第5話 フルド

 町の外に出られないなんて事態になっているから、閑散としていると思った町は案外人で溢れかえっていた。


「意外と活気がありますね」


 エルリオに声をかけたものの、反応がない。心配になって後ろにいるエルリオを見る。エルリオは顎に手をあて、チラチラと町を見回していた。


「ここは……いや、そんなまさか」

「エルリオさん?」

「うわっ」


 何やら考え事をしているエルリオの目の前に顔を持っていくと、驚いたエルリオは一歩後ずさる。


「大丈夫ですか」

「あ、ああ。大丈夫です。……少し見覚えのある場所だったので」

「来たことがあるんですか?」

「いや、フルドに来るのは初めてなんですが」


 エルリオはさっきまでの深刻そうな顔から、へらりと笑みを浮かべた。


「とりあえず最初に」


 エルリオは町の外へと向かっていった。すると、ある場所を境にぐにゃりとエルリオの体が歪み、姿が消えた。


「なるほど」


 消えたと思ったエルリオの声がイリスの背後から聞こえた。振り向くとそこには先ほどと変わらないエルリオの姿。魔道書は確かに起動しているらしい。


「やはり、町の外には出られないです」

「魔道書を探し出して、シェルシの書で止めるしかないですね」


 シェルシの書を開く。赤い表紙の本はかすかに発光し、魔道書がこの町にあることを示している。


「その本で具体的な場所はわからないんですか」

「それは無理です。魔道書に近づけば、より反応が強くなりますが。地道に探すしかないということです」

「じゃあ、協力を仰ぐのが一番です」


 エルリオがこちらを見ている町人達に向かって、そう口にした。



「わざわざ遠いところからご足労いただきありがとうございます」


 町人達に事情を話し、町長のもとに案内してもらうと、町長は快くイリス達を迎え入れた。やはりこの事態に困っていたようだ。


「この事態は魔道書が原因と思われます。まずは心当たりのある場所を調べさせてもらいますが、そこにもなければ町中の本を確かめる必要があります」

「それはもう、ぜひ協力させていただきたく……」


 額から流れる汗を拭いつつ、町長はイリスの申し出を承諾する。

 まずは町長の持つ書斎を調べることになった。

 魔道書は持っていないと言うが、魔道書と言わずに売りつけられたり高価な本に紛れているケースもある。一番ありそうな可能性があり調べるも反応は変わらずだった。


「ダメですね」

「これはしらみ潰しに探していくパターンですね……」


 窓から夕方の赤い空が見える。今日はここまでだろう。

 明日からのことを考えて、少し気持ちが沈む。しかし、この事態を解決しなければこの町の人達はずっとこのままだ。


「いえ、頑張ります!」


 次の日から、魔道書探しが始まった。町民の家を一軒一軒回って魔道書の反応がないか、しらみ潰しに探した。十軒、二十軒、朝から日が暮れるまで、町中のありとあらゆる場所を探すも、一週間経ってもシェルシの書の反応は初日と変わらず、淡く光るのみだった。


「ない、ですね……」

「これだけ探してもないって……」


 項垂れているイリス達に、町長が新たな希望を示してくれた。

 町の外れ、森の近くにある、もう誰も住んでいない古びた洋館。持ち主の一族は既に誰もおらず、手つかずらしい。


「そこにある可能性に賭けたいですね」

「……町長。最近その洋館に人の出入りがあったことは」

「今は私がその洋館の鍵を管理しているのですが、一週間前に一族の末裔の配偶者が探し物があると鍵を借りに来ました」

「……そうですか」


 質問をしたエルリオはそれを聞くと口を閉ざしてしまった。


「町長さん、鍵を貸してもらえませんか。その洋館を探してみます」

「どうぞ。よろしくお願いします」


  洋館への案内はいらなかった。町の中心地からも洋館が見えたからだ。少し高台にあるらしい。

 洋館に近づくにつれてだんだんと民家が少なくなっていく。たどり着いた先には、赤い屋根の古びた洋館。外観はボロついていて、いかにも手入れがされていない。


 シェルシの書はそれまでよりも濃い赤に光っている。本を持つイリスの手に力が入る。


「間違いありません。魔道書はここにあるはずです」


 行きましょうと声をかけようとして、イリスはエルリオの顔を見る。しかし、エルリオはイリスの声に耳を貸していないようで、ただ洋館だけを見つめていた。


「エルリオさん?」

「っ……何ですか?」


 何かあるのかと心配したが、イリスは先ほどと同じことを口にする。


「シェルシの書に強い反応が。ここにあります、魔道書」

「ああ……そうですね」

「行きましょう」


 洋館の中に入る。ボロボロな外観に反して、中はきれいだった。埃まみれだったりどこかが壊れていると思っていたけれど、今でも人が住んでいるかのようだ。


「町長さんは鍵を管理しているだけと言っていました。これは……」

「一週間前に来た末裔の配偶者でしょう。定期的に来て管理しているのかと」


 エルリオが迷いなく奥へと進んでいった。イリスも置いて行かれないように彼の後を追う。


 一階の部屋から順に探していく。

 最初に見たのは広いリビング。ここも丁寧に掃除されていて、きれいなまま時が止まっているかのよう。豪華なシャンデリア、イリスが見ても高級だとわかるソファを始めとした家具の数々。

 隅から隅までくまなく探すが、シェルシの書の反応は変わらない。


 足を止めることなく、一階を見て回る。調理場、ダイニング、客間……。


 その結果。


「……ないです」


 一階を探した時点で魔道書は見つからず。


「次は二階ですけれど、本当にあるんでしょうか……」


 しんと静寂が広がる。

 後ろを振り返ってみると、さっきまで一緒にいたはずのエルリオの姿がなかった。左右前後、さっきまでいた部屋の中を見てもいない。


 はぐれた、迷子。イリスの頭の中にぐるぐるとそんな言葉たちが飛び交う。

 とにかく、彼を探して合流しよう。


 行き止まりの廊下を引き返す。二階に上がる階段を見つけて、上がろうとして。

 床から何かが突き抜けてきたかと思うと足を掴まれて、下へと引きずり込まれた。

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