#18 響く警告音

 伏せられたカードをめくり、同じ絵のワンペアを作り上げたら、めくったその二枚のカードを手にすることができる。

 全てのカードがなくなるまで順番にめくっていき、最後に多くのカードを持っていた方が勝ち、というルールの、神経衰弱だ。


 ベリー、ショコナ、僕の順番でめくっていく。


 僕がめくったカードは、このトランプとはデザインの違った、『13』と数字が大きく描かれたカードだった。

 二枚目をめくるが、当然、同じ絵柄などあるはずがない。


「あ、姉様。そのカードは違うよ。

 ベリーがさっきカードを一枚、握りつぶしちゃったから、ババ抜きをする時のために入れておいたの。

 部屋に落ちてたから、ちょうどいいかなと思って。神経衰弱ならなくても大丈夫だから、もらうよ」


 そういうことなら、と、僕はショコナに渡そうとするが、忘れていたが僕は物を掴めない。

 神経衰弱の時のようにテーブルを使ってめくることはできるが、持ち上げることはできないのだ。

 そのため、掴み損ねたカードが、表面を上にして、床に落ちてしまう。


「ショコナ、取ってくれ」


 手渡しができないので、指で弾き、近くのショコナに取ってもらう。

 テーブルの下を覗き込むような形になっていた僕は、顔を上げようとした。

 瞬間、僕の頭を踏んづける者がいた。


 ソファーからテーブルへ移動する間の足場として、僕の頭を使ったらしい。

 神経衰弱の途中だったため、テーブルの上のカードがばらばらに荒らされる。

 四足歩行のヒョウ柄の子猫が、ショコナの胸に飛び込んだ。


「おー! どっから湧いて出たんだお前ー!」


 ベリーが興味津々に子猫を掴もうとしたが、危険を察知したのか、

 子猫は、ぴょん、とショコナの肩から跳ね、部屋の家具の上に飛び移ってしまう。


 諦め切れないベリーが追いかけ、子猫はベリーの追撃を軽々と躱していた。


「……あれは、ショコナの子猫か?」

「ううん。あの穴から入ってきたのかな?」


 エゴイスタの閉鎖空間が、出る者を拒み、入る者を拒まなければ、入れるだろう。


 魔獣であれば、見えない壁などあってないようなものなのか……、

 もしくは、このエゴイスタによって生まれた子猫なのか……。


 上を見ながら走ったベリーが、自分の足に片方の足を引っかけ、バランスを崩し、家具に体当たりをしてしまう。

 怪我はなさそうだったが、体当たりによって揺れた家具の上に乗っていた重たい電気製品が、ベリーの頭に目がけて落下する。


「っ!」


 咄嗟に、僕は落下物を掴んで止めようとする――が、感覚がなくなったように、僕の手から落下物がすり抜ける。

 ベリーの頭に直撃する寸前、無意識に出た足で、重たい電気製品を僕は蹴り飛ばしていた。


「はぁ、はぁ……っ」


 硬い物を素足で蹴り飛ばしたことによる痛みで顔をしかめる。

 だが、まずは狭い部屋で走り回った、ベリーへの注意だ。


「大怪我でもしたらどうするんだっ、走るならちゃんと周りを見ろ!」

「ご、ごめん、なさい……」


 重たい物を高い場所に置いた僕も悪いが……、

 蹴り飛ばした電気製品は強く蹴ったためか、落下した際に壊れてしまっていた。

 使っていなかったので、それは構わない。


 ベリーが逃したヒョウ柄の子猫は、高い家具を選んで上へ行き、僕らを見下す。


 微かな耳鳴りが、次第に不快な音に変わってくると、僕は感じた。


「なんだ、この、聞いたことのある……危機感を煽られるような音は……」


 さっきから、色々なことが起こり過ぎている――頭がパンクしそうだ。


 整理しようにも、全てが怪しく思えてくる。


 このエゴイスタは――なんなんだ。


 ふと、子猫と目が合った。

 高い場所から見下す子猫の瞳が、見ている景色を反射させる。


 見つめる子猫の瞳には、僕に迫る、回転刃を映している。


 ゆっくりと、その刃が、僕の腕に入り込んでいく。


 僕は手元を見る。

 回転刃など、現実にはなかった。


 だが、僕の袖が斬れ、至近距離で響く音と共に僕の腕から血が噴き出した。


「なッ――」


 慌てて腕を押さえるが、血は止まらない。

 傷口を塞いでも傷は広がるばかりだ。


