最終話 漆黒の翼は夜に舞う


 道なき道を黒に引っ張られるように走った。その手の温もりが嬉しくて、スガヤはずっと笑っていた。

 だが、その脇腹から流れ落ちる鮮血が、スガヤの体力をみるみる奪っていく。


「すまん、黒、少し、休もう」


 息を切らして、スガヤは近くの木に身を預けて座った。

 座った途端に、意識が遠退く。


「おい、スガヤ、」


 黒に頬を打たれ、辛うじて目を覚ます。


 スガヤは、荒い息のまま、潤んだ瞳で黒を見上げた。


「黒、」

「どうした、」

「黒、お前は飛んで逃げてくれないか?」


 黒はひきつり、息を飲んだ。


「スガヤ、何を言っている。俺は飛べないし、お前をおいて行けるはずがないだろ」

「お前なら、飛べるさ。」


 黒は、泣きそうな顔でもう一度無理だと言った。


「こんなお前を残して飛べるはずがないだろ!」

「黒、最後くらい、私の願いを聞いてくれよ。お前なら、飛べる」


 スガヤは最後の力を振り絞って立ち上がり、黒の胸倉を掴むと無理やり屈ませ、唇を合わせた。


 そしてゆっくり離れ、もう行ってくれと、スガヤはゆったりと微笑んだ。


「無理だ。スガヤ、共に行こう」

「しつこいぞ。もう行け、黒。行かないなら今すぐ私は首を切る」

「スガヤ!」

「私は本気だ。もう行け、早く」


 スガヤは刃を自分の首に当て、穏やかに言った。


 黒は悲痛な面持ちで俯き、だが一気にその大きな漆黒の翼を広げた。


「飛べ!黒!」


 スガヤの、血の出るほどの叫びに、黒は翼を大きく羽ばたかせた。


 身体が宙に浮き、飛び立つ前に黒はスガヤの腕を掴んだ。


 だが、その手をスガヤはそっと引き剥がした。


「スガヤ!」

「私は行かない。お前の羽根では、私を伴っては飛べない。」

「いいから来い!」

「足手まといになりたくないのは、私も同じなんだよ、黒」

「・・・!」

「もう行け、黒」


 スガヤは心の底から笑っていた。


 黒は悲痛に歪めた顔を片手で覆い、再び力強く羽根を羽ばたかせた。


 地面の不浄が風と共に舞い上がる。


 刹那、闇に誘われるように、黒は夜の空に吸い込まれていった。


「ほら、飛べるじゃないか」


 何も見えない闇にまみれた空を見上げ、スガヤは嬉しそうに呟いた。




「いたぞ!逃がすな!射て!射て!!」


 束の間もなく、コロル側から追手の怒号があちらこちらに響き渡る。


「・・・」


 スガヤは息を大きく吐いて、闇に蠢く人影に向けて駆け出した。


 翻る白刃に光は当たらない。


 だが風切る音と共に銃声が轟き、ズドンズドンと鈍い衝撃がスガヤを貫いていく。


 走る足から力が抜ける。

 スガヤはそのまま前へと倒れ込んだ。

 手も足も、もはやぴくりとも動かない。


「・・・黒、・・・黒」


 目を閉じているのか、開けているのか、それすらももうわからない。


 深い闇に溶けるようだ。



 黒、黒、お前は飛べただろ?

 どこまでも飛べるだろ?


 黒、

 ・・・黒・・・



「・・・愛してるよ、」


 流れる鮮血と共に溢れた涙が、湿った地面を深く濡らす。


 その時、空が確かに光を帯びた。


「スガヤ!」


 悲痛な男の声がする。


 スガヤはバカだなと、少し笑って、小さな息を一つ吐いた。







          ~了~



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

漆黒の翼は夜に舞う みーなつむたり @mutari

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