第26話::走行試験


「 マスターおはようございます! 」


今朝はちょっと早めにチルが部屋に飛び込んでくる、外がやっと薄明るくなるくらいの時間だ。


「 おはようチル 」


頭をワシワシして朝の挨拶、昔から毎朝変わらない日課だ。


チルは俺がこっちに来たことが判るみたいで、こっちに居るときは毎朝迎えに来る、俺が起床したのも判るんだと。

どんな感じで判るのか聞いてみたんだが、何となく判ると言うなんともフワッとした返事だった。

んでも、むしろそれが不思議なキズナって感じがして、嬉しかったりするんだが。


あっちの世界でも、体調を悪くして寝込んだ時はずっと側に居てくれるから、俺の体調の変化は判るみたいだしな。

チルの判断基準が視覚なのか嗅覚なのか、それとも俺の行動パターンの変化なのかは判らない、味覚だったらチョットとあれだけど。


「 チル。 頼んどいた準備はどんな感じ? 」


「 支払いは済ませたんですけど、魔法屋のおばあちゃんが小銃と銃の代金込みで、金貨1000枚しか受け取ってくれませんでした 」


「 判った。 俺もそのうち挨拶に行くよ 」


本来なら俺が払いに行くべきなんだが、1回戻るとこっちの時間で約7日間過ぎちゃうんだよな。

手元に金貨が在るのに、一週間も支払いに行かないなんて選択肢は俺には無い、借金は直ぐに返さないと。


「 荷馬車の準備は終わってます。 何時でも出られます! 」


「 あんがとチル! 」


また頭をワシワシしておく。

こっちに来たばかりの頃は何でも俺がやってたんだが、今はある程度の事は任せるようにしている。

チルもこっちじゃ大人だし、1人で(コイネと2人だが)ダンジョンも行ってるし、キッチリ生活してたんだし。

俺の中じゃチルは犬のままなんだが、今回の試験走行の準備を任せてみた。


「 マスター行きましょう! 」


「 朝ご飯食べてからな 」


「 !! 」  そんなに驚くことか。


「 忘れてました、朝ご飯です! マスター先に朝ご飯です! 」


「 あいよ 」


その日のチルの朝ご飯タイムは史上最短を記録した、もっと味わって食べて欲しいんだが。




チルと一緒にコイネが宿泊してる宿まで歩く、今日は神殿の馬車は無し、俺はこの後荷馬車を引くんで準備運動を兼ねて歩くことにした。


「 おはようコイネ。 準備は出来てるか? 」


「 おはようにゃ! 準備出来てるにゃ! 」


「 よっしゃ。 んじゃ行くぞ 」


「 にゃ! 」  了解って意味だよな?



_________________________



「 お早うございます、グレイ様、チル様、コイネさん。 準備は終わっていますよ 」


「 ありがとうございます、ギルバートさん 」


今回はチルに全部任せたから交渉もチルにやってもらう、最終確認は俺が責任もってやるけどな。


「 では、こちらへどうぞ 」



今日は俺が引く荷馬車で長距離走行試験を実施する、最終目的は馬車で片道2週間掛かるチルの故郷だ。

魔物も盗賊も居る世界だからぶっつけ本番は厳しい、どんな不具合が起きても対処できるように、最初は短めの距離で試験を実施する事にした。


首都から馬車で3日の所に在る港町トープに向かう、王都-港町を繋ぐ主要ルートなんで、途中の街も大きいし馬車で1日おきの距離に在る。

街道の安全はそれなりに確保されてるし、何か在っても途中の街に逃げ込みやすいから、試験としての環境は充分だ。



機車の移動速度を1日80kmとして、総工程240kmと見てるが、何せ正確な地図が無い世界だ。

ざっくり計算してやってみるしかない、そのための試験なんだから失敗も在りだ。


首都    - 1つ目の街 : 移動2時間 30分休憩

最初の街  - 2つ目の街 : 移動2時間 1時間休憩

2つ目の街 - トープ   : 移動3時間


トープまでの最後の区間は山道だと聞いてる、機車が余裕ですれ違える車幅が有るって事だけど、流石に山登りには時間が掛かるだろうから3時間を予定。

あくまでも予定だから、俺の機力か体力が早く無くなったら途中の街で一泊する。

合計8時間30分掛かるんで、最悪の場合は日暮れに到着する可能性も在る、だから今日は早めに出発だ。


「 こちらがご注文の荷馬車になります 」


今回は長旅? なんで2t積める馬車をチョイスした、幌も付けられるが空気抵抗が気になるんで今は外してある。


「 注文通りだな 」


「 本当に荷馬車で良かったのでしょうか? 」


「 ああ、問題無い 」


振動や慣性は俺の機力でカバーするんで、サスペンションやダンパーが無い馬車を手配した。

俺の機力を使った方が性能的には上なんで、余分な機構を付けても機力を余分に消費するだけだ。


「 積荷もご注文通りに。 もう積み込んで在りますのでご確認ください 」


「 あいよ 」


荷馬車の荷台に乗って積荷を確認する。


水   : 中樽で4つ (240kg)

芋   : 箱2つ (60kg)

乾燥肉 : 箱1つ (30kg)

野菜  : 箱1つ (30kg)

調味料と調理器具等 : 箱2つ (30kg)


1日で走破する予定だが、あくまでもチルの故郷への長距離走行を前提とした試験だから、それなりの荷物を準備した。

2日の野営にも耐えられる量を目安に積んである、水を4つに分けたのはリスク管理、大樽1個じゃ壊れたら終わりだ。



後の積荷は、ドリー神官長と、クマ獣人(金属製の大きな盾を持ってるな)、猫獣人(コイネと同じような皮鎧を着てる)の3人。


おい!


