4『最強の姫様攫われる』

 朝食の目玉焼きをもぐもぐと咀嚼しながらメイレルは考えていた。町のなんてことない食堂。町に住む人々が普段使いする食堂で、普段の光景からはだいぶ浮いた二人が食事をしていた。周りの視線を気にもかけず、メイレルとダルテは共に朝食を楽しむ。いや、その様子から楽しんでいる気配は感じられないか。メイレルはまるで料理に使われている調味料を全て言い当てようとしているかのように難しい顔をしながら料理を口に運んでいる。

「やっぱり、忠誠心だと思うのです」

 メイレルは唐突に口を開く。口を完全に空にしてから喋り出すのはさすが育ちの良さといったところか。ダルテはフォークとナイフを止めて姫様の言葉に聴き入る。口髭にソースのひとつもつけてないところが見事。

「階級や性別も当てにはなりません……。やはりここは、魔王への忠誠心を見るべきだと思うのです」

 メイレルの真剣な白銀の眼をじっと受け、ダルテはうやうやしく頷いてみせる。

「左様で御座いますね。――では、食事が済みましたら情報屋にあたってみましょう」

「宜しく頼みますわ。……ここ、それなりに美味しいですね」

「はい。それなりに」

 二人の小声が聞こえているかどうかは定かではないが、相変わらず二人には周りからの視線が集まっていた。


 ◇ ◇ ◇


 メイレルが鼻歌を歌いながら大通りを散策していると、ダルテが帰ってきた。

「情報の収集が終わりました、姫様」

「ご苦労です。して、良い情報は手に入りましたか?」

 しゃんと伸びた背筋を直角に曲げて頭を下げるダルテに、メイレルは期待を込めた眼差しを送った。ダルテは頭を上げると瞳を閉じてちいさく頷いてみせる。

「ええ。姫様も満足して頂けると思います。――こちらより西に進んだ地に、その地を治める“カルバ”という魔属が居るとか。なんでもこの者、上層部に働きを認められ、より中枢の土地へと誘いを受けたそうですが、“まだ自分如きが恐れ多い”と断ったそうで御座います」

「まあ! なんと謙虚なことでしょう!」

 ダルテの報告にメイレルは白銀の瞳を輝かせながら両手を合わせて歓喜する。そういう魔属こそを待っていたのだ。ダルテも嬉しそうに頷いて言葉を続ける。

「この者の忠義深さなら姫様の目的も達成されることでしょう」

「善は急げです! ならばとっととその地に向かいましょう!」

「はい、姫様」

 天下の往来ではしゃぐ姫様と長身の執事だったが、幸いなことに彼女たちを邪魔に思うほどの賑わいはこの町になかった。メイレルはツッタカターと走るような速度で歩き出す。


 ◇ ◇ ◇


「ふうん……なかなか立派な造りですね」

 もやに包まれ鬱蒼と暗い森の中で、木々の隙間から覗く景色を見ながらメイレルは言った。“カルバ”の情報を手に入れて一日と半日ほどでメイレルたちはこの地に辿り着いていた。永遠に続くかに思える深い森の中に、カルバの拠点はあった。非日常的な不気味な雰囲気を醸し出す湿っぽいこの場所は、魔属の住処に相応しいように思える。しかしなにも魔属たちはこの雰囲気を気に入ってここを選んだ訳ではないだろう。この場所は魔属たちの領地と領地を繋ぐ中継地として便利なのだ。この森を避けてしまうと随分と大回りになってしまう。こんな要衝の土地を任されていることからも、カルバへの信頼の厚さを知ることが出来た。森の中に佇む城へは、恐らく魔属が造ったであろう曲がりくねった道が森の入り口から伸びているが、当然のことながらそこを人間が通ることはない。時折その道を魔属が操る馬車が通っていくだけだ。


 メイレルは薄闇の中でその白銀の瞳をわずかに輝かせて、舐めるように拠点を観察していた。隣にはダルテも寄り添う。メイレルはなにやら真剣に思案している様子だったが、途中で口角が抑え気味に上がったところを見ると、単に目的が達成出来そうなことを心の内で喜んでいるだけのようだった。浮かび上がりそうな笑みを抑えつけて、メイレルはダルテに視線を向けて言う。

「では、行って参ります。これで暫し別れになるかもしれませんね」

「健闘を祈っております、姫様」

 ダルテの言葉を受け、メイレルは動き出す。


 ◇ ◇ ◇


 城内への入り口となる城壁の扉の前には、二人の魔属が武装して立っていた。だらけるわけでなく、私語を交わすわけでなく、城の警護を任されている魔属たちは槍を片手にただ胸を張って突っ立っていた。

 そんな変化のない退屈そうな職場に、ある変化が起きる。すぐさま二人は“それ”に視線を奪われた。

 森の中を伸びる道に、突如脇の木立から“女”が飛び出してきたのだ。場に似つかわしくない上等な服に身を包んだ、白銀の髪の女。道の端に足をとられたのか、女は道の上へと転がった(転がったとはいっても、それはふんわりと可憐に)。門番たちはこの急な出来事に少し瞠目して顔を見合わす。女はついと視線を動かして魔属に気付いたようで、「嗚呼!」と高い声を漏らす。

「そんな! お父様たちとはぐれて森を迷った挙句、魔属に出くわしてしまうなんて! 私はなんと不幸なのでしょう!」

 高らかに歌うように叫ぶ女の声を門番たちは観客のように聴き入っていたが、状況を理解すると不快な笑みをその不細工な顔に浮かべる。

「なんてことだ。ここがカルバ様の領地だとも判っていないようだな? 世の中にはなんと間抜けな者が居たものか――」

 門番は呆れた声を漏らすと、女に寄っていく。女は横座りの姿勢から手を上げて逃げようとするが、いとも容易く魔属の腕に抱え上げられた。

「いやあ! およしになって!」

 女は魔属の肩に担がれて弱弱しく手足をばたつかせたが、それはなんの意味も持たなかった。

 女は魔属の背中で、密かに笑みを浮かべる――。



『最強の姫様攫われる』


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