#38 神獣の世界【終】

 ――さて、と、

 フルッフお姉ちゃんが仕切り直すように、手を叩く。


「どうする、タルト。僕たちと共にくるか? 

 あの時はロワとテュアに邪魔をされたが、今はいない。

 サヘラ程度、なんとかできるだろうし、お前がくれば勝手に着いてくるだろう。

 ――僕はお前が欲しい。お前のその、誰でも味方にする性質が、必要なんだ」


 お姉ちゃんからの誘いに、足が動きかけた。

 止まったのは、サヘラの存在があったからだ。

 後ろを振り返ると、心配そうな目で、しかし止めようとはしない、サヘラがいる。


 考える時間などいらなかった。

 わたしはサヘラに飛んで抱き着く。


 予想外だったのか、サヘラが小さく声をあげた。

 やっぱり、わたしはサヘラと一緒が良かった。


 わたしの大事な、妹なのだから。


「サヘラが嫌な顔をすることを、わたしはしたくない。

 ごめんねお姉ちゃん、わたしは、サヘラを選ぶよ」


「……フラれてしまいましたね、フルッフ」


「嬉しそうな顔で言うな、フラウス。

 だが、まあ……そんな気はしていた。

 それに、恩恵も多いが、引き寄せる厄介事も多いからな……、

 タルトはどっちでも良かった、というのが、本音であったりするが」


「強がりが目に見えていますよ。

 タルトみたいに、私に抱き着きますか?」


「吐き気がするな」


 お姉ちゃんの罵倒に、フラウスが全身を震わせる。

 頬を赤らめ、恍惚とした表情だ。


「そうか。なら、タルト。僕たちは敵同士だ。

 邪魔をしなければなにもしないが、しかし邪魔をすれば――お前でも潰すぞ」


「だったら、今ここで――ッ」


 サヘラがわたしから飛び出し、フルッフお姉ちゃんに駆け寄った。

 変身させた尻尾でお姉ちゃんを叩く。

 鈍い音がし、お姉ちゃんが顔を歪めるが、瞬間、煙となって消える。


 ぽかんとするサヘラの疑問の答えは、フラウスの口から出た。


「あ、偽物だったのですね。では本物は……大抵は物陰にいそうなものですが」


「予測をするな。お前の場合、僕をよく知っているから当たるだろうが」


 広々とした空間に、均等に設置されている柱の物陰から、本物のフルッフお姉ちゃんが姿を現す。

 サヘラは、そう言えばお姉ちゃんの能力を知らなかった。


 そのため、なにが起こったのか、分かっていなさそうだった。


「……やはり、反抗的なサヘラだけは、どうにかしておいた方がいいかもしれないな」

「私がやりますか? フルッフ、あなたは直接、手が出せないのでしょう?」


「誰が殺すと言ったんだ。フラウス……、僕の妹を殺したら、お前を殺すぞ」

「そんなことはしませんよ。あり得ないです。フルッフに嫌われたくありませんし」


 怪しいフラウスを鋭い目で覗くお姉ちゃんは、視線をサヘラに移す。

 びくっ、と、その視線にサヘラが怯えるのを感じ、わたしは盾になるように前に出た。


「躾がなっていないぞ、タルト。サヘラの担当はお前だろう」

「躾って……、サヘラは動物じゃないよ!」


「小動物みたいに可愛い、と前に言っていただろう」


 それはそうだけど……、

 すると、サヘラがわたしの背中をぎゅっと掴む。

 こういうところが小動物っぽいと思える理由なのだ。


「フルッフ、そろそろ次の計画に移りましょう。

 あの二人は敵として、かなり楽な部類です。相手にする必要もないですよ」


 そうだな、と頷いたお姉ちゃんが、わたしたちを声で追い出す。


「国王が変わったことを、国民に知らせなくてはいけない。

 僕たちもやることが多いんだ、お前たちと遊んでいる暇は、実はないんだ――」


 だから出て行け、と言うよりも先に、甲高い、フラウスの悲鳴が聞こえた。


 わたしたち三人が声の方を見ると、地面から伸びた鎖が、フラウスの両腕、両足を縛っていた。


 鎖はやがて増え、地面に背中から引っ張り倒される。

 腰とお腹に鎖が巻きつき、じたばたともがくこともできないくらいに、固定された。


「なんだ、なにが起きて……っ」


『……そんな企みがあった、とは……私の目も、狂ったものだ』


 直接、脳に響く、老人のような声だった。

 聞き覚えがあるフラウスが、その名を口にする。


「不死象、ワールド……っ、神獣が、なぜ……ッ!」


『王女をこうも早く退位させたのは何年ぶりか……、やはり、悪は死なん、か……』


 仰向けになっているフラウスの周囲の地面がめくれ上がり、

 まるで、フラウスを閉じ込める棺桶のような形を作り出す。


 あとは蓋をするだけで、フラウスの姿は見えなくなる。


「フラウスッ!」


 駆け寄ろうとするお姉ちゃんの目の前に、巨大な歪曲空間の穴が現れた。

 中から覗かれる瞳が、わたしたちの動きを止める。


 畏怖によって、足が震え続ける。

 サヘラは立っていられず、腰を抜かした。

 わたしも、サヘラを支えることができない。


「王竜、エピグラフ……ッ」


『俺たちと同じ席に座る、か……――舐めるな、下等生物』


