駆け抜けきれない

春嵐

01

 走った。


 とにかく、少しでも速く。なにか、よくわ分からない、見えもしないものを追い越すように。


 走って。


 止まって。


 座り込んで。


 なんとなく、追い越せたかどうかを、自分のなかでたしかめる。


 分からないものは、分からなかった。


「よく走るね?」


 水とタオル。差し出される。


 陸上部のマネージャー。


「いいのか。部活のほうは」


「今日も顧問に言われて、あなたの勧誘よ。なんでこんなに走れるのに、陸上部に入らないわけ?」


「知るかよ」


 知っている。理由はあった。


 速さを求めているわけでは、ないから。誰かに言われたり強制されて、走っているわけではない。


 心の奥底。


 精神よりも深い部分に、何か、自分を走りへと駆り立てる何かがある。


「走るのが好きなんだ」


 彼女。隣に座り込む。


「おまえも走ればいい」


「いやよ。女の子だし」


「その年で女の子はきついな」


「はあ?」


 彼女は、普通に教員。新入りだからと部活の管理を押し付けられ、インドア部活すべての顧問と陸上部のマネージャーを兼任している。


「忙しくないのか?」


「忙しいほうがいいのよ」


 彼女。


「余計なことを、考えなくて済むから」


 いまの表情は。きっと、自分と同じ。


「似た者同士だな」


 走ったり、仕事をしたりして。


 心の空白を、何かよくわからないものを、力ずくで押し込める日々。

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