第4話:お散歩開始


チルが回復した、グルグルは無くなったらしい。

以前より顔が引き締まって見えるのは、たぶん気のせいだろう。


「 情報の整理が終わりました。 ご心配をお掛けしましたがもう大丈夫です。 これからよろしくお願いします、マスター! 」


「 ・・・・・・よろしくな 」


「 はい! 」


「 ・・・・・・ 」


「 マスター、どうされました? エージェント契約の悪影響が出ましたか? 急に力が増えたんで、肉離れになるケースが在るみたいですけど? 」


「 ・・・・・・ 」


「 マスター? 」


「 お前は誰だ 」


「 チルです! 」  知ってるけど!


こちらの方があちらのチルに近い。 近いのだが変わり過ぎだろ。

以前より顔が引き締まって見えるのは、きっと気のせいだろう。


「 それで、今後の活動方針なのですが。 マスターのステータスと安全性を考慮すると、工房で働くのが、もっとも適切だと考えます 」


「 ・・・・・・そうなのか? 」


「 はい。 マスターのステータスを無視した職業だと、ストレスの増大が懸念されます。 それに、安全性を軽視するのは問題外です 」


「 チル、もう少し軽くなれないのか? 」


「 軽くですか? 急なダイエットは、ちょっと 」


チルはやっぱりチルだった。


チルは時々、盛大な勘違いをする。

病院へ行くのを、お出かけと間違って喜んだり。


やっぱり、チルはチルだった。


_________________________



こちら時間ではまだ昼前。


する事が無いんで、2人で街を散策する事にした。


服は神殿が用意してくれたものに着替え済み。

ほとんどのペアが街へ行くらしく、神殿の車寄せは馬車だらけで渋滞してる。


神殿が用意した馬車に乗る時、見送りに来たラブの神官が木札をくれた。

どうやら、王都内での飲食が無料になる魔法の木札らしい。

実際に魔法が掛けられている訳では無く、後から神殿に請求するシステムなんだと。

ちょっと残念な気分になったのは、何故だろう。



神殿は王都の最重要区に位置しており、周りには王城や高位貴族の館が建ち並んでいる。


馬車が足りないようで、エリザベートとモモ・・と乗り合わせて街中へ向かう。

ばあちゃんは名前をエリザベートにしたんだと。

本当はエリザベスにしたかったらしいんだが、エリザベスって言うエージェントがいるからな。


食堂の前で馬車を降り、お昼をご一緒する。

エリザベートとモモは、服飾系の工房を見て回るんだと。


俺はチルに連れられて、出店を見て回る。

貴族街は綺麗だったんだが、市民街に入っても路上にゴミは無い。

街路灯はあるし、行き交う人々には活気がある。

人や獣人、エルフもドワーフも普通に歩いてる、異世界だね~。


「 賑やかだな 」


「 はい。 ダナン王国は、大陸で1番豊かな国です 」


工房系の出店を中心に、のんびり見て歩く。 


「 それにしても、馬車と自転車がすれ違ってるのは違和感が在るな 」


「 そうなんですか? 」


自転車は4輪のタイプで、必ずビラビラが多い派手な服を着て乗ってる。

それとだ。


「 みんな、挨拶してくるのは何故なんだ? 」


何となく会釈をしながら歩いてるんだが、そろそろ首と腰が痛くなりそうだ。


「 今日はゲートの日だと、王都中に通達されています。 ゲートの日は、あちらの世界からマスターがお見えになる日ですから 」


「 通達が出てるのか 」


「 はい。 マスターの持つ機力は、こちらでは在り得ないほど大きな力です。 その力で王国に繁栄をもたらしてくれる存在だと考えられています 」


「 繁栄ね~ 」


「 それに、エージェント契約を結べるのは、1000万人に1人と言われています。 神に祝福された、素晴らしい事だとみんな思ってるんです 」


「 神様に祝福を受けてるから、優しくしてくれると言う訳か 」


ダナン王国は、人族と獣人族を中心に多種族が仲良く暮らす国らしい。

ケンカはするが、ケンカするほど仲が良いと言うやつで、種族差別は全く無いそうだ。

そして、全ての国民が神を信じていると。

目の前で神の奇跡を見ているのだから、当然と言えば当然なのか。


エージェント契約は、信頼を積み重ねて自力で獲得した祝福。

羨ましいと思う者はいても、ねたむ者はいないらしい。


ゲートの日に、エージェント契約の証 蒼い宝石を額に付けた獣人と歩く、神殿の服を着た人族。