 目の前の神獣に意識を持っていかれていたため、サヘラに言われるまで、気づけなかった。


 見た瞬間、フラウスの棺桶に蓋がされた。

 そして、その棺桶が地中に埋まっていく。


 気づいたお姉ちゃんが、目の前の神獣を無視して飛び出そうとするが、

 穴から出された巨大な腕が、お姉ちゃんの道を塞ぐ。


 ゆっくりと、神獣がその全身を外に出す。

 この謁見の間が、狭く感じるほどの、赤と黒が入り混じった巨体だった。


 竜の王に相応しい、強さを、見た目に備えていた。


「僕を、どうするつもりなんだ……っ、フラウスもだッ!」


『あの王女は、ワールドのジジイが扱う気だ。

 俺は知らないな。

 ただ、棺桶の状態にしたというのなら、地中深くで封印をする気だろうとは思うが』


 フルッフお姉ちゃんは、きっとこの状況を打開する策を考えている。

 しかし些細な動き一つをしただけで、王竜エピグラフは、言葉なき威圧で動きを止める。

 重力の数十倍の重圧が、わたしたちを地面に縫い付ける。


『お前も、殺しはしないさ。約束だからな』


「約束、だと……っ」


『お前よりも才能のある、小さな策士のことだ』


 王竜が口を広げる。

 お姉ちゃんを、その口で喰らおうとして――、


 わたしは重圧の中、必死に体を動かす。

 ぎしぎしと体が悲鳴を上げる中、後ろから、フルッフお姉ちゃんを押して、わたしが身代わりになろうとした。


 しかし、わたしの手は、相手にはたかれ、逆に、押し返された。


「ふざけるな。――お前が死んだりしたら、意味がないだろう……ッ」


 フルッフお姉ちゃんの『最後』の言葉だった。



 王竜エピグラフは、お姉ちゃんを喰らった後、歪曲空間の穴の先へと、戻って行く。


 わたしたちがいるこの世界とは違う、神獣の世界へ――、わたしたちは、進めない。


 穴が閉じる寸前、王竜は、わたしたちを見もしなかった。


 フラウスは地中に埋められ、お姉ちゃんは、連れ去られ……、

 謁見の間には、わたしとサヘラだけが残された。


 わたしの体を地面に縫い付けていた重圧が消える。


 緊張感から解かれた瞬間、気力と体力が尽き、わたしは両手を床に着く。


「……助けて、よ」


 なにもできずにお姉ちゃんを奪われた。

 涙と共に、思わず零れた言葉を地面に落とす。


 後悔で狭まった視界の外側で、力強く、床を踏みしめる音が聞こえた。


「遅れてごめん、タルト」


 歪んだ顔を上げ、わたしは、


 現れた正義のヒーローに、目の前から抱き着いた。


 


 エピローグ



 駆けつけてくれたテュアお姉ちゃんが古書の国の惨状を見て、ロワお姉ちゃんに連絡を取ってくれた。


 そこから先、どんな根回しがあったのかは、わたしたち妹には分からなかったが……、


 やがて『古書の国』と『竜の国』が合併をすることになった。



 王が不在となった古書の国の国民は、ロワお姉ちゃんを見て、すぐに王になるべき者だと、お姉ちゃんを認めた。


 ロワお姉ちゃんには、それだけのカリスマ性がある。


 合併に伴い、多くの亜人が出入りするようになることに、不快感を覚える者もいたが、

 ロワお姉ちゃんが人間と亜人の格差を廃止したことにより、亜人にとって、住みやすい国にはなったと思う。


 ただ、人間は元『古書の国』の岩山、

 亜人は神樹シャンドラの周囲の森林街を生活圏とするため、

 まだ、人間と亜人が完全に共存する日は遠いのだと思う。


 そして、旅に出たばかりのわたしとサヘラは、


 今は新しい国を整えるための、ロワお姉ちゃんのお手伝いで忙しかった。

 旅の続きを再開させるのは、まだまだ先になりそうだ。



「タルト、荷物をまとめて大図書館の方へ行くぞ。私と向こうで生活をする」

「えーっ!? じゃあ、森林街の方はどうするの?」


「お母様がいる。それに、サヘラもテュアも――」

「テュア姉様……、もうどこにもいないよ……?」


「あいつ……、面倒だからと言って逃げたな……?」


「じゃ、じゃあ! わたしがテュアお姉ちゃんを探しに行ってくる!」


「嬉々として言わなくていい。

 そのまま逃げるなど、お見通しだ。

 ……まあ、テュアはいい。

 外の世界の情報も欲しくはある、あれはあれで、放っておくとしよう」


 わたしの首根っこを掴むお姉ちゃんの力に、わたしは抗えない。


「忙しくなるぞ、タルト。

 お前のアグレッシブなコミュニケーション能力の出番だ」


「助けてサヘラ――――っ!」


 足を引きずりながら連れ去られるわたしを見て、サヘラは苦笑いをしながら、手を振るだけだった。



 世界連盟に加盟された、新たな国――『竜古書りゅうこしょの国』。


 やがて人間と亜人が共存する、世界で初の大国となる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エゴイスターズ 渡貫とゐち @josho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