第23話 魔王戦の記憶(1)

◇◇本話はニコラの記憶です◇◇


無数の黒い蛇のような気塊が、音もなく魔王の両手から発せられ、それが前衛として戦う四人の戦士たちの身体を貫いた。


頼れる戦士エアハルトとフランツ、そして国軍から選りすぐった精鋭達の中で唯一、この魔王戦まで生き残った名も知らぬ騎士・・三人はその瞬間に生命の灯を消した。ただ一人、女神の加護を持つ勇者クリフだけが膝を地に付きながらも、辛うじて斃れてはいない。


迷宮に籠った無数の魔王の眷属どもをようやく討ち果たし、あとは魔王を討つのみ。国軍から派遣されてきた者達はほとんどその途中で息絶えたが、共に訓練を積んできた「勇者パーティ」五名は全員健在。計算通り十分に戦力を温存し万全の態勢で臨んだはず・・であったが、魔王のスキルは予想を超えて強力だった。魔王がその初撃を放った瞬間に前衛の機能はすべて失われ、残されたのは私・・魔術師ニコラと、聖職者テレーゼの二人のみ。


「クリフっ!」


私は叫びながらも、魔王がクリフに止めを刺すことを妨げるため、火球の魔法を連続で撃ち込んで自分に注目を集めようとした。こうやって時間を稼いでいる間に、テレーゼが治癒の法力を発揮し、クリフを治して戦線を立て直してくれるはず。私達はこういう時に備えて、あらゆる想定で連携訓練をしてきたのだから。


「駄目・・治癒の法力が効かないわっ!」


その時、テレーゼの悲痛な声が聞こえる。えっ、なぜ? 


テレーゼの操る治癒の法力はもちろん王国神殿でトップ・・そしておそらく、大陸でも随一のはず。闇魔法を一発や二発喰らったくらいなら、三つ数える間に治せるはずだが・・


「まさか・・暗黒魔法??」


まともな闇魔法なら、そもそも女神が勇者に授けた守りの加護にはじかれて、クリフに傷を負わせることなどできなかったはず。その加護を貫通した上で、テレーゼの法力をもってしても治癒不能な傷を負わせる魔法・・それは闇系統の上位魔法、あらゆる正のエネルギーを吸収すると言われる、伝説の暗黒魔法としか考えられない。そんなものは都市伝説で、存在しないのではないかとまで言われてきたが・・魔王も顕現してから六年経っている。その間に、持てる魔法を進化させ、伝説級の力を身に付けていたというのか。


「クリフっ! ねえクリフ!」


いっこうに効かない治癒をひたすら施しながら、地面に崩れ落ちんとする愛する男を呼ぶテレーゼ。その男の名前を呼びたいのは、私も同じだ。しかし私にできるのは、無防備な二人に魔王の目が向かないよう、滅茶苦茶な頻度で攻撃魔法を撃ちまくることだけ。


こんなことを続けていたら、遠からず魔力切れで戦えなくなることはわかっている、わかっているのだが・・苦楽を共にしたテレーゼと、そして愛しいあの男が失われることを考えたら、それをやらない選択肢は、私にはないのだ。


土属性の魔法で魔王の足元を掘り崩し、姿勢が崩れたところに氷魔法で形成させた巨大なつららを落とす。刺さった氷槍をめがけて雷撃の魔法を撃ちさらに動きを遅らせる。でも、ダメだ・・コンビネーションは完璧でも、わずかな時間を稼ぐのが精一杯で、ろくなダメージを与えることができていない。それは当たり前だろう・・私の魔法は本来無詠唱でこんなに乱発するものじゃなく、じっくり呪文の詠唱で魔力を練って、これぞというタイミングを測って必殺の一発を決めるためのものなんだから。ああ、やっぱり、魔力が枯渇してきた・・。


私の攻撃に勢いがなくなったことを感じ取った魔王は、最後の力で必死に放った火球の魔法を面倒くさそうに片手で払いのけると、ゆっくりとその手のひらをこっちに向け攻撃態勢をとった。ああ、ごめんテレーゼ、そしてクリフ・・さようなら、先に逝くわ・・。私はもう魔法障壁を張る気力も失って、ただ立ち尽くして死を待つだけだった。


その時突然、迷宮の中が気高く青い光に満ちた。私に向かって死の波動を送り込もうとしていた魔王も、思わず光の射す方を向く。青く光っているのは・・テレーゼの身体だった。


ああ、この神聖な光が意味しているものを、私は知っている。神殿の、ごく限られた高位聖職者のみが使えるという、生涯一回切りの秘術「降臨」のはずだ。女神に助力を請うたり、奇跡を願うのではない。女神そのものを自らの身体に降ろし、強大な神の力を人間の意志で使うのだ。


青く光るテレーゼが、もはや力尽き地面に横たわるクリフに触れる。その瞬間クリフも薄青いオーラに包まれ、そして何事もなかったかのようにすっくと立ち上がる・・魔王に負わされた深刻な傷の影響は全く感じられない。そしてクリフは自らの命を救ったテレーゼを見て・・絶望の表情を浮かべた。彼も降臨の秘術が持つ意味を、知っているのだ。


女神が降りている間は、まさに神に等しい力を振るうことが出来る。しかしそれは、人間の限りある、ちっぽけな生命力と引き換え・・「降臨」が生涯一回の秘術とされているのは、それを為したのちに生きていた聖職者が、存在しないからなのだ。


「テレーゼっ! きみは何てことを!」


クリフが絶叫する。


「もう・・これしか手段がないわ。あなた達が魔王を倒すのよ」


テレーゼは、その発する青い光の紐で魔王を絡めとり、動きを一時的に止めている。しかしそれも、彼女の生命力が続く間だけのこと。


「もう・・時間がないの。あなたとニコラは今や全力が出せる状態のはず。私の生命が尽きる前に、魔王を倒して!」


「だけど・・」


「生きるのよクリフ! そして幸せになるの! 行きなさい!」


それは、いつも穏やかで優しく、声を荒げたことなどないテレーゼが、初めてクリフに発した「命令」だった。クリフは雷に撃たれたように硬直し、そして口を開いた。


「・・テレーゼのいないところに俺の幸せはないよ。だけどきみが行けと言うなら、僕は戦う。見ていてくれ」


クリフの眼に、光が戻った。

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