第4話 初めての外
夕刻まで乗り合い馬車に揺られた。これ以降は馬車の運行も終わる。イリス達は終点の町で降りた。
「今日はここまでですね。宿をとりましょう」
「確か、西に向かうんですよね」
「そうです。ここから西にあるフルドという町で、町の外に出られなくなっている現象が起きているそうです」
宿屋を探して周囲を見渡す。
夕刻の町は人でごった返していて活気に満ちあふれている。
夕日はだんだんと沈み、もうすぐ夜の時間が訪れる。
「出られない……か」
ぼそりとエルリオが呟いたのをイリスは聞き逃さなかった。
「魔術師の仕業とも考えられますが、それでは魔術師自身も外に出られなくなります。なので、魔道書が原因だろうと判断されたそうです」
「なるほど」
「また詳しい話は現地についてからにしましょう。今は休息です!」
宿屋のある通りに入る。何軒も宿屋が連なり、イリスにはどこも似たようなものに感じてしまう。
チラッとエルリオの方を見る。彼は吟味するようにいくつかの宿屋を見ている。
彼に申し訳ないなと思いつつ、イリスは少し躊躇いがちに口を開いた
「あ、あの。私ではこの辺のことはわからないので……エルリオさんお願いします」
「そうですか。……わかりました」
そう言って、エルリオは向かいの花屋へ足を向けた。そして店員らしき女性に声をかける。
エルリオの謎の行動にイリスは首をかしげた。
エルリオの顔を見ると、女性店員はぽっと顔を赤くした。慌てつつも何か身ぶり手振りで説明をし始め、宿屋の方を指差したりしていた。
ほどなくしてエルリオが戻ってくる。
「おまたせしました。あの赤い屋根の宿屋がお安いし食事も出るそうですよ」
「わざわざ聞いてきてくれたんですか?」
「ええ、まぁ……?」
エルリオは不思議そうにこちらを見た。何か変なことを言っただろうか。
「ありがとうございます。では、そこにしましょうか」
宿屋に入り、カウンターの店主に話しかけると、店主は少し困った顔をした。
「すみません、お客さん。今空いている部屋、1つしかなくてねぇ」
「それでもいいですよ?」
「は?」
「え?」
エルリオと店主が一斉にイリスの方を見た。二人とも驚いた顔をしている。
「私は床で寝ればいいわけですし。部屋さえあれば私は問題ないです」
「ちょっ、それはどうかと思いますよ?」
笑みを浮かべている印象のある彼にしては慌てて、エルリオはイリスの提案を否定する。
店主もエルリオも困惑しているのがよくわからない。お金も浮くしいいかと思うけれど。
「この時間だと、他の宿屋も埋まってるだろうからな……」
エルリオはため息をついた。イリスは何も問題はないのになぜそこまで困ったりするのだろう。
「……店主、その部屋を借りる」
「あ、ありがとうございます……」
部屋はやはり一人用らしく、ベッドと小さな机と椅子、ランプがあるだけのこじんまりとしたものだった。
「俺が床で寝るので、あなたはベッドで寝てください」
「いや、私が床で寝ます。エルリオさんがベッドで寝てください」
「床で寝て、明日体を痛めても俺は知りませんよ。それとも」
腕を取られて、エルリオの方に引き寄せられる。ぼすっと背中に柔らかい感触が伝わる。
「一緒に寝ます?」
エルリオの顔と天井が目に映る。
エルリオは見慣れた笑顔とは違った、不敵な笑みを浮かべていた。
「それでもいいですよ?」
そう言ったイリスの言葉に、エルリオは目をポカンとさせた。そしてまたため息をついて体を起こす。
「……間知らず」
「え?」
「なんでもないです。俺が床で寝ますからどうぞベッドを」
体を起こすとエルリオは置いた荷物の横に座りこみ、壁にもたれかかった。もう眠るとでも言うように、目をつぶり動こうとしない。
コロコロと変わるエルリオの態度にイリスは首をかしげる。本当によくわからない。
「よくわからないですけど……ありがとうございます」
「護衛対象が体を痛めても困りますから」
イリスはベッドにあった毛布に手に取る。そして、壁にもたれかかるエルリオにそっと毛布をかけた。
「……なんですか」
「せめてかけるものはあった方がいいと思いまして」
「……使わせてもらいます」
エルリオはそれ以降何も話そうとしなかった。
イリスも布団に潜る。初めての外に意外と興奮していたのか、すぐにすやすやと夢の中に誘われた。
翌朝、馬車に乗り込み、フルドを目指す。
今、町が孤島と化している状態で乗り合い馬車は休止しているが、物資を届けるための便はあるらしく、事情を説明して乗せてもらえることとなった。
「ここ、ですね。フルド」
町の入り口に着く。魔術師ではないイリスにも町が歪んで見えて、何かが起こっているのがありありとわかった。
「濃い魔力……かなり強力な魔道書のようですね」
魔術師であるエルリオは、はっきりと何かを感じ取れるらしい。眉間にシワを寄せている。
「お嬢ちゃんたち、フルドに何の用で?」
不意に衛兵らしき男に話しかけられる。ぎりぎり魔道書の効果範囲から外れていたのだろう。何人か検問所の中にいて、暇そうにしている。
「この町の異常事態を解決しにきたのです!」
イリスは胸を拳で軽くトンと叩いて自信満々に口にする。
その言葉を聞いて、衛兵たちは目を丸くしたかと思うと、次の瞬間には腹を抱えて笑い出していた。
「ぶっはははは! お嬢ちゃんが解決してくれるって? 見たところ魔術師でもなさそうだが」
「むっ……」
「気にしないでください。ただのからかいです」
エルリオは何でもないかのような顔をして、さっさと町の方へと向かっていく。
誤解をときたい気持ちにひかれつつ、置いていかれないようにエルリオの背を追う。
「俺が先に入って出られないのか確かめます。10分経っても戻ってこなかったら、あなたも入ってき……ってちょっと!」
「入るのでしょう? 行きますよ、エルリオさん!」
はりきって、イリスは町の中へ足を踏み入れる。ぐにゃりと視界が歪む。体に変な感覚が走ったかと思うと、次の瞬間には目の前にフルドの町並みが広がっていた。
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