Ⅷ 銀の弾丸(3)

 だが、その時、怒れる本能とはまた別に働いていた私の冷静な理性が、とある考えを、ふと、頭の片隅に浮かべた。


 ……いや、でもちょっと待てよ? 今、ストーカーが私に撃ち込んできているのは銀の弾である……そうだ。銀の弾丸――つまりは銀の塊だ。


 〝銀〟といえば、それは〝金〟に次ぐ希少な金属である。だから銀貨のような貨幣にもなっているのだが、それ自体、けっこうなお値段がする。


 それを今、彼は惜しげもなく、その手に持った十三連発のライフル銃から私目がけて撃ち込んでいるのである。


 この方向からならば、私の身体を貫通した弾は残らず我が城の壁にでもめり込んでいるか、敷地内のどこかに転がっているはず……後で念入りに探せば、漏らさず全部、回収することができるだろう。


 それに、貫通せず体内に残った弾も、ちょっと痛いが回収するのは城の庭を探すのよりも容易である……。


 私の脳裏に、姑息な欲望が頭をもたげ始める。


 じつはつい今日の未明に気付いたことなのであるが、もうちょっと懐に余裕があると思っていたところ、先日の城の改修やなんやかやで大金を使ってしまったために、予想外にも残りの資金が少なくなっていたのである。


 秋になれば、農民や商売している者に貸している土地からの収入が入ってくるから良いのであるが、今はまだ春……このままいくと、完全に首が回らなくなる。


 そこへきて、この前、カミーラには、今度、店に行った時にツケておいた代金を耳を揃えてすべて支払うと約束してしまったし……いやはや、自分の管理不行き届きとはいえ、これは困ったことになった。


 それにつけても、やはり執事か誰か財産管理をする用人を雇った方がいいかもしれない……あああ! そんな悠長なことを考えている場合ではない! とにかく、これは非常に困った事態なのだ!


 このままでは三日と空けずに通っている〝デアルグ・デュ〟へカミーラに会いに行くこともできなくなるし、血液のパックも買えなくなる。そうなったら、しばらく野生の獣でも狩って血を得るか、それこそ欲望に駆られて人間を襲ってしまうかもしれない……これは、それほどに忌々しき事態なのである。


 そういえば、今しがたストーカーにボロボロにされたこのフロックコートも現状のままでは買い替えるお金がない。先日、ヤツに杭で大穴を開けられたシャツだってそうだ。


 ヴァンパイアだって現世を生きて行くのにお金は大切だ。それに、大地主である貴族だって、お金がない時には正直、お金が欲しいのである!


 そんな状況に置かれている私の目の前に、今、こちらに向かって飛んでくる貴金属の塊―銀の弾がある……こんなお宝をそのまま見過ごす手はあるまい。


 一度、銃から発射された弾ならば、それはもう所有者が帰属権を放棄した物と考えて差支えないだろう……それに、使用された弾が転がっているのは私の城の敷地内である。私の体内に残っているものならばなおさらのこと。これには法に照らし合わせても、明らかに私が所有を主張する権利がある!


 確か、銀の弾は全部で30発用意してきたと言っていたな……今までので6発。


 先刻、私を呼び出すためにも銃を撃ったようだが、そんな無駄事に高価な銀の弾を使うとも思えないので、あれは空砲か、もしくは普通の弾を使ったのであろう。


 とすると、単純計算であと24発は残っているということか……この銀の塊をすべて私のものにできれば……。


 鋭い犬歯を剥きだした私の顔に、ニヤリと、貴族らしからぬいやらしい笑みが浮かぶ。


 あと24発……なんとかして、ストーカーに撃ち尽くせさせなくては……。


 切羽詰まった私の頭の中には、そんな姑息極まりない計画が自然と企てられていた。


「ぐっ…ぎゃあああああ!」


 そこで私は、彼に襲いかかろうとしていた身体を急に止め、その場で苦しそうに悶える芝居を打ってみせる。


「く、苦しい……こ、この銀の弾は効くぞぉ……」


 目的達成のため、ここは一つ彼のご希望に答えて、この世ならざる邪悪な魔物の役を演じてやろうではないか!


