#37 善と悪

 七つの琥珀を一つに戻す必要はなかった。

 集まっていれば、それは一つと認識される。


 王城の中、謁見の間。


 開放的な空間には大窓があり、光が差し込む。

 人工的な光がなくともじゅぶんに明るい。

 壁には竜や象、梟や蛙など、様々な魔獣の簡易的な絵が描かれていた。


 わたしがきょろきょろしていると、琥珀が光を放つ。


 日傘を投げ捨てたフラウスが、光と共に現れた、歪曲空間の穴へ足を踏み入れる。


 嫌がり、暴れる国王も共に連れて行く。

 さすがにその中は、王族しか入れない場所らしい。


 少しの間、待っていてください、という言葉通り、入って数秒でフラウスが外に出てきた。

 わたしたちは数秒と感じていたが、フラウスは数十分、国を守護する神獣と語ったらしい。

 正式に王女となったフラウスに、全権が移動した。


 こうして、新たな王が誕生する。


「これで、また一歩、夢に近づきます……っ」


 良かったね、と伝えようと口を開いた時には、

 既に、フラウスがナイフを、元国王である父親の、胸元に突き刺しているところだった。


「――私たちの計画に、あなたはいらないのですよ、愚王」


 深く刺さったナイフが、張った糸を切るように、生命活動を停止させる。


 ぱたん、と倒れた国王は、声も上げなかった。

 悲鳴の一つも聞こえない。


 謁見の間に広がる静寂が、薄気味悪い。

 すると、控えめな拍手が響く。


 音は後ろから聞こえた。

 フラウスがわたしの先を見て、無邪気な満面の笑みを見せる。


「予定通りだな、フラウス」


「待ちくたびれましたよ、フルッフ」


「フルッフ……お姉ちゃん?」


 お姉ちゃんはわたしを一度だけ、横目で見ただけで、隣を通り過ぎる。

 サヘラがわたしを庇うように、体を盾にした。

 お姉ちゃんは、サヘラのことなど、気にも留めなかった。


「あら、タルトはあなたの妹でしたか、似ていませんね」


「同じ腹から生まれただけで、ほとんど人格的には別種だからな」


 フルッフお姉ちゃんは、フラウスの隣へ辿り着く。

 二人が並ぶと絵になる光景だった。


「なにを、企んでいるの……?」


 サヘラがお姉ちゃんを睨み付ける。

 睨み付ける相手が、フラウスではないことに、わたしは驚いた。

 サヘラに返答をしたのは、フラウスだった。


「サヘラ、言ったではありませんか。国を変える、世界を変える――と。

 人間と亜人が格差なく過ごせるような世界を作り出すのが、私たちの考えなのです。

 そのために、まずは私がこの国の王となり、そして、他の国と合併し、一つに統一させていきます」


「タルトは知らないだろうが、こそこそと、僕に不信感を持っていたサヘラなら、知っているだろう。

 ロワと一緒に、竜の国を、正式な国家として認めさせるために、活動していたことを。

 竜の国が国家として連合に加盟し、僕が王になれば、フラウスと共に合併することができる。

 そして、その合併は、他の国からすれば脅威となるだろう。

 あとは簡単だ、

 一つ一つの国を潰し、内側から乗っ取っていけば、この古書の国のように、全ての国が僕らの手中に入る」


 フルッフお姉ちゃんとフラウスがインターネットで知り合ったように、

 ここにはいないが、知り合った仲間が世界各地に散らばっている、とお姉ちゃんは語る。


「……そんなわけない。

 フルッフ姉様は、亜人と人間の格差をなくし、みんなが平等に暮らせる世界を作るために、こんなことはしない! 

 まだ、もう一つ、あるはずだよ!」


「今日のサヘラは威勢がいいな。タルトと旅をして、少し変わったか? 

 いや、タルトを守るためには、お前はなんでもするやつだったな、そう言えば」


「言うのですか?」


 フラウスからの質問を、お姉ちゃんは無視した。


「放置プレイ……あぁ、やはりフルッフの躾は最高です……ッ」

「隣の変態は置いておく。タルト、サヘラ、あんまり見るなよ。教育に悪い」


 フラウスの変わりように、わたしもサヘラも戸惑ってしまう。

 お姉ちゃんも呆れ顔だ。


「鋭いサヘラの観察眼を評して、教えてやろう。

 確かに、格差をなくす、というのは第一段階に過ぎない。

 だが、それも僕とフラウスがやりたいことでもある。

 達成優先度は低いとしても、切り捨てていいものではない――、

 僕が本当にやりたいことは、神獣に、手を届かせることだ」


 かつて、竜の精霊を生み出したと言われている――『王竜エピグラフ』。


 たとえば――、

 この古書の国を守護する神獣――『不死象ふしぞうワールド』。


 人間が足を踏み入ることができない世界に、神獣たちは存在している。


 現状、人間と亜人、共に神獣と会うことが一時的に許されているのは、王だけだ。

 国宝を持つ王族のみが、対話できる。

 さきほどのフラウスが、対話をしていたように。


「神獣は人間や亜人……、僕たちのことを下に見ている。

 当たり前だがな。

 神獣はこの世界と、僕たちを作った神だ。

 言うなら、僕たちは玩具箱の玩具だろう。

 神獣たちがその玩具をいじって遊ぶ、子供たちと言うべきか。

 玩具と真剣に対話をしようとする神獣などいないだろうさ」


 しかし、とお姉ちゃんは続ける。


「その玩具の全てが、統率され、一つの塊として現れたら? 

 一番、目の前に立つ指揮官が後ろの全ての玩具を操っているとすれば? 

『玩具にしては』と、評価される。

 僕は神獣たちの会合に、混ざりたいんだ。

 玩具でも人間でも亜人でもいいが、この世界の代表として、な。

 暴力でなら僕は神獣には勝てない。だが――言葉なら、僕は神獣を出し抜ける自信があるぞ?」


 わたしは、フルッフお姉ちゃんはフラウスに騙され、脅され、無理やりこんなことをやらされているのだと思っていた。

 フルッフお姉ちゃんを返せ、と、フラウスに詰め寄りたい気分だった。

 しかし、違うのだ。

 フルッフお姉ちゃんの意思で、己の夢を追いかけている。


「タルト、否定するか? やりたいことのために犠牲は仕方ないと考える、僕を」


「ううん。わたしだって、やりたいことのために、誰かを見捨てること、あるよ。

 誰でも救えるわけじゃないもん。

 目の前で困っている人は助けられるけど、遠い手の届かない場所にいる困っている人を、助けることはできない。

 ヒーローは平等じゃないといけない。だから、わたしはヒーローにも、正義の味方にもなれないんだ」


 テュアお姉ちゃんは、どこでも駆けつけて、助けてくれる。


 だから、ヒーローなのだ。


「テュアも完璧ではないぞ。

 ――しかし意外と、お前は善の皮を被った悪にも見えるな」


「じゃあ、フルッフお姉ちゃんは、悪の皮を被った、善なの?」


「いいや、僕は悪の皮を被った、極悪だ」



「名称にこだわりますね。

 善や悪なんて、決めることなんてできないでしょう。

 どちらの面も持っているのが、私たちなのです。

 境界線なんて曖昧で、どちらも混ざり合って、他者の目によって変わる。

 そもそも善と悪なんて、ただの評価です。

 タルトもフルッフも、それにサヘラも私も、

 善の一面があり、悪の一面があります。

 ヒーローも正義の味方も、敵の視点から見れば敵対する悪なのですから」

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