺の首に付けるつもりは無いんだが。



南門に着いたら渋滞してた、やっぱりチョット遅くなったみたいで、出都ラッシュにはまっちまった。

今日は積載量以下の積み荷(食料と水とオマケの3人)だから、止まってる時は機力の消費が無い、チルとコイネは乗客であって荷物じゃない。


「 失礼。 こちらの馬車の持ち主はどなたですかな? 」


開門時間を待ってたら、2人組の門番が話し掛けてきた。


「 持ち主は商業ギルドになると思いますよ、あそこから借りてきましたから 」


「 ふむ。 この国には、奴隷制度が無いことは知っていますかな? 」


「 ええ、聞いています 」


「 それでしたら、馬車を人族が引くなど在ってはならないとお判りでしょう。 すぐに開放し 『 お待ち下さい 』 」


ドリーさんが馬車を降りてきて俺の隣に立った、何時もと違う・・・・・・涼やかなそれでいて凜とした声で門番に話し掛ける。

犬獣人なのにネコ被りすぎだろ、ドリーさん。


わたくしは神殿で神官長をしております、ドリーと申します 」


それを聞いた門番がいきなり跪く。


「 お勤めご苦労様です。 ですが、これは奴隷を使役しているのでは在りません。 マスターグレイの意思による試験なのです 」


「 マスターグレイ! あのマスターグレイですか! 」  どのグレイだよ。


「 そうです。 ワイバーンロードを、エージェントと共に討伐したマスターグレイです 」


「 失礼しました! 試験と仰るのはどのような物なのか、お聞きしても? 」


「 マスターグレイは、港町トープまで1日で走れないか試そうとしておられるんです 」


「 機車で3日掛かる道を1日でですか!? 」


門番が俺をチラチラ見てくる、正気かコイツって感じなのかね、計算上は出来るハズなんだよな。


「 短距離での試験は終わってますよ、機車の4倍までは出したことが在ります 」


ホントは80km/h、機車の8倍まで出したけどそれは言わない。

スゲー短い時間なら100km/hを余裕で越えられると思うんだよな、これも言わないけど。



「 ・・・・・・ 」


「 馬に引かせるより、私が引いた方が速いんです 」


「 承知しました。 そうとは知らず、大変ご迷惑をお掛けしました。 奴隷を使役している者が居ると、詰め所に連絡が在ったものですから 」


その手の通報が詰め所に届くってのは健全な社会だってことだ、誰かが責められる様な事じゃない。

ふと見ると門が開かれていて渋滞の先の方が出発しつつ在る、俺たちも進む準備をしないと。

地面に下りてる、ネコを被ったイヌも荷台に載せなきゃいけないし。


「 ドリーさん。 そろそろ出発するんで、荷台に戻ってくれます? 」


「 判りましたマスターグレイ。 では、失礼します 」


門番に一礼してから戻ってくネコ風犬獣人のドリーさん、いつもあんな感じなら見直すんだけどな。

前の馬車に続いて歩き始める、門番には挨拶済み。



動き始めたばかりの列は遅い、門を出る時に身分確認と積み荷確認が在るから、動いたり止まったりの繰り返しだ、俺たちが門に来る頃にはさっきの門番が先に着いてた。


「 そのままお通り下さい 」


「 では、失礼しま~す 」


そのまま通過できたのはラッキーだったな。



門の先には整備された街道が見えるが、出都ラッシュのせいで馬車の台数が多い。

今のうちに説明しておくべきだろうと考え、街道を外れて馬車を止める。


「 マスター? 」


チルが御者台から飛び出してくる、そりゃもうホントに飛び出す、ユックリ下りてくるのが苦手なんだろうか。


「 何でも無い。 今日の試験の説明をしておこうと思ってね 」


「 そうですね! 」


馬車の後ろに回って、急遽参加することになった3人に試験内容を伝える。


・最終目標は夜までにトープに着くこと

・中間目標は2つ目の街に昼までに着くこと

・一つ目の街まで移動中に、無理そうだったらそこまでで終了


「 判りましたわ 」


「 で、ここからが重要なんだが、走行中は荷台から手や足を出さないこと。 急停止する事が在るから、走行中は席を立たないこと。 あと・・・・・・ 」


遠足の時に乗るバスの注意事項みたいな事を話していく、こっちの世界じゃ馬が最速だからな、時速60km/hからの急停止の危険性は理解できるんだろうか?