 さらに私は演技に力を入れると、悪魔のような形相で大仰に胸を掻き毟りながら、右手を天に掲げて苦悶の声を上げてやった。


「何!? ほ、ほんとか……」


 ところが、私のその芝居に彼は目を丸くして、ポカンとした顔でこちらを見つめている。


 きっと、これまでに十字架やニンニクなどで散々そうした物が効果をなさなかったのを見てきているので、私のこの反応が俄かには信じられないのであろう。


「ほ、ほんとに効いているのか?」


 なおも彼は本当かどうか信用できないという顔で疑いの眼差しを向けてくる。


 ……マズイ。ちょっと苦しみ方が芝居がかり過ぎていたか……勢いで過剰に演技をしてしまった。


 確かに、それまではなんともなかったのに、突然あんな苦しみ方をすれば、普通の人間ならば疑ってかかるだろう。


 しかも、彼にはこれまでの経験もある……困った。ここで効果がないことがバレては、せっかくの一獲千金計画が水の泡だ。かと言って、ここで下手な演技をすれば、余計、疑られてしまうだろうし……どうする? アレクサンドル・D・ノスフェル!?


 私は進退窮まり、右手を挙げた奇妙な格好のまま、その場に固まってしまった。


「……ガハハハハハ! そうか! 苦しいか! やった! ついにやったぞ!」


 だが、そんな私の心配は取り越し苦労だったようである。


 突然、ストーカーは大きな口を開けて笑い出し、まるで鬼の首でも取ったかの如く、嬉しそうに天に向かって叫んだ。


「そうか。効いているか……良かった。最後まで諦めずに、もう一度、この銀の弾で挑戦してみようと思って良かったぜ……グスン。爺さん、教えてくれてありがとよ。感謝するぜ……」


 ここに至るまでに何があったのか知らないが、なぜか彼の瞳には光るものまで浮かんでいる。


 そして、ストーカーはしばし感慨に耽った後、袖で涙を拭うと、再びいつものふてぶてしい態度に戻って、見下すように地に倒れる私を見やって言った。


「ハハハハハハ! アレクサンドル・D・ノスフェル伯爵!不死の存在である貴様も今夜がとうとう年貢の納め時だ! そのまま迷わず成仏するんだな!」


 そう告げてストーカーは、私に狙いを定めていたウインチェスター・ライフルの銃口を下ろす。


 どうやら銀の弾が私に効いていると完全に信じてくれたようではあるが、これまでの攻撃で私がすでに致命傷を負ったものと理解しているらしい……。


 いや。これで攻撃を止めてもらっては困る。全弾、銀の弾はここで撃ち尽くしていってもらわないと。


 今度は「まだまだ私を滅するには弾の数が不十分」と思わすような芝居を打たなくては……まったく、自分に都合のいいように人を動かすというのはなかなかに大変なものである。


「お、お~の~れ~ストーカー……なんと銀の弾というのは恐ろしいものなのだぁ……だが、まだだ! まだ、我は死なぬぞぉ……」


 私は墓場から蘇った死体のように――つまりは巷で云われているヴァンパイアのイメージそのままに、おどろおどろしい声を上げながら、ストーカー目がけて、ゆっくりと歩み寄って行く……。


 切迫した金銭問題のためとは言え、我ながらよくやると思う。いっそ、今度は俳優の仕事でもしてみようかしら?


「くそっ! まだ、くたばらねえかっ! しぶてえ野郎だ!だったら、くたばるまで銀の弾をたっぷり味わうがいい!」


 うまい具合に、彼は私のその姿を見るや、こちらの意図どおりにもう一度ウインチェスター銃を構え、手元のレバーで弾薬を装填して再び私目がけて撃ってくる。


 …パァァァーン! …パァァァーン! …パァァァーン…!


 放たれた銃弾は的を外さず私の身体に命中し、いくつかはそのまま背後へと貫通し、あるものは身体の中にそのまま残る。


 今さらながらにふと気付いたが、これまでの弾は全弾命中だ。ストーカーはなかなか銃の腕がいい。そうか。こんな彼にも人並み優れた特技というものがあったわけだ……。


 しかし、今はそんな感心をしている時ではない。


 そうだ。そうやって、たっぷり銀の弾を私に撃ち込むのだ!この際、多少の痛みぐらい許してやる。


「まだだ! まだ、こんなものでは足りぬぞお……」


 私はなおも芝居を続け、瀕死のモンスターよろしく、血だらけの姿でじわじわと彼に迫っていく。


「往生際の悪い野郎がっ! とっとと成仏しやがれっ!」


 …バァァァーン! …バアァァーン! …バァァァーン! …バァァァーン…!


 鬼気迫る私の演技に彼も多少なりと恐怖を感じてくれているらしく、額に冷や汗を浮かべながら、十三連発できるライフルで私を撃ち続けた。

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