3『最強の姫様黄昏れる』

「思ったより魔王にさらわれるというのも簡単じゃないものですね……」

 のろのろと歩くロバの如き不器量な馬に引かれる荷馬車の上で、メイレルは両膝の上で頬杖をついて溜息を吐く。

 「左様で御座いますね……」と相槌を打つのは、彼女の従者たる老人、ダルテ・レイヴァースである。メイレルの横に背筋を伸ばして座る彼は、続けてメイレルを慰める。年寄りだというのにその背は高い。

「魔王は居城からほとんど出ませんからね。間接的にいこうとするとどうも苦労してしまいますな」

「かといって人間が寄り付きようもない魔王城の領地にふらふら行っても怪しまれるだけですしねえ……。困ったものです……」

 憂いをその顔いっぱいに浮かべて、彼女らはゴトゴトと稲わらと共に運ばれていく。


 ◇ ◇ ◇


「どうぞお気を付けてー!」

 便乗させてくれた心優しき農夫と手を振り別れを告げて、その後彼女は一度伸びをする。んんー、と目を瞑って声を漏らして伸びきってから、ぱたんと腕を下ろすと彼女は憂いを払ったようにきりりとその整った顔を引き締める。

「とりあえず地道に行きましょう。いずれは望みどおりになるでしょう」

 持ち前の前向き思考で彼女は白いロンググローブに包まれた手で握りこぶしを作る。ダルテは彼女のちょっと後ろで頼もしそうにそれに深々と頷いていた。

「もう少し行けばたびたび魔属に襲われている町です。今度こそしっかりさらってもらいましょう!」

 従者を後ろに、彼女は彗星のようにその輝く髪をなびかせて颯爽と歩きだす。


 ◇ ◇ ◇


 その日は太陽の恵みを受け、風も心地良くそよぐ程度といった穏やかな朝であった。

 気分良く一日を過ごせることを誰しもが疑わなかったが、正午の鐘が響く頃、町の様子は一変した。先程鳴ったはずの鐘の音は今は警鐘となり、町に緊張と恐怖を伝えている。その音を聴かなくても町に訪れた脅威は知ることが出来たろう。何故ならば青天の青空に、いくつもの染みのように“奴ら”が飛来してきたからだ。その姿を見て男たちは武器を手に取り、女子供は急いで建物の中へと逃げ隠れた。

 日頃の労働によって鍛え上げられたその身を武器に男たちは立ち向かったが、相手は魔法を使える魔属共である。剣に剣ならば多少の勝ち目はあったろうが、降り注ぐ火球や雷に敵うことはなかった。町はあっという間に蹂躙される。そしてそんな絶望に満ちた町の片隅で、建物の陰から魔属たちの様子を窺っているのはメイレルである。


 煉瓦で造られた住居からちょこんとその白銀の瞳を覗かせて、メイレルは空飛ぶ魔属たちを観察する。

(大したレベルの部隊ではありませんが……統率が取れてますね。多分、司令塔となる魔属がいるはずですが……)

 メイレルはその可愛らしい大きな瞳をクリクリ動かして、何体もの魔属を目で追っていく。そしてそれは、ある魔属のところで止まった。他の魔族に対して指を差して何やら喋っている者。しかしメイレルにとってそれ以上にその者に対して関心が引かれたのは――その魔属が、“女”だったということだ。メイレルの瞳がらんらんと輝く。

(そうです! 女の魔属なら素直に私を魔王に献上するはず! なんでこんな簡単なことに気付かなかったのでしょう! しかもおあつらえ向きに彼女はこの部隊のかしら! ツイてますわ!)

 メイレルは心の中で歓喜した後、その技量に魔属たちが気付かぬ程度に軽やかに火球やら魔法を上品なステップを踏むようにふわりふわりと避けながら、魔属の視界に留まるところまで躍り出る。そしていつものようにやわやわと転ぶのだ。驚くほどにそれが演技だと気付く者はいない。誰もこんな薄桃色のドレスに身を包んだ華奢で可憐な人物がそんな馬鹿げたことをするとは思いも至らない。容姿とは完全なカモフラージュになるのだ。メイレルはいつもの如くその純度百%の可憐さをぶちまける。それは思わず、魔属たちの動きが止まってしまうほどだ。

