第34話 終章 ミーナの休日

あの「世直し」の日から、もう三ケ月が経った。


第一王子ハインリヒは正式に王太子となり、来年の竜誕祭に合わせて現国王の後を継ぎ、国王ハインリヒ二世となることがすでに決まっている。現在の国王エーベルハルトはずいぶんと譲位を渋った模様だが、副宰相となった王女ヴィルヘルミーナの脅迫・・もとい説得に屈したのだという。


コンスタンツ公爵令嬢リーゼロッテは正式にハインリヒと婚約し、未来の王妃となることが確定している。相変わらず「ヴィルヘルミーナ王女殿下のご機嫌伺い」と称して西離宮にしばしばやってきては、なぜかそのまま泊まっていく。ミーナがハインツに「デキないように、いたしなさいよ!」と、厳命しているとかしていないとか。


行政機構の上層部はかつて旧宰相派で固められていたが、「五俊英」が・・いや今はミーナが抜けたから「四俊英」なのだが・・組織した人材を要所に配し、なんとか混乱を回避しつつ新体制に移行しつつある。


かつてのハインリヒ・・ミーナは、自分が女であったことをびくびくしながら「俊英」達に告白したが、彼らのレスポンスは実に薄味だった。いまや軍務省次官たるロベルトにその理由を聞くと、「ああ、俺達の間では、暗黙の了解だったからなあ。バレてないとでも思ってたのか?」と返され、またまたミーナが耳まで紅くなった姿が見られたというのは、蛇足である。


王都から逐電した元宰相フライブルク侯は自領に逃げ帰ると、周辺の貴族領や地方軍団を語らって挙兵に及んだ。しかし王都を押さえる第一軍団・第二軍団がいち早く王太子に忠誠を表明した状況を見た主な地方勢力はまったく追随せず、反乱を大規模なものとすることはできなかった。


反乱軍主力はカールスシュタット将軍の率いる国軍第二軍団に撃破され潰滅、首魁のフライブルク侯は勇者クリフォード自らが捕らえたのだという。


人間同士の戦争に関わるのを嫌う勇者があえてこの討伐に従軍したのは、惚れた女に「早く片付けて来なさい!」と命ぜられたからだという与太話があるのだが、信憑性は定かでない。


そして・・


◇◇◇◇◇◇◇◇


王都郊外の小さな荘園に、クリフとニコラの姿があった。


結局クリフはその巨大な功績に見合う大きな領地や爵位を下賜されることは、なかった。その功への報酬は、この小さな荘園と年金支給のみで代えられることになりそうである・・おそらく副宰相たるミーナの意志なのだが。


荘園の半分は疎林に覆われており、その外縁に下級貴族の別荘のように見える、瀟洒で趣味のいい館が佇んでいる。よく整備された庭には白く塗り上げたテーブルがしつらえられ、クリフとニコラが初秋の昼下がりをのんびりと過ごすべく、お茶の準備をしながら、誰かを待っている。


そして、若干息を切らしながら今日の待ち人が駆けつけてくる・・ミーナだ。その瞳色と合わせた碧色のドレスが、中性的な彼女の美貌とあいまって、あたかも森から妖精が現れたような錯覚を醸し出す。


「ごめんなさい! 今日は休日のはずだったんだけど・・ライン川で水害が起こったみたいでちょっと対応が・・」


「副宰相・・実質宰相様なんだもの、忙しいのは当然よ。そして、その貴重なお休みをゆっくり過ごしてもらうために、この館はあるのだから。気にしないでミーナ」


「う・・わがまま言ってごめんね、ニコラ・・」


ようやく、三人のお茶会が始まる。


ミーナは自らの手でいそいそと茶を淹れながら、王宮でのあれやこれやについて、澄んだアルトで止まることなく、笑いを交えて話し続ける。彼女は名目は副宰相ながら、実質新政権のトップなのだ・・「副」が取れる日も、そう遠くはないはず。いろいろなストレスを、こうして吐き出し、笑い飛ばすことで解消しているのだろう。クリフは時折相槌を打ち、笑うけれど、ミーナの方が十倍以上、しゃべっている。ニコラは反対側に座り、口を開かずただ頬杖をつき、二人の掛け合いを優しい眼で、ずっと眺めている。


