#19 13カード

 しばらく子猫を追いかけながら、気づいたことがある。


 相変わらず僕とショコナが音と刃に追われており、ベリーは蚊帳の外だった。


 それでも一人だけ疎外されているのが気に食わないのか、

 ベリーは子猫を捕まえようとするが、子猫はするりとベリーを避け続ける。


 僕とショコナが捕まえようとしている時に、ベリーも捕まえようとするため、正直、邪魔で仕方がない。


 互いに前を見ないでぶつかったこともある。

 刃に追われる僕としては、障害となるベリーに、ストレスを溜めてしまう。


 ベリーも僕たちの置かれた状況を知り、手伝ってくれている、とは、僕も分かっているが……、

 思わず怒鳴ってしまうことも何度かあった。


 ベリーは子猫を捕まえられないストレスと、一人だけ蚊帳の外に置かれる不満、

 手伝っているのに怒鳴られる理不尽を浴び、いじけてしまうことも多い。


 ベリーがいじけている、または怒っている時、決まって、僕の右腕の数値が、低くなっている。

 そして今では、僕は右目の視力がなくなっている。


 この『奪われる』現象は、恐らく、数値と関係している。


 この数値と、刃に関して、まったく別物なのではないか、と僕は推測した。


「数値の方のエゴイスタ……これはベリーのエゴイスタか」


 前例があるからこそ言えるが、無意識による発動だろう。


 ベリーはなにもしていない。

 暴走とも暴発とも違う。

 能力自身が意思を持って、ベリー自身を守るために能力を使っているとすれば、納得ができる。


 ベリーの方の解除の仕方は察しがつく。

 ベリーの上機嫌、不機嫌に合わせて、数値が変動する。


 不機嫌なほど、数値が低いのだから、数値を上げるためには上機嫌にさせればいい。

 数値の上限が100とは言えないが、高くて困ることはないだろう。


 80以上の時に、音が鳴り響くと、腕の空白に、緑色の光が点灯する。

 だからあと一つ、設定された時間まで、ベリーの上機嫌をキープすればいい。


 問題なのは刃と音のエゴイスタだ。

 片方がベリーなら、ではもう片方はショコナなのではないかと思ったが、僕ら二人は巻き込まれたのだ。

 このエゴイスタが敵の本命なのだと思う。

 しかし、このエゴイスタは、どうすれば解除されるのか見当もつかない。


 数回と続けているが、終わりが見えない。

 僕もショコナも、息が上がっている。


 そして恐らく、『13回目』だろう――。

 僕の番になって、数回と重ねていく内に、子猫から成長していた猫の姿が、がらりと変わった。


 歩く度に、地面が揺れる。

