02

 インドア部活の管理などをほのめかして、陸上部の仕事を放り出して。


 海沿いのトラックに向かう。


 彼はいつも、そこでひたすらに走っている。


 もともとは車用に開発されたトラック。潮風の影響が強すぎてレースも何も開催されず、放棄されたようになっていた。至極単純な、予算の無駄遣い。


 そして、彼。


 彼の走りを見て。


 何かを追いかけているのだと、一目見て分かった。彼は、自分を追いかけてくる何かから、ひたすら走って逃げようと、あるいは走って追いかけようとしている。


 自分と同じだった。


「よく走るね?」


 あらかじめ持ってきていた、水とタオル。差し出す。


 陸上部のマネージャーだから、こういうものは自由に持ち出せる。


「いいのか。部活のほうは」


「今日も顧問に言われて、あなたの勧誘よ。なんでこんなに走れるのに、陸上部に入らないわけ?」


「知るかよ」


 嘘だった。顧問はわたしのことを気にしてはいない。洗濯と備品管理だけが仕事だと思っている。それでよかった。彼の走りを、見ていられる。


 心の奥底。


 精神よりも深い部分に、何か、彼の走りを求める自分がいた。


「走るのが好きなんだ?」


 彼の隣に、座り込んだ。今日はじめて、座ったかもしれない。ずっと立って仕事してた。


「おまえも走ればいい」


「いやよ。女の子だし」


「その年で女の子はきついな」


「はあ?」


 彼から見れば、わたしはもう、若さを失った人間なんだろうか。教員と生徒なんて、そんなものか。


「忙しくないのか?」


「忙しいほうがいいのよ」


 忙しくしていないと。


「余計なことを、考えなくて済むから」


 心がおかしくなる。


 自分のことを、思い出してしまうから。


「似た者同士だな」


 彼。隣で。寝転んでいる。

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