そうか。この風景は、あの死にかけていた時に夢で見たそれと、同じだ・・ニコラは不意に気がついた。あのとき私は、こういう幸せな未来を視ていたのかな・・と。


「ねえミーナ、今日は泊まっていくわよね?」


「うん、もちろん! ・・だけど、え~と・・ニコラは・・まだ、なの?」


「・・うん・・ごめん」


かあっと頬を染めるニコラ。それを見て、何のことだかわからない顔をしているクリフ。


「なあんだ、がっかり。じゃあ、今日も来客用のベッドで一人寝しかないのかあ・・」


「あのさ、時々君達、わけわかんないこと言うんだけど、いったい何のことなの?」


「あれ? ニコラ、まだクリフには、『あのこと』言ってないの?」


「ごめんミーナ、私には無理・・」


しばらくの間、女性陣がゴニョゴニョ相談しているのを、ぼうっと待たされているクリフ。まあ、男の立場なんてのは、こんなものである。


「はいクリフ、お待たせしました。ニコラが恥ずかしくてとても言えないっていうから、私ミーナが説明するわね」


「うん・・よろしく頼むよ」


「私とニコラは二人とも、クリフが大好きで、お嫁さんになりたい・・と思っていたの。だけどクリフは王女ヴィルヘルミーナと・・中味はハインツだったけど・・婚約しちゃっていたから・・ニコラは自分の想いを、口に出せなかったの」


「・・そ、そうなのか・・」


「一方私は、クリフと結婚しちゃうと、『開祖の遺訓』の縛りで、国政には関われなくなるわけ。クリフは大好きだけど、今、国家への責任から手を引くわけにはいかないの」


「それは、当然だね・・」


「悩んでる私に、賢者ニコラがすばらしいアドバイスをくれたの。『結婚さえしなければいいでしょ。開祖の遺訓には、男に抱かれてはいけないとは書いてないし、子供を作ってはいけないとも書いてないわ』ってね」


「すっごい屁理屈だけど・・正しいかもね」


「なので私達は、お互いを尊重して、二人とも幸せになる方法はないかって、いろいろ考えたの。その結論はね・・まずクリフがニコラと結婚して幸せな家庭を作る。でも、私が時々訪れた時は、クリフと私を一緒に・・大人の男女っぽい意味でよ・・過ごさせてもらうの。そしていずれは子供も授けて欲しいって。クリフが、イヤじゃなければ・・なんだけど」


「え・・それ、ニコラもそうしたいって言ってるの?」


クリフはごくっとつばを飲み込みつつ、ニコラの方へ振り向き、彼女が紅くなりながらもおずおずとうなづくのを見て、さらに驚く。


「だから、今日みたいな晩にクリフと二人でイイことしたいな、とか思ってるわけね。だけど、さすがにニコラより先っていうわけにはいかないから、まずニコラがクリフと同じ寝室になってから私も・・ね? いいですか、勇者様?」


「え、あっ、いや・・あ、いやじゃないんだけど、その、何というか・・」


結局茹でダコのように真っ赤になった鈍感かつ純情なクリフは、まともに返事を返すことはできないのだった。



王国は、今日も平和である。




◆◆◆作者より◆◆◆

ここまで作者の趣味にお付き合いいただき、ありがとうございました。

よろしければ次回作もご覧ください

「追放聖女はもふもふ達と恋をする?」

https://kakuyomu.jp/works/1177354055387579212

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【完結】王女様は男の娘……だけど勇者様と婚約しちゃった?【非BL、ストレート恋愛】 街のぶーらんじぇりー @boulangerie

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