「 で、ドリーさん何故ここに居るんですか? 」


3人は予定にはない乗客だ、全く予定に無い。


「 トープに行くとお聞きしましたんで 」


「 で? 」


「 マスターとエージェントを守るのは、神殿と神官の義務ですから☆ 」


テヘペロしてるドリーさんのお尻を叩いておく、パシーンと良い音がした、犬を叱るとき俺は頭を叩かない。


「 痛ぁい! 何するんですか~ 」


「 それはこっちのセリフだ! どれだけ荷物を積んだら、どれだけ機力を消費するかの試験なのに、勝手に乗り込んで。 これじゃ試験にならないだろ。 護衛なら馬に乗って着いて来い 」


「 それじゃあ、追いつけないじゃないですか~ 」


叩いた所をさすりながら、ドリーさんが(もうドリーで良いか)が涙目で答えたけど。


「 それを何とかするのが護衛の仕事じゃないのか? 」


声を張り上げて怒鳴りつけるのは俺のやり方じゃあない、あくまでも自分で気が付いて直してもらわないと、いつまでも同じことを繰り返すからな。

残りの2人は固まってる、俺は裏でコソコソ動き回られるのは気に入らない、ドリーと一緒に覚えておいてもらう、まぁ主犯はドリーだろうけど。


「 ゴメンナサイ 」


「 ん~? 」


「 ・・・・・・すみませんでした。 護衛がしたいんで、乗せて下さい 」


「 問題無い、よろしく頼むよ。 2人もな 」


驚いてるドリーの頭をワシワシしておく、ちゃんと出来たら褒めないとな。


「 ドリーも頑張ったな。 ちゃんと言えたじゃないか、偉かったぞ 」


さらにワシワシする、ドリーの尻尾がフリフリして来たんでもう大丈夫だろう。


「 前もってシッカリ話す事が重要だ。 今度勝手に乗り込んだら、放り出すからな? 」


「 はい、判りました 」



さてそうするとだ、2tの馬車に390kg載せて走るつもりが、


ドリー : 65kg

アビ  : 150kg

ニコ  : 75kg


290kgも重くなっちまった、全部で680kgだ。

さてどうするか、本番ではチルのお母さんへのお土産で200kgは予定してる、200kgの内100kgはワイバーンロードの肉だ、お土産用としてキープしてた。


私はそんなに重くありません!、ってドリーが言ってるけど装備込の重さだ、体重じゃない。

本番に近い重量になったとも言えるんだが、最初の試験だし水2樽120kg分軽くしてもいいか。

どうしよう。


_________________________



「 グレイ様、例の魔石の事で少々お話が 」


考えてるとギルバートが話し掛けてきた、例の魔石(機石の事だな)に何か在ったのか。


「 で、話って? 」


「 例の魔石を使って、色々実験してみたんですよ。 ちょっと水車で試したんですが、例の魔石を組み込んだ水車は1日中動いたんです! 」


「 水車が動くのは当たり前だろ? 」


「 そうでしたな。 今までも水車は動きました、それは誰かが機力を込め続けてる間だけだったんです。 例の魔石をセットした水車は、無人で動き続けたんです! 」


「 試験としては成功か 」


「 大成功ですよ! これで大規模に開拓しても水で困ることは無くなります、例の魔石が大量にあれば、ですがね 」


確保できた機石は・・・・・・10個だったか。


「 あの店以外で手に入れられたのか? 」


「 ええ、手元に24個確保しました。 最初の店では、3日に1個の割合で手に入ります 」


「 エリザばあちゃんが使ってる機織り機は、だろ? 」


「 その通りです。 他の織機からは1週間から10日で1個ですね 」


大規模に使い始めるには量が少ない、何処かで大量にしかも定期的に手に入れないと。



「 それで、俺にも探してほしいって事か 」


「 商業ギルドの支部は、どの町にもあります。 グレイ様は探して頂けるだけで結構です、交渉は商業ギルドの支部で担当致しますので 」


「 了解した。 乗りかかった船だしな、最後まで付き合うよ 」


「 そう言って頂けると思っていました。 それではもう一つ情報を・・・・・・マスタースッチー様が機工回路の製造に成功しました 」


「 機工回路? 初めて聞くんだが 」


「 例の魔石から、機力を取り出すことが出来る魔法陣みたいな物ですよ。 機力を炎にすることが出来ました 」


「 そりゃすごいじゃないか! 」


「 まだ試作段階ですがね、魔石と比べて効率がはるかに良いんで、みな驚いてます 」


あくまでも現段階での推測だが、と前置きしてギルバートから聞いたのは、魔力で自然現象を起こすには変換が必要だが、機石なら変換が不要なのではないか。

変換時のロスが少ない、もしくはロスが無いから効率が良いのではないか、とのことだった。


これは、面白くなりそうだ。

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