第31話 本物の王子

「静まりなさい!」


ヴィルヘルミーナの声量は驚くべきものだが、トーンは抑制されており感情的な響きはない。百官達のざわめきは、潮が引くように収まっていった。


「私は勇者に降嫁する身、王位継承とは関係ない故、あえて黙っておりましたが・・弟ハインリヒの名誉がこれ以上傷つけられるのを放ってはおけません。それに、私が男子であるなどとの誹謗・・では宰相、私はどうやって、勇者に嫁ぐことができるのでしょうね?」


ヴィルヘルミーナの眼光が、鋭くフライブルク侯を射抜く。


「降嫁されるだけならば、男子でもできようというもの。『夜の生活』はまた別でしょうが、そんなものが必要ない形だけの夫婦は世間にごまんとおりますな。それに・・勇者殿には、衆道の趣向がおありとの評判も、伝わってきておりますれば・・」


侯の下品な反論に、腰巾着の高官達から含み笑いが漏れた。強い感情に、ヴィルヘルミーナの美しい眉が思わず寄る。


「そうですか・・ではどうすれば、私達が正しく王子と王女であることをあなた方は認めてくれるのでしょうね?」


「そうですな。そのような分厚い正装に包まれていては、男女の違いもわかりかねるというものでしょうなあ・・」


侯は、もはや本心を隠していない。ここでこの姉弟の社会的地位を、抹殺するのだ。


「よろしいわ、脱げと仰っているのね宰相は。ですが私は夫となる者が傍らに控える身、肌をさらすわけには参りません。となると・・ハインリヒ、お願いしますわね」


「承知しました、姉上」


ここまで侮辱にさらされながらも沈黙を守ってきたハインリヒ王子が、百官に向き直る。


「私が王女か・・では、皆の者、よく見ておくが良い」


ハインリヒは怒りによるものか羞恥によるものか、その白皙の頬にわずかの血色を上らせつつ、上衣を手荒く脱ぎ捨て、シャツのボタンを外してゆく。緊張につばを飲み込む百官たちの前にやがて現れたのは、逞しいとは言えないが均整がとれた上半身。その胸郭は父王に似て大きい骨格だが、女性を示すふくらみは、そこにはない。高官達は、沈黙した。


「各々方、これで納得されましたわね。さて・・私達第一王子と王女を、ここまで貶めた・・宰相フライブルク侯、いかが責任をおとりになられますの?」


ヴィルヘルミーナ・・「本物の」ヴィルヘルミーナが、鋭くフライブルク侯を断罪する。侯は顔面蒼白で、口をパクパクとさせながら、脂汗をこめかみから滴らせている。


「うむ・・もはや致し方なし。かねてより準備の通り、進めよ!」


蒼白から真っ赤に顔色を急変させ、侯が絶叫すると、武官の三割ほどが動いた。隠し持っていた短剣を取りだし、宰相派でない高官を脅し、拘束する。カールスシュタット将軍をはじめとする武官の一部は集まって抵抗するが、所詮丸腰。拘束を受けないのが精一杯で、反撃するには至らない。


そして、剣を携えた近衛兵が十数名、一気に乱入してくる。彼らの狙いは・・今やハインリヒ王子に戻ったハインツと、ヴィルヘルミーナ王女に戻ったミーナだ。ミーナは一瞬表情を険しくしたが、落ち着いている。だって・・ここには、あの人がいるのだから。必ず、私達を守ってくれると。


その人・・勇者クリフが迅速に動いた。人としての域を超えた速度で近衛の一人に体当たりしてその剣を奪うと、すかさず反転して二人を斬り捨てる。


体勢を立て直した近衛が数名、盾を並べて進んでくる。魔王も退ける勇者に対して、なんとも勇気ある・・しかし愚かな振る舞いだ。


「うん? 君達は、自分をオーガか何かと思っているのかな? まあ、オーガでも負けないけどさ」


クリフは皮肉な微笑みを浮かべてつぶやくと、真ん中の近衛が構える盾を正面から蹴る。蹴られた近衛は一蹴で三馬身ほども吹っ飛び、盾を並べた防壁は一瞬で崩れた。すかさずクリフが左右に剣をふるい、瞬く間に二体の死骸を生産する。


「うん、敵の数を減らすのはクリフに任せておけばいいわね」


ニコラはクリフの圧倒的優位を見て取ると、ミーナに視線を向ける。彼女がうなづくのを確認して、ニコラは短い詠唱の後、指先をしなやかに天窓に向け、気合の声を発する。そこから発した光球は天窓を突き抜け、王宮の上空に至り・・弾けてまばゆい光束を拡散させ、王都近郊全域の住民を驚かせることとなった。

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