#22 自然界の洗礼

 二日目の朝、

 朝食を済ませたわたしたちは、サヘラが持っていた地図を見る。


 この世界の全体図を示したものではなく、

 竜の国の周辺を、しかも大ざっぱに描いたものだった。


 目的地への方向は分かるが、その間の道は分からない、と言ったような地図だ。


 森の中など、魔獣が地形をすぐに変えてしまうから、地図なんて頼りにならないのだが。


「一番近いのは、『古書の国』だね。とりあえずそこに行こう」


「古書……、サヘラ、本が読みたいだけでしょ?」


「それもあるけど、でも、一番近いからだよ。いつまでも森の中にいても仕方ないし!」


「古書の国にはなにがあるの?」


「世界最大の図書館!」


 絶対にそれが目的だ……、

 とは思っていても、わたしに文句があるわけではない。


 サヘラが行きたいのなら、それに着いて行くのは当たり前だ。


 元々、決まった目的のある旅ではない。

 わたしが外の世界を見たくて、テュアお姉ちゃんを追いかけたいから、旅をしているだけなのだ。

 世界を見る、という意味で、古書の国も、その図書館も、見るべきものの中には入っている。


 時間はたっぷりあるのだから、ゆっくりと旅をしても悪くはない。


「古書の国はここから南だから……こっちだね」


 先導するサヘラに着いて行く。

 すると、雲一つない晴れ日和なのに、わたしたちを覆う影があった。


 二人で見上げる。

 ――黄色い、巨大な魔獣が羽を広げて飛んでいた。


 滞空しながら、可愛らしく小首を傾げ、その巨大な雛鳥が、短いくちばしをわたしたちに突きつけてくる。


「ひっ――ッ」


 硬直してしまっているサヘラを抱え、横に転がる。

 くちばしはわたしたちのいた場所をつつき、地面に窪みを作った。

 足を地面につけた雛鳥が、つぶらな瞳をわたしたちに向ける。


 とんとんとんっ、と身軽な動きで近づき、くちばしがサヘラの服を掴んだ。

 あっさりと、わたしの手元から連れ去られていく。


 わたしもサヘラも動けなかった。

 やがて、わたしたちも理解が追いついてくる。


「――サヘラっ!」

「お姉ちゃんッ!」


 羽ばたいた雛鳥の風圧で、近づこうとしたわたしの体がふわりと浮いた。

 そして地面を転がり、大木に背中を激しくぶつける。


「あっ――」


 と、目を離した隙に、サヘラをくわえた雛鳥は森の先へと飛び立ってしまった。


「追いかけ、ないと……」


 飛び立った先へ足を動かそうとしたら、

 隣の茂みが揺れ、わたしと同じくらいの大きさのカマキリが現れた。


 周囲を見回したカマキリと、目が合った。

 折り畳まれたカマが開き、横薙ぎに振るわれる。


 服にかすり、横一線に服が斬られた。


「ここ――いつの間にか、魔獣の巣窟になってる!」


 森の中はずっと、もっと言えば竜の国だって、わたしたちのお屋敷だって、魔獣の棲む巣窟ではあるのだが、


 姿が見えないから、安全だと勘違いしていた。

 魔獣は棲息していて、獲物を待ち、狩ろうとしているのは、どこも変わらない。


 ぐんっ、とわたしの視線がいきなり下がった。

 右腕が引っ張られる感覚。

 そのまま、地面を引きずられる。


 右腕に巻きついているのは白い糸。

 引っ張っても、千切れる気配がまったくなかった。


「オオグモ……」


 八本足の、カマキリと同サイズのクモが、糸を頼りに近づいてくる。


 後ろにはクモ、前にはカマキリ。

 わたしは糸によって身動きが取れなくなっている。


 だが、わたしには高威力の炎の玉がある。

 クモに向かって吐き出した炎の玉は、大爆発を起こすが、それでクモが倒れる、ということはなかった。


「――なんで!?」


 顔を左右に振っただけで、纏わりつく黒煙を払う。

 数歩後退しただけで、クモはわたしの炎の玉など、効いていないとでも言いたそうだ。


「っ、そうだ、後ろにも!」


 甲高い鳴き声と共に近づいてくるカマキリが、カマを振り上げた。

 わたしはもう一度、炎を吐き出そうとするが、その前に、迫るカマはクモの体に突き刺さった。


 わたしを挟んで、昆虫同士の戦いが始まってしまった。


 わたしは逃げようとするが、

 クモの糸が腕に巻きついているため、リードのついた犬のように、遠くへは行けなかった。


 一番遠くへ逃げても、カマキリの攻撃を受けたクモが怯んで退くことで、わたしの体も引っ張られる。


 地面を転がってばかりだ。


「んーッ! 

 もうっ、どうにかっ、この糸を、引き千切ることができれば……っ!」


 しかし、多少、伸縮するだけで、千切れる気配がまったくなかった。


 だが、唐突に、背中を反らして引っ張っていたわたしの体が、ぶちん、という音と共に、後ろに転がる。


 ごろごろと数回、転がったところで、わたしは尻もちをつく。

 引っ張られる感覚がなくなった、と気づいた。

 腕には白い糸が巻きついているが、その先がなかった。


 わたしとクモを遮る場所に、黒光りする、同サイズのクワガタがいた。


 クワガタは、わたしをじっと見つめる。


「……あなたが、助けてくれたの? ……ありがとうっ!」


 そのクワガタは、わたしに背を向け、戦っている最中のクモとカマキリの間に割って入って行った。

 ここは俺に任せて先に行け、とでも言っているのだろうか。


「うん。わたし、サヘラを助けないと。だから、行くね」


 クワガタが吠えた。

 わたしへ向けた、合図なのかもしれなかった。


 サヘラが連れ去られた先へ走る。

 翼を使って飛んでも良かったが、

 巨大な昆虫が生息する巣窟なら、飛んで自分の位置を知らせるのは良くないと思ったから、やめた。

 しかし、それは走って音を立てるのも、同じことだったかもしれない。


 異変に気付き、わたしは足を止める。


 ――いつの間にか、囲まれていた、


 数体のオオトカゲが、わたしを逃がさないように、じわじわと近づいてきている。


 わたしと同じ目線だが、四足歩行のため、体はわたしよりも随分と大きかった。


「どうしよう……」


 呟くと、オオトカゲの尻尾が地面を叩く。

 ばちんッ、という音を鳴らし、オオトカゲが吠えた。


 口の中には、うじゃうじゃと蠢く、黒い『なにか』がいた。

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