Ⅷ 銀の弾丸(2)

「やーい! ノスフェ……」


 地響きを上げながら開いたかんぬきに、再び叫ぼうとしていたストーカーはその声を途中で止める。


「お、やっとお出ましになりやがったな。やい! 吸血鬼アレクサンドル・D・ノスフェル! 今夜こそ、この俺様、クリストファー・ヴァン・ストーカーが引導を渡してや……」


 そして、左右に大きく開け放たれた門の真ん中に立つ私の姿を見付け、改めてそう宣言しようとしたのであったが、その声もなぜだか途中で止まってしまった。


 それはおそらく、暗闇の中で燃えるように輝く私の真っ赤な瞳を見たせいであろう。


 この〝赤い目〟は、おそらく初めて彼に見せると思う……そんな、獲物を仕留めようとする時の殺気を帯びた目を見せるほどに、今夜の私は本気なのだ。


 先程、一時の気の迷いを起こしたおかげで私は悟ったのである……そのような甘い考えだから、こうした人間を付け上がらせ、いつまでも諦めさせられないのだ、と。


 加えて私は気高き貴族としての、そしてヴァンパイアとしての大事な誇りも思い出した。


 この何代にも続く名家であるノスフェル家の城が、かように愚かなヴァンパイア・ハンターの襲撃を幾度となく受けるとはなんたる恥辱。


 それに私は非力で短命な人類を超えた、弱肉強食の頂点に立つ不死の存在、ヴァンパイアである。


 にもかかわらず、人が下手に出ているのをいいことに、奢り高ぶって、ここまで馬鹿にしてくる下賤の人間にはその報いを与えてやらねばなるまい。


 故に今夜こそ、このふざけたヴァンパイア・ハンターを完全に駆逐するために私も本気でいく。


 私の本気――それは即ち、相手を殺すつもり・・・・・・・・でいくということである。ストーカーとて一応はヴァンパイア・ハンター……そのくらいの覚悟はできていよう。


 私は紅き瞳で、そこに立つ、ここ数日で見慣れたトラベラーズハットに茶のマント姿の彼を睨みつける。


「え…ええい! ……そ、そんな目で睨んでも、このストーカー様はビビらねえぞ! こっちだって、今夜が貴様を倒す最後のチャンスと心に決めて、これで駄目だったら、ヴァンパイア・ハンターとしての道はもうないと思って来てるんだからな!」


 その言葉とは裏腹に、ストーカーは私の形相に慄きながら、精一杯の虚勢を張って叫んだ。


 しかし、覚悟だけはどうやら本当にできているようだ。ぶるぶると震えながらも、いつになく気迫の籠った目をした彼の顔を見つめながら私は答える。


「ほう…ならばけっこう。こちらも本気でいかせてもらう……して、その最後のチャンスに、今度はどんな手でくるつもりなのかね? 十字架もニンニクも聖水も、そんな迷信が効かないのはもうとっくに御承知のはずだ」


「ああ、それは十二分にわかってるさ……だから、今夜の得物はこれだっ!」


 続けて口にした私の質問にストーカーはそう答えると、マントの中から何やら長いものを取り出す……。


 パアァァァーン…!


 と、同時に、火薬の爆発する乾いた炸裂音が辺りに鳴り響き、硝煙が彼の周りに巻き上がった。


「うがっ…!」


 その銃声が聞こえた直後、私の腹部は激しい衝撃を受け、破れたフロックコートの下からは血が噴き出す。


「そ、それは……」


 見ると、マントの下から出した彼の両手には、一本の長いライフルが握られていた。


 そのライフルの銃口からは、今しがた弾を撃ったばかりということを証明するかのように一筋の白い煙が立ち上っている……そう。彼の撃ったライフルの銃弾が、私の腹に命中したのである。


 背中にも痛みと出血の感覚があるので、どうやら弾は体内に残らず、背後へと貫通したらしい。


 ……しかし、ヴァンパイアである私が、このような人間に対する武器で殺せないことぐらい彼も先刻承知のはず。


 ではなぜ、ストーカーはあえてこんなものを持ち出してきたのだろうか? 何か、あの銃に細工でもしてあるのか?


