QUEST3 トリノおうこく

#21 旅の道中

 森林街から外の世界に出て、数時間が経過した。


 まだ、ここは森の中だった。


 ずっと探しているのだが、わたしが探し求めたオウゴンオニクワガタがどこにもいない。


 草むらを掻き分け、木に登り、

 噴き出る蜜の周囲を探すが、普通のカブトやクワガタしか見つけられなかった。


 すると、一匹のクワガタが数匹のカブトに襲われ、弱っていた。

 弱肉強食の世界で、助けるのは余計なお世話かもしれないが、

 ここで会ったのもなにかの縁なので、ひょいっ、とクワガタを掴み、助け出す。


 そして、木の根元に生えているキノコを物色している、サヘラの元へ行く。


「サーヘラっ、それ、食べられそう?」

「焼けば、大丈夫かな……タルト姉の方は――っ、ひぅ!?」


「そ、そんなに慌てて後退しなくても……虫でもね、傷つくんだよ。ねー?」


 手に持つクワガタは、足をわさわさと動かす。

 きっと、同意してくれたはずだ。


「だ、だから! 私は虫が嫌いなの! 

 も、持っててもいいから、私に見せないで、お願いだから!」


「可愛いのになー。そうだ、この子にそのキノコを食べさせてみよう」

「た、食べるの……?」


「なんでも食べると思うよー、だってクワガタだもん」


 カブトに邪魔をされ、蜜を食べられていなかったから、お腹も空いているだろう。

 サヘラはわたしに胡散臭そうな目を向ける。


 とにかくやってみよう、と、キノコの上にクワガタを乗せると、クワガタはしゃくしゃくと食べ始めた。

 しかし、しばらくして、体をぴくぴくと痙攣させる。


 こてん、と、キノコの上から落ちて、お腹を見せた。


「やっぱり、シビレダケだったのかなあ……。

 焼いて、痺れ成分が飛んでくれれば食べられるけど……」


「クワガターッ!」


 それから、

 痺れを取るための薬草を探し、見つけたそれをすり潰し、クワガタに食べさせてあげる。


 なんとか、痙攣していたクワガタは元に戻った。


 頭を撫でようとしたら、指を挟まれた。

 やっぱり、少しは怒っていたらしい。


 悪いことしたなあ、とわたしは反省する。

 飛んで行ったクワガタは、元気になったらしい。


「みんなの邪魔をしない方がいいよ。

 その、オウゴン、オニクワガタ? も、そっとしてほしいと思ってるよ」


「捕まえないよー。見るだけ。わたしは捕まえた虫や魚は絶対に逃がしてあげるからね」

「逃がすまで遊んで、相手を困らせても一緒だよ?」


 くどくど、とサヘラに言われて、わたしも疲れてきた。


 しばらく動きっぱなしだったので、お腹も空いてきた。

 すると、木の根元に生えていたキノコを見つける。


 さっきのシビレダケは、黄色い模様があったが、

 このキノコは赤、黄色、白とカラフルで、オシャレなアイスクリームのような色合いだった。


 自然と引きつけられ、気づけば手に取っていた。

 そして、一口かじる。


 食べても、特に変化はなかった……、と思っていたら。


「――くっ、ぷふっ、あははははははははははッ!」


「タルト姉!?」


 先へ進んでいたサヘラがわたしの笑い声を聞いて慌てて戻ってくる。

 そして、食べかけのキノコを見て、じと目でわたしを見つめた。


 笑いが止まらなくて、反論ができない。

 呆れたサヘラは溜息を吐く。


「そこら辺に生えているものを勝手に食べないでって、私、言ったのに!」

「あははははははっ! だっ、はははっ、て! だって、お腹が、ぷっ、くすくすっ!」


 サヘラはリュックから薬草を取り出そうとして、少し考え、チャックを閉めた。


 なんで!? 

