第24話 魔王戦の記憶(2)

◇◇本話も引き続きニコラの追憶から始まります◇◇


テレーゼに癒され叱咤されたクリフが、その鋭気を取り戻して魔王に向き直る。


魔王は女神の光に身体を拘束されていたが、テレーゼの生命力が失われていくに従ってその束縛力は弱まり、半身は自由を取り戻している。クリフは身体強化の魔法で数倍となった膂力で愛剣グルヴェイグを振るい斬り付けるが、魔王の身体には闇属性の結界防御が施されているらしく、傷一つつかない。私は叫ぶ。


「クリフ、普通の攻撃ではだめよ、お願い時間を稼いで!」


私の身体にも、いつしか薄青いオーラがまとわりついていた。そして気が付けば、枯渇したはずの私の魔力はフルチャージ・・今ならやれる。クリフは私の言いたいことを正確に察して、私が長い長い詠唱・・この魔法は得意じゃないから・・を無防備に行う間、傷だらけになりながらも、ひたすら私の盾になってくれた。テレーゼを依代とした女神の光による束縛がほとんど消えかけた頃、ようやく私の長い・・腹が立つほど長い詠唱が完成した。


「・・・始原の静寂よ、来たれ! クリフ、あとはお願い!」


私が発動したのは、ありとあらゆる魔法を・・火魔法だろうと氷結魔法であろうと、そして闇属性の魔法であろうと・・完全に無力化する術だ。


当然私は、この瞬間から戦力外になる。どっちみちこの術は消耗が激しいから、魔力はすでにほぼからっぽだ。あとは、クリフが魔王と殴り合うだけだ・・そして必ず勝つわ・・私が好きになった男なのだから。


闇の結界が無効になった魔王の胴体をめがけ、勇者クリフが魔剣グルヴェイグを横薙ぎにするが、女神の束縛から抜け出た魔王が素早く飛びのいてかわし、その強剛な体躯から鋭い蹴りを放ってくる。


とっさに避けきれなかったクリフは吹っ飛ばされ、岩壁に身体を打ち付ける。それを見た私は思わず飛び出そうとしてしまうが、あわてて思いとどまる。今の私はクリフにとって、目的への動きを鈍らせる単なる足手まといに過ぎない。彼を信じるしか、ないのだ。


クリフが咳をすると、その口から少量の血が。肋骨は何本か折れて、肺も傷ついているのだろうが、あの程度で彼は死んだりしない。最初の攻撃は喰らってしまったが、それ以後のクリフはかわすことに集中し、魔王の隙を見極めている。それでいい、それでいいのだ。受け身一辺倒にように見えるが、彼はあえて攻撃をせず徐々に気を溜めているのだ。


そして、気が満ちた。


それまで激しく左右に飛び、逃げ回っていたクリフが足を止めて、深く息を吸い込む。愛剣グルヴェイグを、まるで騎士が突撃する時のように垂直に立て、そして一直線に魔王に向け突っ込んだ。


待ち構えていた魔王は、死の拳を側面から振るう・・拳がクリフの頭部を捕らえんとした刹那、ふっとクリフの姿が消え失せ、次の瞬間ほんの数十センチ前に現れた。勇者だけが持つ特殊スキル「量子転移」・・極端に気力を消費するため限りなく一発芸に近く、クリフも実戦で使うのは、おそらく初めてだ。


タッチの差で魔王の懐に飛び込んだクリフがグルヴェイグを一閃すると、先ほどは歯も立たなかった魔王の胴体が、まるでバターのように両断される。そしてクリフはむき出しになった魔王の本体・・腹部に存在する「核」に渾身の一撃を加えた。その「核」が粉々になると・・魔王の身体も、溶けるように消滅していった。ようやく・・長かった、私達「勇者パーティ」の任務は、ここに完遂されたのだ。


クリフは、ゆっくりと倒れ込んで、起き上がってこない。魔王の攻撃はいくつか当たっていたが、致命傷はもらっていないはずだ・・おそらく気力を使い切っただけだろう。大丈夫だ、あの生命力の塊のような男は、決して死にはしない。問題は・・。


テレーゼを包んでいた青い高貴な光が、今や完全に失われていた。傍らの岩にぐったりと寄りかかっているその姿に、残された時間が少ないことを感じて急いで駆け寄る。


「テレーゼっ、しっかりするのよ!」


「うん・・クリフは・・」


「あいつは決して死なないわ。魔王も倒した。一緒に王都に帰りましょう」


「・・良かった。ニコラ、お願い・・聞いてくれる?」


「お願いなら、王都に帰っていくらでも聞くわ。ね、しっかりして・・」


「・・こうなっちゃったら、もう助からないことは、わかってるでしょ・・生身の人間がその身に女神を降ろせば、全生命力を代償に差し出すしかない。でも私は、ちっとも後悔してないわ・・クリフが・・生きているなら・・」


すでに、声を出すことすら大儀になってしまったテレーゼ。その顔色は、石膏のように白い。


「あきらめちゃだめ、絶対死んじゃだめよ、テレーゼ・・」


だめだ、不覚にも涙があふれてきた。


「ごめん、ニコラ・・もう私、時間切れみたい・・ニコラ・・クリフをお願い、クリフを・・」


「だめ、だめ、逝っちゃだめ・・」


「クリフは、誰かが支えてあげなくちゃ、いけない人なの・・ニコラの気持ちは知ってる・・から・・ささえ・・て、あげ・・」


テレーゼの眼は閉じられ、二度と開くことはなかった。私はクリフの救護なんてのは放り出して、ひたすらテレーゼをかき抱いて涙を流し続けていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


西離宮の豪華な天蓋付きのベッドで、ニコラは悪夢から覚めた。


起き上がると背中がじっとりと汗で濡れており、その頬には涙が流れている。


「あの日の夢を見るのは、久しぶり・・だわね」


あの日・・ニコラの最も大切な親友が、逝ってしまった日だ。


テレーゼは、「勇者パーティ」を結成してから二年間、ずっとずっと一緒に過ごしてきた。ニコラより一つ年上だが、出会った時からニコラにああだこうだと優しく絡んできて、あっという間に無二の親友となった。ふわっと優しく大らかなテレーゼと、すっきり理知的な性格のニコラは、お互い自分にないものを持つ相手を貴重に思い、尊重し合い、そして高め合った。二年間同じところに住んで、同じものを食べて、同じ目的を共有していた・・だけど、好きな男まで同じになるとは。


理性が感性に勝ってしまうニコラがようやくクリフへの気持ちに気付いた頃には、最初から好意をダダ漏れにしていた素直なテレーゼに対し、クリフがべったべたに懐いて・・するべきことも全部すませた後。ニコラは、少し苦い思いを抱きながらも、親友の幸せを素直に願っていたのだった。しかしその親友は、勝手な・・とても勝手な遺言を残して、先に旅立ってしまった。


「クリフをお願いって言われたって、ね・・」


遠い眼をするニコラ。


「クリフは・・ミーナの騎士様になるのが一番お似合い。ミーナは高い理想を持っている、王国の民にとって絶対必要な子。そしてあの子はもう、クリフに強く惹かれている・・」


ニコラは深いため息をつき、もう一度ベッドに横たわり天蓋を見上げながらつぶやいた。


「だけど・・ミーナは何を目指しているのかしら? クリフの妻? それとも国政の要? あの子・・自分でもわかっていないんじゃないかしらね」


もう一度眼を閉じたニコラだが、朝まで眠りの妖精は訪れなかった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る