#12 実力差を埋めるには

 テュア姉ちゃんの速度が少しだけ緩んだ。

 しかし、すぐに持ち直す。


「そうか。やっぱり――ロワの言っていたことは……」

「テュアお姉ちゃんは、ロワお姉ちゃんと、和解したの?」


 ぼそっと聞こえた名前に、驚き、思わず聞いてしまった。


 試験の最中であるが、

 これだけ喋っていれば、あとからいくつか追加しても変わらない。


「和解した、か……どうなんだろうな。

 でもまあ、話し合いは、した。

 そのおかげで、ロワから、タルトが旅に出ることへの許しは貰えたんだからな。私に感謝しろよー、タルト」


 え……、あのロワお姉ちゃんが、許してくれた!?

 だったら――ロワお姉ちゃんを倒す意味が、なくなってしまった。


「許しが出たのは、私が言った、認めさせろ、という条件をクリアした場合だ。

 私がダメと言えば、もちろん旅には出られない。お前のためだ、それくらいは受け入れろよ」


「そうだね……じゃあ、テュアお姉ちゃんに、一泡吹かせて、わたしは旅に出るよ!」


 わたしは速度を上げてお姉ちゃんの背中を取る。

 腕を変身させて、竜の腕力でお姉ちゃんの背中を思い切り押して、地面に叩き付ける気でいた。


 しかし、両手で繰り出した張り手は、

 くるん、と体を回転させ、向き合う形になったお姉ちゃんの両手に掴まれる。


「甘い甘い」


 横へ体を捻り、真下に叩き付けるように投げられたわたしは、

 地面すれすれのところで翼の浮力により、墜落は避けられた。


 ふぅ、と安堵の息を吐くと、急降下して来たお姉ちゃんに、額をこつん、と押された。


 小さなものだったが、バランスを崩したわたしは尻もちをついてしまう。


 お姉ちゃんはわたしを見下ろし、


「油断するなー。集中が切れるのが早いぞ、タルト」

「――まだ、まだだよ!」


 わたしは再び飛び上がる。


 一分野で、テュアお姉ちゃんに勝てばいい……、

 しかし、その一分野を見つけるのが大変だ。

 手探りで、思いつく限りを試していくしかない。


 お姉ちゃんの元へ辿り着いた時だ、

 目の前で滞空していたお姉ちゃんが言った。


「もう、フルッフに着いて行くな。あいつは――


 わたしは頭が真っ白になった。

 なにを試そうとしていたのか、分からなくなった。


「フルッフはお前を、利用しようとしていたんだ。

 恐らく、大勢の人を巻き込む、大きな企みのために、な。

 あいつには、ロワにも制御できない、野望がある」


「そんなはずない! フルッフお姉ちゃんは、だって……」


 わたしはちらりと下を見る。

 目が合ったフルッフお姉ちゃんは、首を傾げ、不思議そうな顔をした。


 すると、声は出さずに、口の動きだけだったが、


「がんばれ」と言っているのが分かった。


「――お姉ちゃんは、牢獄で、ずっとわたしの傍にいてくれた。

 わたしを助けてくれた。わたしをここまで、連れてきてくれた!」


「それは、タルトを利用するためだ。

 お前の信用を得るために、お前が信頼できるように、優しい一面ばかりを見せていたんだ」


「そんなはずない! なんでそんな酷いことを言うの!? 

 テュアお姉ちゃんこそ、なにを企んでいるの!? 

 ロワお姉ちゃんと和解したから……なにかを言われたの!?」


「あいつは、ロワは、いつもお前のために……っ、

 いや――そう見せていない、あいつも悪いな。

 タルト、お前にとって、フルッフはロワよりも、信頼できるのか?」


「できるよ。フルッフお姉ちゃんは、敵なんかじゃない」


 お姉ちゃんは目を伏せた。

 目を開け、ちらりとフルッフお姉ちゃんを見る。


「この会話は、地上からの高さを見れば、聞こえていないと分かる。

 だが、フルッフ、お前は聞いているんだろう? もうばれているぞ。

 私も、ロワも、母さんも、もう分かってる。そろそろ、逃げる準備をしておかないと、本当に捕まるぞ」


 フルッフお姉ちゃんは微動だにしない。

 ……会話なんて、聞こえていないのだと思う。


「人は危機的状況になれば、本性を現す。旅に出て、それを何度もよく見た」


 テュアお姉ちゃんは目を細める。

 ぞっとするような、容赦のない目だった。


 口笛を吹くような口の形で、炎の玉が現れる。

 わたしが作り出す玉とは、完成度がまったく違う。


 わたしの炎は大きくて、荒々しい……無駄が多い玉だ。

 しかしお姉ちゃんの玉は完全な球体で、きれいな形をしていた。


 玉の内側には高エネルギーがぎゅうぎゅうに詰まっている。

 小さいが、さっきのわたしの玉と同じくらいの被害を出せる力を持つ。


 手の平サイズの炎の玉が、フルッフお姉ちゃんに向かって放たれた。


「どうする、フルッフ――」


 そして、炎の玉が弾け、爆発する。


 爆発後の黒煙を纏うわたしは、翼で身を守っても、ダメージを防ぐことはできなかった。


「けほ、けほっ」


 翼が消え、すとんと芝生の上に落下する。

 膝をついた震える足を無理やり動かし、立ち上がって、フルッフお姉ちゃんの盾になる。


 両手を広げ、テュアお姉ちゃんを睨み付ける。


「タルト……、信じられないのは分かる。だけど、フルッフは――」


「信じられない! だって、家族なんだよ、姉妹なんだよ!? 

 そんな簡単に信じられるわけないじゃん、信じたく、ないじゃん!」


 テュアお姉ちゃんが嘘を吐くとは思えない。

 だからと言って、フルッフお姉ちゃんが、わたしを利用するために、優しくしてくれたとも思いたくない。

 消去法でどちらかを信じない――、そんなこと、したくない!


 テュアお姉ちゃんは、そっか、とだけ言った。


「じゃあ、どうする?」


「フルッフお姉ちゃんを守って、テュアお姉ちゃんの試験に合格する。

 まずは目の前の事を、一つずつ片づけるよ」


「なら、やってみろ。私も容赦はしない。

 利用されるお前を、見て見ぬ振りをするなんてできないからな」



 ― ― ― ― ―



 ――テュアがタルトを認める云々の話を持ち出した時点で、僕の計画は瓦解している。


 ――ロワや母さんにばれているのは重々承知だったが、テュアにまでばれているとなると、厄介だな……。まず、テュアを消す必要がある。


 ――それは当然、簡単にはできない。とりあえず、後回しか。


 ――そうなると、タルトを入手するのもまた、後回しになるか。



 サヘラに監視されている中、フルッフは黙々と考える。


 サヘラの監視はフルッフに余計な動きをさせないためのものだが、

 そもそも、フルッフは直接、体を動かすことなく、思考を動かすつもりだったので、この監視は意味がない。


 ――サヘラは独自に、僕に不信感を抱き、こうして目をつけている。


 ――僕よりも下の妹は、僕並に勘が鋭くて、困ったものだ。


 ――タルトや双子の片割れは例外にしても、ね。



 フルッフがいま考えるべきことは、どうやってここから逃げ延びるか、である。

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