「ほう――。とんでもない逸物が転がっていたようだな」

 女の魔属はそう呟くと、即座にメイレルの下へと滑空してくる。そしてその背の翼を大きく広げ、着地した。地面に手をついて横座りするメイレルの下にツカツカと歩いてくると、その魔属はぐいと片手でメイレルの顎を上げて顔を寄せた。メイレルの白銀の瞳をじっと見据えた後、額に二本の小さな角が生えた顔の口元が、にやりと歪む。

「コイツを城に連れていけ。他と同じにするな、私の部屋に届けろ」

 女の魔属に連れ添って降りてきていた二体の魔属が威勢良く返事すると、二体はメイレルの腕を抱えて立ち上がらせる。そして片方の魔属に肩で担がれて、メイレルは麻袋のように持ち運ばれていった。メイレルは魔属の背に顔を埋めながら密やかに笑ったが、魔属が空に飛び立ってから表情を少し変えた。

(うっ! 羽ばたく度に胸が圧迫されて……! ううぅ……これが拠点につくまで続くとは……。しんどいです……)


 ◇ ◇ ◇


 それは立派な尖塔のそびえる古城だった。古さから考えても魔属たちが造り上げたものではない。人間から略奪した城だろう。メイレルは城壁に囲まれた城の領地まで連れてこられると、相変わらず荷物の扱いで城の中へと運ばれていった。城内には無数の魔属たちがうろつき、警備などに目を光らせている。その行動の真面目さからいって、ここの主たる女の頭の統率力は見事なものだろう。欲望に従順な魔属たちをここまで懐柔出来ているのだから。


 メイレルが最終的に連れてこられたのは、この城の外観でも印象的な尖塔の中だった。あまり広くはないがその内装は凝っており、貴族の寝室といった具合だった。天蓋付きのベッドが最も主張してくる部屋である。メイレルはそのふかふかのベットへと投げ込まれた。何回かバウンドしながらメイレルは内心でほくそ笑む。

(いいですわいいですわ! 如何にも囚われの姫が監禁されていそうな環境! これでこそです!!)

 手下の魔属がメイレルを放り投げ部屋を出ていってから少しして、頭の女が部屋に入ってくる。その顔には自信と愉悦が満ちていた。差し詰め狩りに成功したハンターか。しかも極上の獲物を手にしたハンターだ。その女は舌なめずりをしながら部屋の中央にまで躍り出る。

「これだから現場に出るのはやめられないな……稀に思ってもみない拾い物がある」

 メイレルは女の言葉に内心で大きく頷きながら賛同する。

(そうですそうです! 貴女は素晴らしい拾い物をしたのですよっ!! さあ、魔王に献上してたんと報酬を貰い受けなさい!)

 女が、すうっとメイレルに近づいてくる。その吐息は熱く、肌は上気していた。メイレルの頭に一瞬疑問符が浮かぶ。

(おや? これは……?)

 魔属の女はメイレルに覆いかぶさるように四つん這いになり、その顔をメイレルに近づけた。情事の気配。女は期待に目をらんらんとさせて呟く。

「さあ……楽しませてくれ……っ!」

 一方、メイレルの目は死んでいた。

(あぁー……ハイ。そういう趣向もありますものねー……)


 その唇を重ねようとした瞬間、メイレルに突き飛ばされた女魔属はよろけながらベットから押し出された。よたよたと部屋の中央に戻された女は、ちょっとした驚きに眼を見開いていた。思ったより力が強い。――しかし、拒まれるのもそう悪くない。ゆっくりと躾けていくのもまた楽しみといったとこだ……と思ったところまでが女の生涯最後の思考だった。避ける間もない勢いで、女は次の瞬間業火に呑まれていた。女の形にだけ元の壁を残して、ぷすぷすと部屋の壁に焦げ跡が出来る。メイレルはその片手を上げたまま、ベットの上でがっくりと項垂れていた。


 ◇ ◇ ◇


「ハア……」

 夕陽を見て黄昏れながら、メイレルはまた一度溜息を吐いた。足は投げっぱなしにして両膝の上に肘をつき、遠くをぼんやりと眺める。場所は尖塔の上。天井の一部をぶち破って、メイレルは黄昏れていた。まだ城内の魔属たちは異変に気付いていない。メイレルは色々とぐるぐる考える。頭になれるほど血気盛んな女性ならばこれは当たり前なのだろうか。それともただただ自分のクジ運が悪いだけなのか。


 色々考えたけど、カラスが鳴いたからもう帰ろう。こっそりと。



『最強の姫様黄昏れる』


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