 遂には、僕と同じ目線にまで大きくなっていた。


 ヒョウ柄の子猫と勘違いしていたけど、ヒョウ柄なのは、豹であったからなのだろう。

 肉食魔獣は牙を見せながら、涎を垂らす。

 床に落ちた涎が、地面を溶かした。


 一瞬、煙が舞う。

 目が合い、豹が僕に飛びかかってきた。


 横に体を転がす。

 豹は広げた大顎で、家具を噛み砕く。


 僕もまた、転がった先で棚にぶつかり、振動で引き出しが開いてしまう。


 その時だった――、

 開いた引き出しから、白い球体がぽんぽんぽんっ、と、真上に打ち上がる。

 天井にぶつかった球体は柔らかいのか、衝撃を吸収して跳ね、空中を漂う。

 僕だけではなく、豹も、ショコナも、ベリーも、現れた球体に目を奪われる。


 天井近くを漂う球体の一つから、可愛らしい突起物が左右に一つずつ現れる。

 打ち上がった全ての球体に、突起物が現れ、互いに、ビリヤードのようにぶつかり合う。


 けけけっ、と声が聞こえる。

 次第に増えていき、重なり、ずれていき、絶え間なく声が聞こえる。

 白い球体が自我を持ち、僕たちを見下ろしている。


 二つの突起物は、小さな手だった。

 それを魚のヒレのように使い、空中を泳いで僕に近づいてくる。


 けけけっ、と目の前で、笑いかけてきた。


『苦戦しているな、お姉ちゃん』


 馬鹿にしたような、お姉ちゃん呼ばわりだった。


「なんだ、お前らは……。上に漂うあいつらも、お前と同類だろう?」


『そうだぜ。人格は違うが……、

 オレらのことはどうでもいいだろ。姉ちゃんが欲しいのは、ヒントだろう?』


「無責任なヒントなどいらないがな」

『そう言うなよ。オレたちはお嬢の困った顔が見たいだけなんだからな』


「お嬢……だと?」


 こつん、と柔らかいため痛くはないが、僕の頭にぶつかった球体がいた。

 そいつは、そそくさと逃げて行く。

 なにかをされた気がするが、僕に変化はなかった。


『オレらにも二種類いるんだ。

 お嬢を困らせるヤツと、お嬢を喜ばせるヤツ。オレは前者で、今のアイツは、後者だ』


「お前らは二分化して、対立しているのか?」


『いいや? 

 だが、オレは姉ちゃんの味方で、アイツは姉ちゃんにとって、不利なコトしかしないと、教えといてやるよ』


 僕は眉を寄せる。

 全てを信じるわけにはいかないが……、

 他にもヒントを教えてくれるのならば、聞くだけならいいだろう。


 判断は、僕がする。

 惑わされても、面白くはない。


『四人だぜ。これだけでも、お姉ちゃんは分かっちまったんじゃねえか? 