 わたしは視線で訴える。


 しかし、サヘラは首を振るばかりだった。


「タルト姉、反省してね。

 これを繰り返されたらたまったものじゃないから。

 ちょっとは笑って、あり余っている元気を発散してね」


 笑っているけど怒っているサヘラに謝ろうとしても、笑いたい衝動がそれを邪魔する。


 笑い過ぎて、お腹が空いたことも忘れ、今はただただ、お腹が痛かった……。



 数十分後、やっと笑いが止まった。


 手を地面につけて一休みするわたしを、

 サヘラは、「早く行くよ」と急かしてくる。


 流れる汗を腕で拭いながら顔を上げると、サヘラは大量のキノコを抱えていた。


「わ、わたしを笑い死にさせる気……ッ」


「そんないじわるしないから……。

 生で食べるからキノコに遊ばれるの。

 ちゃんと焼いて食べれば、笑いが止まらなくなったり、痺れたりする効力はなくなるんだよ」


「へー。なんでそんなことを知っているの?」

「屋敷にある本、たくさん読んでいたから」


 サヘラは、昔から常に本を抱えていた。

 わたしの前では決して読まなかったが、


 サヘラを物陰から盗み見た時、

 誰も寄せ付けないような集中力で、一人、本の世界に入り込んでいた姿をよく覚えている。


 わたしは眠くなるから読まないが、小説ばかりを、サヘラは読んでいた気がする……、

 そう言えば、植物や魔獣の図鑑も読んでいたような……。

 サヘラを屋敷で見かけると、決まって本を読んでいて、そのジャンルは決まっていなかった。


 サヘラはきっと、なんでも読んでいるのだろう。


 なるほど、と、サヘラの物知りの根源は本なのか、と納得した。


「もしかして、全部の本の内容、覚えているの?」

「そんなわけないよ。でも、気になった部分は覚えているよ?」


 サヘラの抱える、キノコの調理法も覚えていると、サヘラは言う。


「私が好きな小説に美味しそうな料理があったから、それを作ろうと思って」

「サヘラってば、本の内容にすぐ影響を受けるよねー」


「タルト姉に言われたくないんだけど……タルト姉はなんにでも影響を受けるでしょ」


「サヘラってば、昔、好きな小説のセリフをいつも引用していたし。

 それに、主人公になりきって、手作りの仮面とマントをつけて、一人で怪盗ごっこをしてたよー。

 みんなサヘラだって分かってるのに、サヘラは、『正体は言えないのだ』とか言ってて、可愛かったなー」


「い、言うなぁ! 私の黒歴史をほじくり返すなぁ!」


 泣きそうなサヘラが吠えるので、これ以上の昔話はやめておいた。

 キノコ料理もいいが、わたしとしてはお肉も食べたい気分だった。


「この辺、魔獣が全然いないんだよね……虫なら見なくてもいるって分かるのに」

「あ、サヘラ、気になることがあったんだ」


「なに? なにか見つけたりした?」


「サヘラが一か月前に読んでた、

『ぼっちでもすぐにできる、友達の作り方』って本、どんなことが書いてあったの?」


「私の話はもういいから! 大したことは書かれていなかったよぅ!」


 サヘラはむすっと、怒ってしまった。

 純粋に、気になっただけだったのに。


 ごめんごめん、と謝った後、わたしは木にぶら下がっている蜂の巣を見つける。

 ……確か、蜂の幼虫であるハチノコは、調理をしたら美味しかったような……。


「絶対に嫌ッ! 美味しくてもビジュアルが……あぁ! 考えただけでゾッとする!」

「そんな拒否感を覚えなくても……うーん、じゃあ、仕方ないね。がまんする」


「タルト姉……その、ごめんね。私、わがままばっかり言って」

「そんなことないよー。サヘラは妹なんだから、お姉ちゃんにわがままを言っていいの」


 わたしは胸を叩く。

 どんっ、と頼っていいのだから、とアピールをする。


 サヘラは、あはは、と苦笑した。


「ちなみに、あの蜂の巣からどうやってハチノコと採るつもりだったの?」


「え? 木に登って、ガッと巣を掴んで、開いて、

 中の窪みからハチノコをくるん、と採り出そうとしてたよ? 