 刃は見えない。

 傷を押さえる手も斬られてはいない。

 同じ傷口を斬り進めるだけだった。


「ショコナ、ベリーと一緒に通路の奥へ行っていろ」


「で、でも、姉様、血が……」


「いいから行けよ!」


 ショコナはベリーを連れて、通路へ逃げ込む。

 僕は再び聞こえる音に、覚悟を決める。


「あの子猫、か……」


 原因を探れば、あの子猫しか、手がかりがない。

 あの子猫がもしも関係ないのだとしても、今は追うしか、僕にできる対策はない。


「どうせ、もういらない部屋だ。少し派手に壊しても、大丈夫だろう」


 口笛を吹くような口の形に変え、炎の玉を吐き出す。

 子猫を攻撃するためではない、誘き出すためだ。


 炎を避け、飛び降り、身動きが取れない子猫を落下地点で掴む。

 瞬間、滴る血は消え、傷口も塞がった。

 ……子猫を捕まえることで、リセットされる――と、新たな情報だ。


 腕の数値を見る。

『78』と、下がってはいるが、大きな変化はない。

 丸い空白も、埋まっていることはなかった。


 子猫を捕まえたからと言って、解けるエゴイスタではないのか……。


 僕から逃げる子猫は、警戒心を僕ではない場所へ向ける。


「――姉様、大丈夫……?」

「ショコナっ、隠れていろと言っただろ!」


 様子を見に、顔を出したショコナを押し戻す。

 家具で隠し、通路を塞いだ。


 これで、二人に危害を加えられることはない――そんな僕の認識は甘かった。


「いたっ、いたいっ――姉様ッ!」

「フルッフ! ショコナの様子がおかしいぞ!」


 通路の先からの悲鳴に、慌てて家具を退かして戻ると、ショコナの腕から、血が流れ出ていた。

 その血がこちらの部屋にも流れてくる。


 僕に回転刃の音は聞こえない。

 しかし、ショコナには聞こえていると言う。


 ……ショコナも、狙われている。


「ベリーは!」


「な、なんともないぞ! ショコナがなんで痛がっているのかだって分からない! 

 見た目はなんともなっていないのに、ショコナっ、病気なのか!?」


 ――見た目は、なんともなっていない?


 血溜まりができて、ベリーは、その血を踏んでいるのに?


「なんだ、この違和感は……」


 ベリーとショコナ、二人の状況の違いはなんだ?


「とにかく、今はショコナだ。ベリー、少し待っていろ」


 逃げる子猫を追いかける。

 人間ならば苦労するが、竜の精霊である僕が炎を吐き、翼を使えば、捕まえることなど造作もない。

 子猫を捕まえたが、しかしショコナは、聞こえる音が消えないと言う。


 子猫を捕まえるだけでは、ダメなのか……、しかし、僕の時は触れただけで音が消えた。


 なにが、足りない……。

 僕の時と、ショコナの時、その違いは――。


「焦り過ぎだ、僕は。子猫を捕まえるのは、本人でならないと、なぜ気づかない」


 子猫をショコナに触れさせる。

 すると、ショコナから湧き出る血が消えた。


 傷口も、見てみればなくなり、きれいなものだった。

 ふっ、と、顔色が戻ったショコナが体を起こす。


「なんとも、ない……」


 手の平を見つめながら、ショコナが呟く。


「ショコナーッ! 心配したぞー!」

「わわっ、ベリー……っ」


 妹のじゃれ合いを見ている隙に、するりと子猫が僕の手元から抜ける。

 そして、再び、僕の耳の奥から、やかましい音がゆっくりと近づいてくる。


 僕の次にショコナ、ショコナが終われば、次は僕。

 終わりがない。


 唯一、ベリーだけが対象になっていないのは、理由があるのか? もしくは……、


「違うな、ベリーに、そんなことをする理由がない。

 実際、ショコナが死にかけたんだ。……いや、無意識にエゴイスタが発生したという場合も……」


 前例は発見されているが――、そんな偶然が……?


 もしも無意識に起こったエゴイスタだとして、ベリーに問い質しても答えは出ない。


 やはり、こちらでルールを解き明かすしかない。


 外側で見ている、敵の存在を信じて、進むしかない。

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