第5話:冒険者はちょっと


訓練場には、クマが待ち構えていた。

”準備は出来てます” って受付嬢が言ってたのは、あのクマの事だろう。


訓練場は室外にあるんで、臭いから解放されたのは嬉しい。

臭いが服に染みこんでるから、後で良く洗っておかないとな。


それでだ、


「 クマ獣人も居るんだな 」


「 マスター。 あれはギルドマスターで、ちゃんとした人族ですよ 」


「 人なのか。 それはそうと、あれはって言っちゃ不味いだろ、人族だし 」


「 そうでした。 あいつは、ですね 」


「 う~ん。 まぁ、それで良いか 」


チルの教育は少しずつ進めていこう、俺は基本的にチルに甘い。


「 そろそろ、始めようか! 」


両手剣を持つクマ獣人が吠えた、聞こえてたかな。


「 異世界だとクマも喋るんだ 」


「 ・・・・・・早速始めるぞ。 さっさと準備しろ 」 


この距離で聞こえるんだな、耳は良さそうだ。


「 判りました! 」


訓練用の武器を取りに、訓練場の端に走るチル。

小さめの盾と片手剣を持ち、中央で待つギルドマスターと向き合う。


「 お待たせしました。 お願いします! 」


「 かかって来い! 」




嬉しそうなチル、始めてみる訓練、少しウキウキしているのが自分でも判る。


「 ガイソウは、元Aランクの冒険者だったんですよ 」


「 そうなんですか 」


”誰が” が抜けてる! 

