第33話 二コラとクリフ・・そしてミーナ

◇◇ニコラ視点から始まります◇◇


のどかな風景・・これは、王都郊外・・なのかしら。


疎林の縁に瀟洒な館・・子爵家クラスの別荘みたいに見えるわね。庭には白いガーデンテーブルがしつらえられ、三人の男女がゆっくりと昼下がりのお茶を楽しんでいるみたい。手前の女性は黒髪で、背を向けているから、顔は分からない。向こうに座っている男性は明るい茶色の髪に茶色の瞳、優しげな表情・・間違えるはずもない、あれはクリフ。


そしてその隣で、ティーポットを持ちながら何やら二人に話しかけているのは・・金髪にエメラルドの瞳を持つ中性的で高貴な美少女・・ミーナよね。瞳の色と同じ碧色を基調とした普段着っぽいドレスに身を包んで・・ああこの子は、クリフの傍にいてくれることにしたんだな。


それにしても私、何でこんなところでクリフ達を眺めているんだろう。私・・たぶん死んじゃったのよね。紙防御の魔術師が、暗殺者の矢を背に受けて生きてるわけないもの。そうか、女神さまが私を天にお召しになる前に、大事な人のことを見せてくれているのかな。ミーナなら、クリフを幸せにしてくれそうだし、最後に見る景色としては、悪くないかな。本当は、私がその隣にいられたら、もっと良かったんだけど。


突然、なぜかクリフが立ち上がって、激しい口調で何か言っている。その内容は聞き取れない。ミーナがなだめるようなトーンで応じているけど、クリフはそれを聞いていないかのように益々激しく声を上げているの。何? 今の風景は女神が私に見せてくれる、クリフの幸せな姿では、ないのかしら?


クリフの声がさらに力を増して、私の眼に映る風景が揺れ動く。え? ここで終わりだったら・・心残りすぎて天国に行けないんだけど。戸惑う私の視界はやがてブラックアウトして・・だけどクリフの声だけは、まだ聞こえているのはなぜだろう?


◇◇◇◇◇◇◇◇


「ニコラ!! 起きろよニコラ!」


「あの、ニコラは病人なんだからゆすっちゃダメ・・」


「さっき、唇が動いたんだよ! なあニコラ!」


 制止するミーナを無視して、ひたすらニコラに呼びかけ、その肩を揺り動かすクリフ。


「・・ぅ・・」


「ホント、ほんとに動いたっ! あ・・ニコラ! ニコラぁ・・!」


わずかに漏れたため息のような小さな声に、ミーナも驚きつつ一緒に呼びかける。


「ニコラぁぁ!」


クリフの絶叫に近い呼びかけに、ニコラがうっすらとそのまぶたを開くが、まだ意識は朦朧としている。


「ニコラ、気が付いたか!」「ニコラぁ・・」


かぶせるように声を掛けるクリフとミーナだが、


「・・二人が仲良くしないと・・私が女神様のもとに行けないんだよ・・」


ニコラのとぼけた第一声に、首をかしげる二人なのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


数分の刻を経て、ニコラは賢者としての知性を取り戻した。


「私・・死ななかったんだ。今は・・何日後?」


「三日かな・・本当に・・よかった・・ありがとニコラ。ニコラが・・私を守ってくれたんだよ」


落ち着いているニコラとは反対に、ミーナはベッドに頭をのせて、涙と感情をぐずぐずあふれさせている。ニコラの左手がそっとその金髪に触れて、ゆっくりと撫でる。まるで仲の良い姉妹であるかのように。