 ……さて、オレはこれで消えるぜ。

 外に出て、一つの行動で消えちまうもんなんだ。それじゃ、再び外に出してくれることを祈るぜ、お姉ちゃん』


 そう言って、目の前の球体は泡のように姿を消した。


 ……僕を含め、この場には四人いると、僕はヒントを噛みしめる。


 人数が制限されると、途端に発動しているエゴイスタを振り分けることができるようになる。

 僕は言わずもがな、閉鎖型エゴイスタのせいで、パスティッシュは使えない。


 僕の手にパスティッシュがいれば使えるだろうが、

 閉じられた空間の中と外で分かれてしまっている今の場合のみ、使えないのだ。


 僕は最悪を引き当ててしまったわけだ。


 閉鎖型エゴイスタが、


『ベリーの不機嫌度により、なにかを奪われるエゴイスタ』なのか、


『刃を避けながら豹を捕まえるエゴイスタ』なのかは分からないが、


 片方はベリーのエゴイスタだと分かっている。

 そうなると、残りは二つ。


 目の前の豹が、牙を見せつけ、吠える。

 飛びかかってきたのを避け、豹のお腹を擦る。

 それにより、僕は豹を捕まえた、と判断された。


 音は遠ざかり、豹の狙いはショコナに向かう。


「ショコナも危険な目に遭っているから、巻き込まれたのだと思っていたが……、

 ゲームはルールが平等でなければならない。片方が有利になっているゲームほど、つまらないものはないからな。

 僕とショコナが参加者なら、ショコナがエゴイスタの持ち主であってもおかしいことではない」


 エゴイスタの持ち主だからこそ、参加している。

 この解答がもしも正解であれば、厄介な面も見えてくる。


 ショコナは一度、あえて刃の攻撃を受けることで、僕に自分は巻き込まれたのだと印象付け、これまでも僕を利用し、自分の順番になれば僕の協力を強いていた。


 そして13回目の時、猫は豹へと変貌した。

 参加者二名で僕が先攻なら、13回目は僕の順番になると予想がつくし、仕掛けることもできる。


 いま思えば、神経衰弱の時に混ざっていた一枚だけデザインの違う13のカード。

 あれはこのゲームの合図だったのではないか。


 あのカードに触れたのは、僕とショコナだ。

 ベリーに気づかれる前に、ショコナはそのカードをすぐに懐にしまった。

 思い返せば、怪しい行動だった。


 ショコナは僕を欺き、

 僕をはめようとしていると、解釈できる。


「ショコナ……」


 豹の標的はショコナだ。

 体が大きい分、しかも狭い室内では、豹の動きは単調だった。


 一方向にしか攻撃ができず、ショコナも大振りを避けて、豹の横っ腹に手を当て、順番を回すことができていた。

 僕に頼らずとも、捕まえるのは難しくなかったのだ。


 豹を挟んだ部屋の端と端で、僕とショコナは目が合った。

 気弱でベリーの後ろに隠れている引っ込み思案なショコナでは、なかった。


 ――僕を見ているような気がした。


 真面目でお堅く、融通の利かない頭でっかちをロワだとして、

 その血を強く遺伝しているのがサヘラだとしよう。


 無邪気で自由奔放、好き勝手に行動し、

 なぜか人を惹きつけるテュアの血を強く遺伝しているのが、タルトとベリーだとしよう。


 だとすると、


 真正面から挑まず回りくどく間接的に、

 自己利益のために暗躍する僕の血を強く遺伝するのが、ショコナになる。


 そういう兆候は以前から見て取れた。

 ベリーの背中に隠れ、自分は弱い人間だとアピールをしながら、周りの人間を欺いていたのだから。

 僕でさえも、一からはめようとするのは、僕に似た思考回路だ。


 同族嫌悪という言葉がある。

 僕も、同類は、相手の土俵で潰したくなる性分だ。


 ここまで僕を追い詰めるとは、妹にしてはよくやったと思う。

 だが、甘い。

 僕にとって守るべきものは自分だけだ。


 でも、ショコナ、お前には? 隣には、誰がいる?


「ベリーが豹に触ろうとすると、決まってその豹はベリーから逃げる。

 別に触っても、その豹にデメリットはないとは思うのだがな。

 優先的に避けるとなると、二人が結託している、理由があるのではないか、と考えるわけだ。

 たとえば、ベリーが豹に触れば、強制的にこのゲームに参加させられる、とかな」


 僕は、引き出しを開けて白い球体を出して遊んでいるベリーを、腕で抱える。

 腕を変身させ、豹の背中へ向かって押し上げた。

 ベリーは楽しそうに、豹の背中にしがみつく。


「その豹とショコナが結託していても、

 ルールに入ったベリーのことも、襲わないといけないのではないか? 