新入社員教育からやり直した方がいいなこの受付嬢。

チルと模擬戦してる、ギルドマスターの名前だろうと予測は付くけどな。


それと、香水がキツイから離れて欲しい。


元Aランクって言ってるけど、どんな価値が在るのか判らん。

俺は強いって事が重要だとは思っていない、世紀末なら話は別だが。


「 で、どうですかね。 チルは 」


元Aランクより重要なのはチル、契約の悪影響が出ていなけりゃ良いんだが。

クマの攻撃を避け、盾で弾き、時には受け止め。

なかなか良い感じに見える、見えるのだが、良く判らなかったりする。



「 ・・・・・・かなり強くなってますね 」



「 ”かなり” ですか 」


「 ええ。 獣人は人族に比べて、力が強くて素早いんです。 それに、上手さが加わった感じですね。 今でも、Aランク相当の力が在るんじゃないかと 」


「 ほ~ 」



こっちでの暮らしにもお金は必要だ。

何かで稼がなくちゃいけないで、冒険者も選択肢に入ってた。


入ってたんだが・・・・・・無しだな。


練習だけでケガして痛そうだし、ギルドの中は気分が悪くなるほど臭いし。

もともと起きてる時は働いるんだ、寝てからも命がけで冒険なんてやりたくない。

寝てる間だけヒーローになれるならやってみたい。


_______________________



15分程で手合せは終了、戻ってきたチルは満足そうだ。


「 マスター! 思った通りに身体が動きます!  凄いです! 」


よほど嬉しかったのか、尻尾をブンブン振っている。

知力と器用さがあがったから、武器も身体も思った通りに動かせるのか。


「 ヨシヨシ、凄いぞチル 」


何が凄いのかは知らないが、チルが喜んでいるのが嬉しい。


「 ワシがこのギルドのマスター、ガイソウだ。 これからも、頼むぞ 」


「 初めまして、グレイと申します。 それで、何を頼まれてるのか判らないんですが? 」


「 そりゃお前、何と言っても・・・・・・ 」


チルに睨まれて、黙り込むガイソウ。




「 あ~。 どうだ、お前さんもやってみるか? 」


「 遠慮しておきます。 私は剣を持った事が無いですから 」


「 そう言わずに。 やってみりゃ、面白いぞ! 」


やりません、そう言わずに---しばらく続くやり取り、不毛だ。

初めての異世界で、初めてチルと話が出来て、浮かれてたんだがすっかり冷めた。


価値観は人それぞれだから否定はしないが、無理に勧められてもな。

登山と同じだろ、やりたい人はやれば良い。 俺はやらない。



「 相手を傷つけるから、面白いとは思えないんですよね~ 」


「 何を言ってる? 魔物にやられたらお終いなんだぞ! 本気で練習しなくてどうする! 」


「 いや~。 私には魔物の相手は無理ですね~、今のを見てそう思いました 」


俺は血を見たくない、たとえ練習でも相手を傷つけたくない。

自分が傷つくのはもっとお断り、平和ボケと言われても仕方が無いのだが、

剣が腕に食い込む瞬間を想像したら、鳥肌が立ってきた。



「 お邪魔しました。 俺は冒険者にはむかないみたいですから、帰りますね。 そうそう、チルの事も無理に誘わないで下さいね? 」


チルには危ないことはさせない。


「 え? いや、無理にどうこうするってわけじゃ無くてな。 ほら。 何て言うか・・・・・・ 」


いつの間にか集まって来ていた、冒険者やギルドの職員。

全員から冷たい視線を受けて、国と神殿、両者から出ていた通達を思い出す。


『 マスターとエージェントには自由を保障すること。 強制や無理強いは厳罰を覚悟せよ 』


国中に、特に王都には念入りに通達が出されていた。

冒険者ギルドでも、自分の名前で冒険者に通達を出していた。

剣を振るのが楽しくて、身体を動かすのが楽しくて、通達を忘れた。


( 無理に誘ったことが神殿にバレたら不味い )

その場で立ちつくし、帰って行くマスターとチルを見送るしか出来ないガイソウだった。



チルは冒険者を辞めるつもりは無かった。

マスターに工房で働いて貰い、その手伝いをする。 たまには素材を採りに、2人でお散歩。

それが、これからの楽しい未来のハズだった。


マスターは ”冒険者にむかない”と言っていた。

ひょっとして、2度とギルドに来てくれないかもしれない。

マスターとお散歩が出来なくなる。

チルにとっては大問題だった、犬だから。 


_________________________



「 チル。 そろそろ、神殿に帰ろう 」


「 ・・・・・・はい 」


チルがションボリしてるけど、仕方が無い。

別の世界に来てまで、嫌な仕事を押し付けられたくは無い。

ここでは、やりたい事だけをやると決めた。 つい、さっき。


んでも、チルの尻尾は見事な低空飛行。 何とかしないと。

こう言う時はオモチャが良いのだが---武器屋は無しだ。

冒険者を連想して、むしろ落ち込みそうだからな。



と言う事で。


「 チル。 そこの魔法屋へ寄ってこう 」


「 魔法屋ですか? マスターは魔法を使えるんですか? 」


「 それを確認したいんだよ。 ほら、入るぞ 」



魔法屋の扉くぐると、中は薄暗く、少々けむい。 独特な薬草っぽい臭いもしてるし、雰囲気はバッチリ。

奥のカウンターには、ばあちゃんが座ってる。 完璧だ。

異世界はこうでないと。


「 すまないね。 今、蚊除けを焚いてるんで、ちょっとけむいよ 」


ここもハズレか。

どうなんだ、パラレルワールド。 これで良いのか、パラレルワールド。



それでも成果はあった。

もう少しレベルが上がれば、2人とも生活魔法は使えるだろうと。

チルの尻尾も急上昇。


「 ちょっと待ちな。 あんたらこの店初めてだね? 」


「 初めてですね 」


「 だったら、ちょっと待ってな 」


また、厄介ごとじゃないだろうな。 まぁ、店内見てるだけで楽しいから良いけど。

魔法はロマンだな。

チルも、魔法が使えると判ってご機嫌だ。 獣人族は、魔法を使うのが上手くないらしい。



「 待たせたね。 あんた、これが何か判るかい? 」


カウンターに置かれたくたびれた箱。 何これって箱じゃん。


「 開けてみな 」


まぁ、開けるけど。 変な物は入って無いよな。

フタをスライドして中を覗く。


「 拳銃? 」


何でこんな物が在るんだ?

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