 そんな私の疑問に答えるようにして、ストーカーが不敵な笑みを浮かべながら言った。


「フッ…どうだ? 苦しいか? 今、貴様の身体に撃ち込んだのは銀でできた弾丸だ!それも十字架の描かれた銀貨を溶かして作った、貴様ら魔物を倒すには最も効力があるっていう最高の銀の弾をなっ!」


 あああ、なるほど……これにはそういう意図があったってわけか……。


 私は出血した腹を右手で押えながら、今の彼の言葉を聞いてすべてを理解した。


 確かに、人狼や我らヴァンパイアの仲間は〝銀〟でできた物に弱く、特にそれで作った銃弾は我らを退治するための良き武器になるとも伝承に云われている。


 とはいえ、銀は高価な原料なので、通常、あまりそれが実際の武器として使われることはないのであるが、十字架やニンニクなど、ヴァンパイアが苦手とすると云われていた物すべてが迷信であることを知ったストーカーは、最後の手段にその〝銀〟をもって仕掛けてきたのである。


 ……だが、お生憎様なことに、やはりそれも実際には迷信である。


 銀だろうが、鉄だろうが、何かの合金だろうが、素材がなんであれ、それはヴァンパイアにとってもただの銃弾以外の何物でもないのである。


 そして、改めて言うまでもないが、我らヴァンパイアは銃で撃たれたくらいのことでは死なない。


 それは人間とは比べ物にならないほどの細胞の回復力の高さのためであり、現に今、撃たれた傷ももう塞がり始め、出血の方もすでに止まっている。


 こんなことをストーカーに言うと実際にそれを試みかねないのでけして彼には言わないが……蘇生が追い付かないくらいに身体の大部分を一気に消滅させるか、さすがに脳がなくては生きてはいけないので、首を切り離し、すぐにそれを始末してしまうかしない限りは、けしてヴァンパイアを死に至らしめることはできないのだ。


 我らの死因としては、後はまあ、ヴァンパイアでも助からないくらいの不治の病に稀にかかってしまうことくらいか……。


 そのように、並々ならぬ回復力を持つ我らの種族だからこそ、こうして銃弾が身体を貫くことがあっても、それしきで死に至るようなことはないのである……ただ、多少ながら痛いことは痛いのであるが。


「チッ…一発じゃ足りねえか。なら、何発でもお見舞いしてやるぜっ!」


 傷の痛みに顔を歪めながらも平気でその場に立っている私を見て、ストーカーが再び息巻いて吠える。


 …パアァァァーン…! ……パアァァァーン…!


 そして、二発続けざまにライフルを私目がけて撃ってきた。


 …ドヒュ…! …ドヒュ…!


「ぐあっ…!」


 ライフルから放たれた銀の弾は、今度は私の右肩と左胸に命中し、またも背後へと貫通した。


 弾が身体を貫くと同時に、再び真っ赤な血液が傷口からほとばしる。


 私は痛みと銃弾に弾き飛ばされる衝撃を覚えたが、なんとか堪えてその場に踏み止まった。


「まだまだ何発でもいけるぜえ! 用心には用心を重ねて、銀の弾は三十発も作ってきたし、この銃はアメリカから輸入された、十三連発できるウインチェスター・ライフルっていう最新鋭の銃だからな!」


 ストーカーはそう語るやいなや、さらに続けざまに三発、私の身体に銃弾を叩き込む。


 …パァァァーン…! …パァァァーン…! …パァァァーン…!


「うあっ…!」


 次は左足に一発と、胸と腹部に二発が命中。その内の一発は骨に当たったのか、貫通せずに体内に残ったらしい。


 その火薬の力で発射された銀の塊が与える衝撃に、さすがの私もついにもんどり打って後方へと倒れ込んだ。


 全身から血をほとばしらせながら、朽木の如く無残に吹き飛ばされる私……ストーカーの目からすれば、銀の弾がしっかり効いているように見えたかもしれない。


 しかし、もう何度も言うようだが、多少の痛みは感じれど、だからといって、それでどうということはないのだ。私としては死にもしなければ、起き上れぬほどの重傷でもなんでもないのである。


「痛たたたっ……」


 とはいえ、ここまで連続してやられると、やっぱり痛いことは痛い……なんか、人間的な感情で言えば、平気なのをいいことに、ポカポカと何度も威力の低いパンチで調子に乗ったガキんちょに殴られている……そんな感じだ。ちょっとムカつく。


 それに銃で五発も穴を開けられたので、今夜はこれまで以上に服がボロボロだ。おまけに大量の血もベットリ付いてしまっている。しかも、前に穴を開けられたのはシャツだったからまだいいようなものの、今度はフロックコートである。


 嗚呼、私のお気に入りのフロックコートが……。


 この無駄な痛みと高価な服を完全に駄目にされたことに対して、私もいい加減、腹が立ってきた。


 先程は「今夜を最後のチャンスと思って、これで駄目なら諦める」などと言っていたので、まあ、殺すまでもなく、ちょっと痛い目に合わせてやれば、それでいいかな? などと、一瞬、許してやらんでもないという慈悲心が頭を過ったが、もう、完璧に頭にきた!


 いくらヴァンパイアにしては温厚な私でも、ここまでやられて優しい顔などしてはいられない!人類を超える上位種として目にもの見せてくれるわっ!


「カァァァーッ!」


 私は怒りとともに跳ね起きると、鋭く尖った犬歯を剥き出しにして威嚇の声を上げ、そのままの勢いで彼に飛びかかろうした。

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