第22話 ミーナの決意

「そういうわけで、『世直し』について、専門家としてのアドバイスをくれよ」


まだ、仲間になるとか言ってないんだけど・・ミーナが「こっち側」の人だと言うなら、俺に断る選択肢はないのだろうな、と胸の中でつぶやくクリフ。


「俺は冒険者であって職業軍人じゃないから、決してそういう行動の専門家じゃないぞ・・だけどいくつかの過去の事例から、政府転覆をやる際に大事になる事項は、学んでるつもりだ」


勉強嫌いのクリフだが、自分の身を守るための「勉強」ならする。その勉強の中に、過去の「世直し」事例も含む、戦史の研究も含まれていたということだ。


「前提として、国民や地方領主たちに、自分達の正統性を認めさせることが絶対に必要だ。旗印はハインリヒ第一王子なら、問題ないとして、大義名分は?」


「そこは、フライブルク侯の専横を訴えるしかないわね」


カロリーネが、つまらなそうな顔で発言する。


「まあ、『君側の奸を除く』ってのは古来からのパターンだからな。なるほど、それはいいとして・・。次は、決行まで侯爵側に気取られない体制はできてるのか? 一人裏切ったり捕らえられたりしたら、全員持っていかれるなんてこともあるからなあ」


「そういうことに関する策は、講じてある。組織のメンバーは自分の上下左右の四人しか他の要員を知らない仕組みだ。誰かが捕まっても、その前後のメンバーがすぐ逃げれば、そこで被害が止まるのさ」


ロベルトがここは得意げに鼻をうごめかす。組織工作についてはかなり自信があるようだ。


「さすがは俊英だなあ。俺が考えることなんか、とっくに考えてるよな。最後に肝要な点だけど、一旦コトを起こしたら迅速に政権の中枢を押さえて、その後の反撃や立て直しを許さないこと。これには、さすがにある程度の規模で軍隊を動かせることが必要になるけど、軍隊には手を回せているのか?」


「軍で意を通じているのは、若手士官十名にとどまるが・・」


そこだけは渋い顔でクラウスが答える。


「それだけじゃ、全然ダメだ。 国王の身柄を押さえてフライブルク侯を誅殺するくらいなら、動きのいい士官が少人数でも、何とかできるだろう。だけどその後、すぐ軍に命令して王都とその近郊を完全に押さえて治安を維持し、混乱に乗じて地方勢力が蜂起したりするのを防がなきゃならないんだぜ。それをやるには、連隊規模の人数が必要になるはずだよね」


「確かにそうだな・・」


「多少疑問のある任務であろうと、指揮官の命令一下兵士たちが一糸乱れず動く、そういう統率の取れた部隊を管掌している将軍クラスを、少なくとも一人は抱き込まないと無理だぜ」


「将軍か・・高級軍人の説得は俺達若手官僚には荷が重い。仲間の士官を動かすか・・しかし信頼できる将軍と言ってもな・・」


水面下の工作が得意なロベルトも、ここには悩んでいるようだ。軍の上層部にもフライブルク侯の人脈がかなり深く入り込んでおり、下手に動くとせっかく作ったネットワークが一気に瓦解するからだ。


その時、ガタっと大きく椅子を揺らす音がした。皆が振り向くと、そこにはテーブルから立ち上がったミーナがいた。


唇はやや血色を失い、少し肩が震えているが、その澄んだエメラルドの瞳には強い決意が表れている。


「宰相を排除し、国王を退位させ、私を新国王にする、という卿らの提案については、まだその時期ではないと・・これまで思っていた。しかし、私だけでなく、親しい者に対しても直接の危険が及ぶようになった現状を熟慮して、今は考えを変えざるを得ないだろう。私は喜んで卿らの旗印になり、フライブルク侯、そして我が父と対決するであろう。その準備を進めて欲しい」


ロベルトら俊英官僚たちは眼を見開き、しばらく驚きで固まっていた。しかしやがてロベルトを先頭に次々と喜色を浮かべ、ミーナに向け左胸に手をあてつつひざを折り、恭順と忠誠を示す。


「そして、クリフ殿の指摘は実に的を射ている。混乱を最小限にするためには、有能かつ信頼できる将軍を我が陣営に招かねばならないな。地下組織づくりについては卿らに任せきりであったから、そちらは私に任せてもらおう。志を共にするならこの方、と決めている将軍がいるからな」


もう唇は震えておらず、その眼光は、生まれながらの統治者のものとなっている。その凛々しい姿を、クリフは眩しく見つめた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


西離宮に戻ったクリフは、ミーナの私室を訪ねた。こんな時間に淑女の部屋を訪れるものではないと当直の侍女が眼で抗議しているが、知ったことではない。ミーナも心得て、人払いをして自ら茶を淹れる。


「ミーナ・・君がハインツとの入れ替わりに乗り気ではなかった理由は、さっきの『世直し』計画があったからなのか?」


単刀直入に、クリフが問う。少しく詰問調になってしまったことについては、事の重大さを鑑みれば彼を責められないだろう。


「そうよ。もちろん、私個人が官僚としての仕事を失いたくなかったのも本当。でも・・『世直し』のことまでは、さすがに言えなかったのよ」


「ハインツにも、言ってないんだな?」


「ええ、ハインツに話したら必ず止めようとするでしょうから。『世直し』が成功してからハインツを説得して、私と入れ替わって国王に就かせるつもりだったの。もう少し機が熟してから・・と思っていたのだけれど、フライブルク侯側の動きが早くて予定が狂ったわ」


「・・わかった。俺は国政がどうとかにはまったく興味はないが、ミーナがやると決めたのならば、無条件で力を貸すよ」


「ありがと・・」


ミーナの眼から透明な雫が、ほんの二粒落ちる。この少女はこれまで秘密を共有する相手もなく、一人でこの重圧に耐えてきたのだろう。そう思うとクリフの「守ってあげたい」習性がむくむくと頭をもたげる。


「俺はもちろん、ミーナの味方だよ。だけどな、ここまできたらハインツとニコラにも甘えよう。重い荷物ほど、みんなで分けて持った方が楽なんだぜ」


「・・はい」


濡れたエメラルドの瞳が、クリフを見上げた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「はぁ~っ? 何なのそれ・・そんな計画があったのならそう言ってくれれば・・」


「そうだよ姉さん。今日まで秘密にされてたなんて、ショックだよ・・」


「うん、本当にごめん・・」


口々に文句を言うニコラとハインツに、ただひたすら謝るミーナ。


「こんな大それたことを為していいのか、失敗したらどうなるのか・・本当に迷っていたのよ。でも、もう決めたわ・・私はフライブルク侯を排除する、そしてその障害となるのであれば、お父様にも舞台から降りて頂くわ。政治の理想実現に燃えるロベルト達よりも不純な動機だけど、私と、私の大好きな人たちを守るためにね」


きっぱり宣言するミーナの姿に、ニコラは目を見張る。


何かが、迷っていたミーナを変えてきている。いや、「何かが」ではなく「あの人が」か・・ミーナがちらと眼を向けた先に、優し気な視線をミーナに注ぐクリフがいることを確認して、また少しニコラは寂しさを感じた。


「うん、私も応援するわ。ミーナがそこまで決心してるのならね。ハインツも、覚悟を決めなさい。大好きなリーゼロッテを、王妃にしてあげたいんでしょ?」


ニコラは思う。そうだ、私はこの娘の望みを成就させよう、それがクリフの望みであるならば。クリフの望みをかなえることが、テレーゼの望みでもあるはずだ・・この男と添うべき運命の女であったテレーゼの。ニコラはわざと口角を上げて、明るく宣言した。

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