第3話 旅立ち
それから二日。出立の日。
検問所の前には、ヒース以外にもイリスを見送る人が何人かいた。
オーヴェルの民の長だというロゼロはいなかった。朝に挨拶をしてきたからそれでいいのです、とイリスは言っていた。
今もイリスは見送る人々と別れの挨拶をしている。エルリオはそれを傍から眺めていた。
「兄ちゃん、イリスちゃんをよろしく頼むよ。あの子が小さい頃からここと町を行き来するのを見ていてな。しばらくはその姿も見れないと思うと寂しいなぁ」
そう言って、少し涙ぐんだ目を擦って衛兵はイリスを見つめていた。
イリスの周りの人々も涙ぐんだり号泣したり、大なり小なり別れを惜しんでいる。
「……お幸せなこって」
ぽつりと呟いた言葉はエルリオ以外には聞こえないほど小さい。
「仕事ですからね。ちゃんと護衛させていただきますよ」
いつもの笑みを浮かべて、衛兵に笑いかける。
そう、これは仕事。いつもと変わりない、ただの仕事だ。
***
「気をつけるのよ、イリス」
「わかってます、母さん」
心配性な母の言葉を何度聞いただろう。その度にわかってます、気をつけますと言葉を返す。
アドニアを旅立つ日。見送りはいいと言ったのに、ヒースはともかく両親や親族、友人たちが見送りにきた。
一人一人と別れの挨拶をかわす。別れと言っても定期的に戻ってくるのに心配性だなと心の中で思う。
父は何も言わなかった。一度頭を撫でたっきり、何も。イリスはクスリと心の中で笑った。不器用な父らしい見送り方だ。
「では、ヒース。いってきます」
「いってらっしゃい。気をつけて。頼んだよ」
最後にヒースと挨拶を交わして、近くで待つエルリオのもとへと行く。
「挨拶はすみましたか」
「はい、長々とすみません。行きましょう」
最後に後ろを振り向いて、大きく手を振った。
「いってきまーす!!」
振り返される手たち。彼らにまた会えるのはいつになるか。護衛がついているといっても危険なところへ飛び込むことに代わりはない。無事に帰ってこれるようイリスは祈る。
町を市場を抜けて、検問所を通る。初めて踏み入れる場所。そしてアドニアを出る初めての一歩は案外呆気なかった。
ここからしばらくは乗り合い馬車に乗って、大きめの町へと行く。
「エルリオさん。未熟者ですが改めてよろしくお願いします」
深々とエルリオに向かってお辞儀をする。これから世話になる彼に対して最大限の敬意を込めて。
そして改めて握手を交わそうと手を差し出す。
「……こちらこそよろしくお願いしますね」
彼は変わらず笑みを浮かべて、イリスの手を優しく握り返す。
乗り合い馬車がきた。イリスとエルリオ以外の乗客もいて、イリス達は一番後ろに座ることになった。
出発する馬車。次第に遠くなるアドニアの町並み。それでも見える三つの図書搭。
「……いってきます」
シェルシの書を持つ手に力が入る。この本とともにイリスは旅立つ。己の任務を遂行するために。
イリスの胸中は嬉しさと不安がない交ぜになっていた。その上でこの旅の行く末を願った。良いものでありますようにと。
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