第1話 出会い
長い長い階段を下りていく。この最上階から一階までは十分ほど時間がかかる。はやる気持ちを抑えられず、かけ下りる足が速まる。
ロゼロであれば、魔術を使って飛んでいくのだろうがイリスや他の一族はそうはいかない。地道にこの階段を上り下りしていく。
図書館の開館時間はもう過ぎている。下りていく間にもちらほらと利用者の姿を見かける。どの人も大なり小なり杖を持つ。
この中央塔は魔術分野を扱う。それゆえに利用する人はもちもん、魔術師が多い。
顔馴染みの魔術師にあいさつをして、さらに下へと下りていく。
彼はどんな人だろう。見た目も声も話し方も内面も、これから会う彼への興味は尽きない。
長い階段をようやく下りきって、イリスは中央館へと向かう。
春の暖かな陽気が心地よい。お昼頃にでもなれば、もっと過ごしやすくなるだろう。
利用者達に混じって入り口から入り、関係者以外立ち入り禁止区域へと進む。館長室はこの先だ。
ほんの数分で部屋の前へと辿り着く。一度ノックをして、返事を待ち、扉を開ける。
「やぁイリス。早かったね」
メガネをかけた穏和そうな男性がこちらを向く。その手には赤い表紙の本。
「待たせたらいけませんからね、ヒース」
それを聞いて男性ーーヒースはこちらへにこりと微笑みかける。
「君も来たことだし、先に少し説明をしようか」
窓から春の日差しが部屋を照らす。暑いわけでもないのに
これからされる話を考えると、体が熱くなる。鼓動が早くなる。ひとつ、深呼吸をしてヒースに向き直る。
「僕たちオーヴェルの民は、代々このイクレシカ図書館の管理をしている。本を集め保存しそれを広く提供する」
ヒースは変わらず笑顔だ。いつもの優しい笑みが今日は逆にプレッシャーに感じる。
「私に任されるのは蒐集の仕事ですね」
「ああ、他のみんなと同じように各地を周り、本を蒐集してほしい。けれど、他と違うのは」
そう言いながら、ヒースは赤い表紙の本をイリスに見せる。装丁は凝られていて、厳重に封もされている。
「魔道書の回収。しかも厄介なものだね」
鼓動が高鳴る。ごくりと唾を飲み込む。やっと外に出られる嬉しさと任務を任される重大さに体の熱が高まる。
「このシェルシの書を君に託す。君はこれを使って魔道書の暴走を止めて、回収するんだ」
そうして、ヒースから赤い表紙の本ーーシェルシの書を渡される。オーヴェルの民が代々受け継いできた魔道書。魔道書を制する魔道書。
両手を伸ばしてシェルシの書を受けとる。見た目通りずっしりと重い本。その重さはこの任務の重大さも表しているようだ。
「そして、君の護衛がこれから来る彼だ。魔術本部から腕利きの人間を用意してもらったよ」
「エルリオ、さんですね」
「そう。というわけで迎えに行ってくれるかな? 中央館の入り口にいると思うから」
それで話は終わった。
イリスは館長室を出て、ロビーへと向かう。
彼に早く会いたくて、つい足早になる。
ロビーに入ってすぐに、入り口から入ってくる利用者の人混みから外れたところにいる赤髪を見つけた。
目にした瞬間、彼だとわかり、話しかけた。
「あの、エルリオさんですか?」
赤髪の男性ーーエルリオは、イリスに気がつくと、にこりと笑ってこちらを向いた。
「ええ、そうです。案内の方ですか」
「はい、ご案内しますね!」
エルリオを先導して館長室まで向かう。ちらっと後ろを見て彼の様子を伺う。エルリオは興味深そうに周りを見回している。何度も気になって彼の方をちらちらと見てしまった。彼は気にする素振りもなく、辺りを見ていた。
館長室にはすぐ着いた。ノックをする。返事を聞いてドアを開ける。
エルリオを先に入れて、イリスはその後ろにつく。
「やぁ、エルリオくんだね。僕はヒース・オーヴェル。この図書館の館長だ」
「ご依頼いただきありがとうございます。エルリオです」
ふと、ヒースと目が合う。イリスは縦に頷いて、合図をした。
「さて、では説明をしようか」
「……護衛する方がいないのですが、いいのですか」
「いや? いるよ。君の後ろ」
ヒースに手招きされて、彼の隣へと行く。
エルリオは少し驚いた表情を浮かべていた。
「イリス・オーヴェルです。よろしくお願いします、エルリオさん!」
「……エルリオです。よろしくお願いします」
驚いた表情から一転、ニコリと笑みを浮かべたエルリオと握手をする。
ヒースが手に持っていた地図を広げた。書かれているのはここアドニアがある大陸。その中心をヒースは指差す。
「ここ、アドニアにあるのがイクレシカ図書館。我々オーヴェルの民は本を集め保存し広く人々に使ってもらえるよう管理をしている。君達になじみのある魔道書もしかり」
ヒースはエルリオの顔を見た。それにエルリオは頷いて返答する。
「君達には他の蒐集部のバディと同じようにバディを組んでもらって、魔道書を集めてもらいたい。彼女の持つシェルシの書を使ってね」
手に持つシェルシの書がずしりと重みを増した。体温が上がって鼓動が高鳴る。
「っ、はい!」
「了解しました」
「さて、説明はここまでだけど、何か質問はあるかな?」
「あの」
ヒースの問いに対して、エルリオが言葉を紡いだ。
「シェルシの書とはなんでしょうか」
「彼女が持っている赤い本だよ。魔道書を制御できる特別な魔道書。我々オーヴェルの民が守り伝えてきたものだ。暴走したり魔法を発動している魔道書を静めることができる……かな」
「……なるほど。わかりました」
エルリオは顎に手を添え少し何かを考え始めた様子だった。
質問はそれだけのようで、任務についての説明はそれで終わることとなった。
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