祝福を受けた事は、誰から見ても判るんだろう。

アイドル扱いされないだけ良かったのか、サインの練習なんかしてないし。



出店の端まで歩き終わり十字路にたどり着く。

右に行けば服飾通り、左に行けば冒険者通りに行けるんだと。


「 マスター、どっちに行きましょうか? 」


「 服より冒険だろ 」


答えは、初めから決まっていた。

通りの向こうにある、オーク肉の串焼きが食べたいからとは言わない。


後にこの偶然も神の祝福と言われるのだが、今の2人には串焼きが全てだった。

従って真の功労者は神では無く、串焼き屋の名も無きおばさんだったりする。


_________________________



「 ここが冒険者ギルド、ダナン王国本部です 」


冒険者向けの店や、見慣れぬ素材を扱う店を冷やかしつつ、ギルド本部前に辿り着く。

王都にある本部だけあって立派な建物だ。

異世界と言えば冒険者、冒険者と言えばギルドだ。


「 マスター、ちょっとだけ中を覗いてみませんか? 」


「 そうだな、ここまで来たんだし覗いてみるか 」



ギルド入り口のスイングドアについて、チロが嬉しそうに説明してくれる。

冒険帰りで機力がゼロだったんでドアノブを回せず、中に入れなかった冒険者が居たと。 

それ以来、機力が最小でも入れるスイングドアに変更されたらしい。


俺はそんなものかと聞き流しているんだが、嫌な予感がしてるから。

嫌な予感がすると言うより、だんだん強くなっていく嫌な臭い。


ギルドに入ると一気に悪臭が押し寄せる。 目に染みる酷い臭い。

腐敗した様な臭いと、汗と体臭が混じり合ってる。

それにアルコールの臭いがプラスされてるな。


人間でこれだけ臭かったら、犬獣人のチルは大丈夫なんだろうか。

心配になって隣を見ると、チルは平然としている。

何ですか? って顔してるけど、気にならないのかこの臭い。


ギルドに併設されてる酒場には、あちこちにシミが付いた服を着た冒険者。

シミは魔物の血か体液と推測。


風呂に入って着替えろって大声で言いたい。

この臭いの中で飲み食い出来るのは、もはや才能だ。

ちょっと気持ち悪くなってきた、帰りたい。


あと、職場で酒を飲むな。


床にもシミが付いてるし、ゴミも散らかり放題。

あ! そこのお前、今ツバ吐いたな。


酷いな冒険者。

魔物相手に戦うから、多少は粗暴になるのは判るんだが。



「 ようこそ、冒険者ギルドへ 」


そこそこ人は居るのだが、誰も受付に並んでいない。

それを見て、何となく嫌な予感が強くなったんだが。


「 ちゃんと、エージェント契約出来たみたいね。 おめでとう、チル 」


「 ありがとうございます、リリスさん 」



「 チルの知り合いか? 」


「 はい。 いつもお世話になっている、ギルドの受付の方です 」


「 って事は、チルは冒険者なのか 」


「 ええ、彼女はDランクの冒険者です 」


チルとの会話に割り込む受付嬢。


カウンターから出てきたのは、きっと理由が在るんだろう。

それは良いけど香水の香りが強すぎる、部屋の悪臭に負けない様に多目に付けてるんだろうけど。

部屋の臭いときつい香水が混じり合って、臭さが当社比3倍。


香水アレルギーを理由にして、帰る事にしよう。

アレルギーが出ることがあるんだから、香水って危険物扱いでいいと思う。

脚が外に向かって動いていたのは防衛本能だな、凄いぞ俺。


「 ねえチル。 急いでないなら、祝福の力を試していかない? 」


「 え~っと 」



こちらを、じ~~~っと見るチロ。


犬のチロは、目を覚まして欲しい時は目を、おやつが欲しい時は口を舐める。

じ~~~っと見てくる時は、その背中の方に何かが在る。

開けて欲しいドアとか、拾って欲しいおもちゃとか。



この場合、あのドアの向こうに何かが在るんだろう。


「 あのドアの向こうには、何が在るんだ? 」


「 冒険者のための、訓練場があります 」 試したいのか。



「 ・・・・・・ちょっとだけ見てみようか 」


「 良いんですか?! 」


「 少しならね 」 本当に少しなら我慢出来る。


「 ありがとうございます! 」



パタパタ振られているチロの尻尾を見て、正解だったなと確信。

チロが嬉しいと、俺も嬉しい。


で、この臭い何とかならない?

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