慣性の法則はこっちでも有効なのだが。


「 お話しは理解できませんが・・・・・・何かあったら飛び降りれば良いのですね! 」


うん。

獣人って脳まで筋肉になっている可能性が在るね、チルも飛び降りれば大丈夫ですって言ってたし、かすり傷で済むだろう。

クマ獣人は転がりまくって受け身をとってもらうとしよう、クマって転がるの得意そうだし。


_________________________



この荷馬車には馬用のとも綱はない、その代わりに安全ベルトを付けようとしたんだがチルとコイネに反対された、身動きが取れなくなって余計に危ないんだと。

未だに獣人のスペックが判らないんで、判断は任せたんだが大丈夫だよな?


全員乗ったのを確認して今度こそスタートだ。


「 ボチボチいくよ 」


王都を出て直ぐの所なんでかなり混んでる、基本的に人力と馬力で移動してるんだが、体調や積荷の違いで速度差が出ててすんなり進めない。

それが渋滞に拍車をかけてる、しばらく走れば速度差でバラけるそうだが、それが何時間後なのかは誰にも判らないんだと。


「 ちょっと脇道を行くよ! 」


「 判りましたマスター! 」


人々の列に合流するのを諦めて、機力を多目に込めて街道脇の荒れ地を進む、試験の最初からつまずくのはゴメンだ。

オマケに自分たちのせいじゃないんだからな、せっかくチルが用意してくれたんだし、失敗なんてできない。

森の中に比べれば、王都近くの街道脇の荒れ地なんか不整地にもならない、さっさと先頭集団に追いついて試験開始だ。


先行する機車に追従してしばらく走る、実際の距離が判らないんで、身体にスピードを覚えさせるためだ。


「 森に行った時より遅いですね、マスター 」


「 ちょっと確認したいことが在ってね。 ちょっと待ってて 」


対向機車が来ない事を確認してから追い越しを掛け、機車の御者さんの隣に並ぶ。


「 お早うございます! 」


「 ああ、お早う! 」


今ちょっとビックリしただろ、もう慣れたけど。



「 ちょっと聞きたいんですが、このスピードだと隣町までどの位かかりますかね? 」


「 そうだな。 今日は乗客も少ないし、休憩をタップリとっても夕方には着けるだろうな 」


なるほど。

今の俺のステータスだと、ジョギングより遅いスピードで移動して6時間位ね。

休憩をタップリとっても夕方前、休憩を除いて6~7時間で隣町まで着く、となるとこれの3倍のスピードで走らないと間に合わないか。


「 ありがとうございます。 ちょっと急ぎますんで、先に行きますね 」


機力を少し込めてから、地面を蹴る足に力を込めると馬車が加速を始める。

さっきの3倍だからかなりのスピードだ、気合と機力を入れて走らないと。


「 もう少しスピードを上げるからな! 」


更にアクセルを捻って(あくまでイメージだ)機力を込める、馬車の引手の光がチョット強くなった。

耳元で風が音を立て始めて気が付いた、目にホコリが入ったらどうしよう、ゴーグルを用意するのを忘れてた。


先行する馬車が居なくっても同じスピードで走り続ける、スタミナが心配だったが問題無さそうだ。

さすがに汗はかき始めたが息は上がって無い、風が気持ち良い。


調子よく走り続けてたら、だんだん対向して来る機車が増えてきた、隣町が近づいてきたようだ。

機力の残りを確認すると248、時間当たりの消費が18Macpで1.5hr走った計算なのか。


「 マスター、街が見えてきました! 」


御者台から立ち上がって前を見ていたチルが教えてくれた、第1目標はクリアできそうだ。


_________________________



「 グレイ様、そのまま神殿までお願いします! 」


「 判りました、道案内をお願いします 」


隣町へはスンナリ入ることが出来た、一番乗りだったらしく誰も並んでなかったし、ドリーが居たんで顔パスだった、神官長は名前だけじゃないな。



「 そこの角を右に曲れば突き当りが神殿です。 そこで休憩いたしましょう 」


「 あいよ 」


街中では徐行運転だ、俺の馬車なら急にも止まれるけど、ホコリはたつし目立つし。


「 ドリー神官長、お久しぶりです! 」


俺達を出迎えてくれたのは猫獣人の神官だった、ドリーの事を知ってるみたいで、そのまま休憩所へ案内してくれた。




「 それにしても、トープまで1日で移動ですか 」