 ルールに則り、平等に」


 豹が身を揺らし、ベリーを振り落とす。

 豹の牙が、ベリーのいた場所を噛み砕いた。

 避けたベリーの手を引くのは、ショコナだ。


「わっ、わっ! キュィィィン、って、音がするぞ!」


「ベリー! 早く、あの豹に触って!」


「うむ、分かったぞ!」


 ベリーが豹に、真正面から向かって行く。

 豹は前足で軽くあしらった。

 些細な一撃だが、ベリーは軽く吹き飛び、受け止めたショコナと共に壁に激突する。


「あっはっは! 吹っ飛ばされたぞー!」

「――笑いごとじゃないよ」


 ショコナの低い声に、ベリーがぴたっと止まる。


 借りてきた猫のように、静かになった。

 ショコナにトラウマでもあるのか、ベリーはショコナを窺いながら、恐る恐る声をかける。


「ご、ごめん。ごめんなさい、ショコナ……」

「うるさい、黙って。いま、考えてるから」


「で、でも、このキュィィィンって音が、さっきから近づいてて……」

「大丈夫、真っ二つになるまでにはなんとかするから」


 迫る脅威は刃だけではない。

 豹だって、結託しているとは言え、ルール上は襲わなければならない。


 ショコナはベリーを引っ張り、危機を回避する。

 その間にも、ベリーの体には、着実に刃が斬り進められている。


「僕より非道だな、ショコナ」


 だが、やりようによっては、タルトはもっと、非道になれる素質がある。


 だからこそ獲得したかったのだが……、

 僕も未練がましい。

 一旦、忘れるべきだ。


 回転刃に斬られる痛みは、本物に比べたら大したことはない。

 あくまでも幻であり、タイムアップになった場合のみ、全ての痛みが遅れて襲ってくる、と僕はそう推測している。

 でなければ、大したことのない痛みで終わってしまうからだ。


 敗北者の受ける罰が、斬られた、という結果だけとなると、ショコナにしては生易しい。

 これまでの痛みを一気に味わわせてこそ、僕の遺伝であると言える。


 大したことはない、と言っても、

 刃に斬り進められる感覚を双子の姉に味わわせ続けるのもどうかと思うが。


 やがて、ショコナは肩をすくめる。


「やっぱり姉様には、まだ勝てない」


『まだ』ね。

 僕も、妹に喰われないように気を付けなければならない。


 豹が姿を消し、ベリーを攻撃していた刃も動きを止める。

 傷口は塞がり、血も消え、全てがリセットされた。


 ショコナによって展開されていたエゴイスタは、なくなったと確信してもいいだろう。


 本音を見せたショコナに怯えていたベリーだったが、目の前に漂う球体を見つけ、がしっと抱き着いた。

 それにより、機嫌を良くしたらしい。


 僕の腕の数値が、90を越える。

 その時、ちょうど、ベリーのエゴイスタの方も時間になった。

 上機嫌のまま一定時間になったため、空白に緑色の光が点灯する。


 課題をクリアしたため、腕の数値が消えた。


 となると、閉鎖型エゴイスタも消えたのか……?


「……確かに」


 消えている。

 牢獄の中にいる、僕の偽物との感覚が繋がった。


 僕は思わず、ソファに全身を預けてしまう。

 漂う球体の、持ち主も見つけないままに。


 すると、徐々に、白い球体の生物が消えていく。

 役目を果たしたからなのか、エゴイスタを解いたからなのかは分からないが……、

 そして最後の一体が、僕の額に突撃してきた。


 痛みはないが、そう言えば、さっきもこんなことがあった。

 そして、唯一、話しかけてきた、あの球体の言葉を思い出した。


『アイツは姉ちゃんにとって、不利なコトしかしないと、教えといてやるよ』


 僕にとって、不利なこと。


 ――嫌な予感がした。


 閉鎖型エゴイスタが消えた今、僕はこの部屋から出ることができる。

 球体が消えていった部屋の扉へ向かい、開こうとしたが、なぜか扉はさっきと同じく固く、開かなかった。


「なんで――、エゴイスタは解いたはずだぞ!?」


 ドアノブをがちゃがちゃと回している間に、気づく。

 扉が開かない、だから閉鎖型エゴイスタの壁がここにあるのだと、なぜそう言える? 

 もしかして、扉が開かないように、ただ細工をしただけかもしれないのに。


「エゴイスタに、思考が寄り過ぎていた。ごく当たり前の可能性が、頭から抜け落ちていた」


 球体の持ち主が、もしもこの扉のすぐ近くにいたとして、

 閉鎖型エゴイスタの壁が、この扉の先なのだとしたら、僕たちにばれずに、同じ空間にいることが可能になる。


 球体エゴイスタの能力がまだ分かってはいないが、良くないことだというのは分かる。


 僕は腕を変身させ、強化された筋力で扉を殴り、破壊する。


 扉の先には、既に誰もいなかった。

 扉を開かなくさせていた、長い板が二枚、バッテン印で重なり、吹き飛んでいただけだった。


「誰だ……。ッ――、こんな屈辱を味わったのは、久しぶりだ……ッ」


 いつまでも、僕は通路の先を見つめていた。

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