 あ、怒った蜂が追いかけてくるから、全速力で逃げながらね」


「豪快だ……。家出中、まさかそんな、後先を考えないような生活をしていたんじゃ……」


「わたしは行き当たりばったりだからね! 毒にはある程度の抗体があるんだよ!」


「刺されまくっていたんだね。

 ――って、危ないよ! 死んでいたかもしれないんだよ!?」


 サヘラは大げさに驚く。

 わたしは、だいじょーぶだよー、と楽観的に答える。


「タルト姉。わたしの目の届かない所に行かないでね。心配で頭が痛い……」


「サヘラってば、ロワお姉ちゃんみたい」

「ロワ姉様の苦労が、身に染みて分かった気がする……」


 遠い目をしたサヘラと共に歩き、しばらくすると川を見つけた。

 ちょうど良い、一休みができる空間があり、焚火をした痕もあった。

 わたしたちがくる前に、ここで一休みをしていた旅人がいたのかもしれない。


「サヘラ! 魚が獲れるかも!」

「でも、釣り竿を持っていないよ?」


 竿は必要ないよとサヘラに答え、わたしは川に向かってジャンプをしようとした。

 すると、ぐいっと背中が引っ張られる。

 ぐえっと呻き声を上げ、わたしは背中から倒れた。


「なにするの!?」


「危ないなあ、もう。深さを調べて、準備体操をしてから。

 浅かったらいいけど、もしも深くて、しかも足が、つったりしたら……、身動きが取れなくなっちゃうでしょ」


「サヘラ、慎重過ぎるよ……」

「慎重過ぎて困ることはないんだから。早く、言うことを聞いて」


 ロワお姉ちゃんと一緒に旅をしている気分だった。


 嫌ってわけではないけど、サヘラにロワお姉ちゃんの面影が見えて、緊張する。


 川は、わたしの腰より少し上くらいまでの深さがあることが分かった。

 準備体操をした後、わたしは川に入り、魚を獲る。

 その間、サヘラは火を起こし、キノコを使った料理をしていた。


 捕まえた魚を、獲った順番にサヘラに渡していく。


 結局、サヘラはレシピを覚えてはいるものの、材料がないと諦め、

 キノコも魚も、近くで採った野菜も、焼くだけだった。


 サヘラは不満そうだったが、わたしとしては空腹が満たされたので満足だった。



 日が落ち、夜になる。

 サヘラが挙動不審に周囲を見回す。


 大きな葉っぱを地面に敷き、布団代わりにした。

 ベッドほど、ふかふかではないが、硬い地面に比べたら全然柔らかい。

 隣で不安そうなサヘラに声をかける。


「魔獣は火が嫌いだから、焚火がある今、襲われないから大丈夫だよ」

「で、でも、風が吹いて消えたり、火を恐がらない魔獣がいたら……」


 考え過ぎな気もするが、火を恐がらない魔獣は実際にいるから、間違いってわけでもない。

 でも、それを言い出したら、いつまで経っても眠れない。


「サヘラは同じ枕でないと眠れないみたいに、場所が違ったりすると眠れなくなるタイプ?」

「そういうわけじゃ……ただ、安心できないと眠れないだけ」


 安心できないと、か。

 だったら――、


 わたしは体にかけていた葉っぱを持ち上げ、体を横にずらす。

 今は、わたしとサヘラは隣合ってはいても、地面に敷いた葉っぱは別だ。

 だから、サヘラに一緒の葉っぱの上で寝ようと誘っているわけだ。


 サヘラは頷き、わたしの隣に身を置いた。

 持ち上げた葉っぱの掛け布団をかけてあげる。

 自然と、手がサヘラを抱き寄せる形になる。


「眠れそう?」

「自分の部屋と、タルト姉の隣だと、安心するから……うん、眠れる」


 言った傍から、サヘラは寝息を立てて眠り出す。

 それを見て、わたしも意識が落ちた。

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