「 ええ。 朝に王都を出て、今ここに居ますからね。 けっして無理ではないでしょう 」


汗が引くまで休憩させて貰う事になった、水分補給も忘れずに、お腹は空いてないんで軽食は遠慮しておいた。

シャワーを浴びるほど汗もかいて無いし、俺はプールに入った後は眠くなるから風呂もパスだ、まだ予定の1/3だし眠くなってる場合じゃない。


「 予定より早く着きましたね! 機力と体力は大丈夫ですか? 」


チルが替りのタオルを持って来てくれた、コイネは団扇で俺に風を送ってくれてる、ドリー以外の2人はどこかに消えた。

顔色が真っ青だったけど酔ったのか? 俺の曳く馬車は振動なし、慣性制御ありだから酔わないはずなんだが。


「 機力も体力も充分残ってるから、俺の汗が引いたら出発しようか、トイレには忘れずに行っとけよ? 」


「 もう済ませたにゃ! 早く出発するにゃ! 」


「 コイネ! もう少しマスターに休んで頂かないと! 」


コイネは今日中に魚を食べたいらしい、猫獣人だから気持ちは判るけどな。


よし行くか。




二つ目の街に向けてジョギング中、そう気分はジョギングだ。

ステータスの体力が5倍になった効果は凄まじく、機力を込めれば馬車が勝手に走る感じで押してくるんで、実にスムースだ。

馬車を曳くのに慣れて来たんで、細かな所に色々気が付いてきた。


機力を込めている間は、馬車の車幅感覚はミリ単位で把握できる、長さも重さまで判るから驚きだ。

俺が馬車を曳くと言うより走る馬車の方向を俺が制御してる感じ、スクーターに乗ってる感じが近いな、自分で走ってるけど。


荷台には振動も衝撃も伝わって無いのも判る、酔わないはずなんだが護衛の2人は最初の街の神殿で交代した。

2人とも目が回ったって言ってたから、酔ったみたいなんだよな。

新しい護衛は2人とも犬獣人、酔い難いのかな犬獣人って。


_________________________



「 ん? 」


順調に走っていたら急に馬車の挙動が乱れた、細かな振動が引手まで伝わって来てまっすぐ走れない。

白く光ってたハズなのに、所々青い光が混じってる。


「 止まるぞ! 」


叫ぶと同時に街道を外れていったん停車、この速度で横転したら大変だ、車軸と車輪を確認しないと。



「 グレイ様! 今の振動は何なのでしょう? 」


「 判らない。 車輪か車軸かそれとも両方か、これから調べるんで降りて周りを見張ってくれ 」


ドリーと護衛が荷台をおり、剣を抜いて各々の方向に散っていく。

俺は車輪を調べるがヒビも無いし何かを踏んだ形跡も無い、そもそも踏んで危ないようなものは見てないし、見てたら避けてる。

荷馬車の下をのぞき込み車軸を確認しても異常なし、綺麗なもんだ。

となると、何者かの妨害工作か?


「 チル! ドリー! 周りに異常は無いか! 」


「 グレイ様! こちらに異常は在りません! 」


ドリーの方は異状無しと。 あれ? チルはどうしたんだ?

周りを探すと、木の陰から俺を見ているチルを見つけた。


「 チル? どうしたんだ? 何か在ったのか? 」


「 ゴメンナサイ 」


「 ん? 」


「 マスタ~ごめんなさい~。 さっきのは私がやりました~ 」


チルが木の陰で泣きながら謝ってる、どういう事か判らないんで、とりあえずチルを呼んで馬車の側で座らせる。

チルは良い子だから俺が呼ぶと直ぐに来るんだよ、怒られると判っていてもな。

もっとも、あっちの世界のチルだけど。


「 それで、何をどうしたんだ? 」


チルの頭をワシワシしながら聞いてみる、イタズラだったら叱らないとだけど。


「 マスターだけ大変そうだったんで、私も馬車に機力を込めてみたんです。 そしたら急に馬車揺れ始めて・・・・・・ 」



チルは俺だけが働いてる(走ってるか?)のを見て、手助けしたいと思ったらしい。

それで馬車に機力を込めてみた、俺が楽になると思って。

結果は逆に出たけどこれは叱るケースじゃない。


「 そうだったのか。 ありがとなチル。 」


「 怒って無いんですか? 」


「 手を貸してくれたんだから、俺が怒るわけないだろ? ちょっと危なかったから、今度からはやる前に確認してくれよ? 」


「 マスタ~ 」


チルが勢いよく抱き着いて来たんで、抱き留めて頭を撫でてやる。

いつでも俺の事を気にしてくれるいい子なんだよ、チルは。

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