魔道の蒐集人

悠季

第1章 運命の始まり

序 運命の朝

 窓から顔を出し、眼下を見下ろす。

 イリスの髪を風がなぜる。薄い水色がかった灰色の髪。

 アドニアの中でも一番高いこの図書塔は、イリスの一番のお気に入りの場所。その最上階のここは、他と違って本もなく、とある人物の巣窟と化している。一族の中でもここまで来る者はそうそういない。


「で、なんでここに?」


 また面倒なやつがきたといわんばかりの顔でこちらを見るのは、ここの住人であるロゼロ。横になって頬杖をつきながら、ベッドの上でのんびりと寛いでいる。


「今日なんです。例の人が来るの」

「ああ、あの……」


 自分から聞いたのに、くぁっと欠伸をしてつまらなそうにする。ロゼロはいつも気紛れだ。


「気分転換かね。いい加減私の隠れ家にくるのはやめてほしいんだが」

「妙に浮足立ってしまって。それにここからその人が見えないかなって」

「相変わらずだな。そいつの容姿は知っているのか?」

「確か……くせのある赤髪に金の瞳だと」


 再び窓からひょっこりと身を乗り出し、眼下の人々に目を凝らす。赤い髪ならば目立つし、目のいい自分なら見つけられるだろう。


「あ、あの人かな!」


 ちょうど図書館の検問所をくぐった赤色を見つけた。距離があって目の色まではわからないが、聞いていた年齢に近そうな男性だ。

 笑みを浮かべて嬉しそうなイリスの眼前に、白い球体が姿を現す。それは、赤く発光したかと思うと声を発した。


「うわっ」

「イリス。また君はそこにいたんだね、全く……お客人がそろそろ来る頃だ。こちらに来るように」

「はい、わかりました!」


 この図書塔の高さを考えれば、ぐずぐずしている暇はない。

 長い長い階段を降りていこうとイリスは部屋の外へ向かう。その背中にロゼロが声をかけた。


「楽しそうだなぁ、お前」

「そうですよ、だってやっとアドニアの外に出られるんですから!」


 振り向きながら、イリスは心底嬉しそうな声で答えた。

 そう、今日は旅立ちのための第一歩を踏み出す日だ。


  ***


  荷馬車を降りてまず、目の前に移った人の多さに驚かされた。

 大陸一の中立都市アドニア。知識の宝庫があるこの都市は、大陸一の商業都市でもある。これほど人が集まるのも当然だが、年々人の数が増えているように感じる。


「おいっ!! ぼーっと突っ立ってんじゃねえよ!! 危ねえだろうが!!」

 つい足を止めていたらしく、大柄の男にぶつかられ、怒鳴られる。


「あはは、すいません」


 男に対してヘラリと笑いかけて謝罪を口にする。その態度を見て、男は舌打ちをして去っていった。

 ここにいてもしかたがない。目的地へと向かおうと歩を進める。


 エルリオの目に映るのは、ここからでも目立っている三つの塔。中央の塔はその中でもとりわけ高い。その下にはさらにいくつもの建物があることだろう。


 イクレシカ図書館。大陸一の大図書館。知識の宝庫。何者にも侵すことのできない中立地帯。

 今回、エルリオが魔術本部から通達された任務の依頼先。

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