「あの時は・・あれしか思いつかなかったから、ね。防壁の魔法を張る時間も、なかったし・・」


「だけどっ・・あんなことしたら、ニコラが死んじゃうよ・・」


「うん・・あんなにキレイに当たっちゃうとは、計算外だったわ」


「そういう問題じゃないわ。暗殺者の矢を身体で受けたらどうなるか、ニコラも知ってるはずでしょ?」


右肺にまで到達する深手であったが、怪我自体は王宮付きの治癒魔術師や聖職者なら治せるレベルのもの。真の問題は、その矢じりに塗られた猛毒だ。常人なら数分で死に至るが、魔術師たるニコラは高位の魔除けを常時身に着けていたため即死を免れた。そして聖職者の治癒を受け、さらにクリフが勇者の持つ「女神の加護」を分け与えることにより、三日も昏睡しながらも、辛うじて・・ギリギリの線で生き残ったのである。


「そうね・・死んじゃうかもなあ、とは思ったわ。でも、身体が勝手に動いちゃったっていうか・・ね。でも、あの時動かなかったら一生後悔したはず。だから・・これでよかったんだよ」


ニコラは少し寂しげな微笑を浮かべて、淡々と話す。それを見たクリフが頬に決意を浮かべ、ニコラに向き直って口を開いた。


「ごめん、ニコラ。俺の都合だけでどんどんトラブルに引きずり込んで、最後にはこんな危ない目に合わせてしまった。でも・・今回のことで、ニコラが俺にとってどれだけ大切な人なのか、よくわかったんだ。だから、その・・できれば・・」


ミーナが、モゴモゴし始めたクリフの脇腹に、ひじで一撃を入れる。男なら、はっきり言いなさいと。


「・・一緒に住んで欲しい。一緒に暮らして、ニコラを守らせて欲しいんだ」


つっかえつっかえしながらも、何とかしゃべり切ったクリフは、まさに少年のように頬を紅色に染めて、ニコラの反応を窺っている。


そのニコラは、濃紺の瞳を見開きながらたっぷり三十を数える間呆然として・・やがてクリフの言葉の意味するところを理解すると、頬どころか耳や首筋まで真っ赤に染めた。


「えっ? そ、そんなこと急に言われても・・だいたい私の気持ちは・・」


「ふふっ、ごめんなさい。ニコラの気持ちは、眠っている間にしっかりとクリフに伝えてしまったのよ」


ミーナが身を起こし、涙を手の甲で拭いて、いたずらっぽく笑う。


「ええ~っ?」


「だから逃げられないわよ。ニコラ、どうするの?」


「え、だって、そうなっちゃったら・・ミーナは?」


今や王女ヴィルヘルミーナに戻ったミーナは、クリフの正式な婚約者だ。ハインツの王位への道を拓いた後は、クリフと結婚する予定・・そして、当のミーナは、クリフに強く惹かれていたわけで・・ニコラの割り込む隙は、なかったはず。


ミーナは胸を張り、視線を真っ直ぐに起こして、決然とした口調で宣言する。


「新王となるべき王太子ハインリヒを補佐できる、心許せる有能な人材が・・今の王国には、いないのです。現閣僚であった者のうち、宰相の息のかかっていない者はわずか一名、宰相には当面その者を任ずるとしても、能力面ではとてもとても・・。私は、副宰相として弟の統治を輔け、王国を少しでもよき方向に導いてゆくことに決めました。併せて『開祖の遺訓』に従い、在任する間は結婚しないことも。よって、王女ヴィルヘルミーナは、勇者クリフォードとの婚約を、破棄します」


「あ、あの・・ミーナは、それで・・後悔しないの? クリフが・・好きなのに?」


「そう、私は・・クリフが大好き、傍にいたいと・・思ってる。でも・・ハインツを輔けたい気持ち、国のために働きたい気持ちも本当なの。だから・・ね・・」


さっきのきっぱりとした様子から一転、少し後ろめたそうに、でも何か言いたいことがあるという風情のミーナ。


「だから?」


「あの・・ね。ニコラには、いつかのガールズトークの夜に教えてもらった『黒い提案』を、私に許してもらえないかなと、お願いしたいのだけど・・」


「えええっ? それってあの・・あ、いや・・そういうことなら・・いいかな・・」


何やら想像しては、紅くなったり青くなったり挙動不審なニコラ。


「・・何のこと??」


意味の分かっていないクリフ一人、蚊帳の外であった。

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