第30話 後嗣決定

王宮の謁見室に、文武百官が全員居並んでいる。


宰相閣下ではなく国王陛下直々の招集で、国家の将来を決める・・王太子の指名の儀が催されるというのであるから、余程の重病でもない限り、欠席する高官はいない。


「エーベルハルト三世陛下のご入来!」 


相変わらず疲れた風情の国王がゆっくりと入室し、謁見室の前面、フロアより一段高くなった部分にしつらえられた玉座に、ゆっくりと身体を沈める。


その前には国王の三人の子・・王位継承権第一位の第一王子ハインリヒ、第二位の王女ヴィルヘルミーナ、第三位のアルフレート王子が控えている。ヴィルヘルミーナについては半年後に勇者クリフォードへ降嫁することが決定しているため後嗣に指名される可能性はなく、形式的な出席である。勇者クリフと賢者ニコラは百官ではないため、大きく引いて謁見室の左右の壁際に待機している。


「我が子らよ、今日はそなたらの中から後嗣を定めねばならぬ。王太子として選ぶのは一人となるが、選ばれざりし者にも、我が注ぐ心の重さは同じである。これまでと同じく助け合い、王国を支えてゆくように」


言うことだけは、実に立派である。だが居並ぶ百官はことごとく、国王のこれまでの優柔不断と押しの弱さ、そして甘言になびく体質を知り尽くしており、感動を呼ぶことはできなかった。


そして国王エーベルハルトは、幾重にか折りたたんだ重厚な上質の紙を取り出して、ゆっくりと披いてゆく。名前を告げるだけであるから紙など必要ないのだが、形式も必要、ということである。百官の最前列でそれを眺める宰相フライブルク侯は、思わずニヤリと左側だけ口角を上げる・・彼にとってこれは、出来レースなのだから。


やがて、国王が口調だけは重々しく、紙片を読み上げる。


「国王エーベルハルト・フォン・エッシェンバッハはここに、後嗣たるものを定め、王国あまねく知らしめる。王太子は・・第一王子ハインリヒとする」


多くの文官武官にとり、この決定は意外なものではなかった。もともと王位継承権一位、かつ軍務省官僚として俊英の名をほしいままにしている、頭脳明晰かつ外交の華にもなれる美貌の第一王子。この王子であれば、間違いなく現国王よりは、マシな治世を敷いてくれるはずだ。


しかし、フライブルク侯にとってはそうではなかった。彼は雷に打たれたように硬直し、暫くそのまま顔面の筋肉をひくひくと微動させていたが、やがて自分を取り戻し、大声で主君の意に異を唱えた。あの豚のような国王の思い付きに、私の長年にわたって積み上げてきたものが突き崩されるなど、許されることではないと。


「陛下、恐れながら申し上げます。後嗣の件、お考え直し頂けますよう」


「・・うむ・・うむ・・しかしな、もう決めたことじゃ」


「陛下・・お忘れでしょうか。ハインリヒ殿下には、第一王子たる資格がございませぬ」


フライブルク侯の爆弾発言に、百官がざわめき立つ。


「宰相閣下、どういうことでありましょう? ご無礼なのでは?」


「王子殿下に資格がない、とは・・子細をお聞かせ願いたい!」


口々に疑問を侯にぶつけて来る高官達。フライブルク侯はここで一気に主導権を奪い、アルフレートを王太子とすべく、満を持して秘密兵器を持ちだした。


「それは、そこに居られるハインリヒ王子が、女君であらせられるからですよ」


◇◇◇◇◇◇◇◇


フライブルク侯の告発に、謁見室はざわめきに満ちる。侯は続ける。


「皆さんがハインリヒ王子と見做している御方は、幼少の頃より男子として育てられた、ヴィルヘルミーナ殿下です。そしてそこにおられるヴィルヘルミーナ王女・・と見えるお方は、やはり幼少より女子として扱われてきた、本物のハインリヒ殿下なのですよ」


「そんな突飛な話があるわけがない! 宰相閣下、乱心されたか!」


「ほほう、乱心と。では各々方、本当に、思いあたる節はござらぬか?」


侯の表情に余裕が戻っている。


「そう・・いえば。王子殿下は魔王戦争で従軍なされたが、野営の際にも決して兵士と水浴びなどを一緒になさらなかった。文官達もみなやっていたのに・・」


武官の一人がつぶやく。侯がまた、左側だけ口角を上げる。


「なるほど、それを聞いて納得するところがある。王女殿下は夜会に出席されても、国王陛下とハインリヒ王子殿下以外の御方とは、ダンスをなされたことがない。不思議に思っていたが、あれは身体的な接触を避けるためであったのか・・?」


フライブルク侯の腰巾着と言われている伯爵家の何某も、疑問の声を上げる。侯は益々その下卑た笑みを強くする。百官たちのざわめきは益々大きくなり、王室に対する非難の声も混じり始める。


「陛下・・お聞きになられましたか。これが陛下をお支えする文武官達の声でございます。これでも・・ハインリヒ様の指名を強行なさるのですか?」


もはや、ハインリヒの名に王子だの殿下だのといった尊称も付けず、侯は言い放つ。


「むむ・・それは・・」


「この事態を収めることが出来るのは、アルフレート殿下しか居られませんぞ。どうか、王国安寧のため、賢明なご決断を・・」


「うむ・・それは・・うむ・・この状況を鑑みると致し方・・」


優柔不断の生きる見本のような国王が、また大きく揺らごうとした時、ヴィルヘルミーナ王女の、女性としては低い、澄んだアルトが謁見室に響いた。


「静まりなさい!」

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