エピローグ

 俺は昔から人が何を考えているのかが分かる。早い話が人の心を読める。

 例えば、俺の斜め後ろに座っている、学園一の美少女と言われている二条院紗季が隣の席をちらちらと見ながら、


(はー……高橋君と仲良くなりたいなー……)


 と憂いているのだって分かる。


(ううん。自分から動くのが大切よね。ここは勇気をもって私から話しかけないと)


「たたたたたたたた高橋くん?」


 と、さながらケン○ロウみたいな感じで話しかける二条院。


(な、なんだ?急に二条院さんがケンシ○ウの物まねをしながら話しかけてきたけど……)


 と戸惑う高橋。いや別に本人も物まねしているつもりはないけどな。


「……ん?な、なに?ケン……二条院さん」


 ケンシロ○って言いそうになったな。

 二条院はそれには気づかずに話を続ける。


(ここは高橋くんの好きな話題で話を広げるわ!)



「……ちなみに今読んでる本はどんな内容なのかしら?」

「えーっと、事件が起きて、また事件が起きて、またまた事件が起きて、最後に名探偵が事件を解決するっていう話かな」

 

 説明へたくそだな。それだと大抵の推理小説がそんな内容になるだろ。


「なるほど。……とある山奥にある村で、昔から伝わる手毬歌にそって殺されるという連続殺人事件の謎に名探偵が挑む、っていうストーリーね」


 いやなんで分かるんだよ。

 二条院はその流れで高橋にお勧めの本を聞く。


「うーん……『すごくきれいな隣の子の電卓をペロペロしたいです』っていう作品とかどうかな」


 お前スゴイタイトルの本を勧めるんだな。

 だが、二条院が気になってるのはそこではなく、


ごくれいなとなりのこのんたくをペロペロしたいで……す、き、で、す、ってことかしら?)


 いや絶対に違うだろ。

 高橋は説明を続ける。


「……電卓に仕込まれた毒によって殺された変態をめぐる多重解決もので、推理に次ぐ推理の展開が面白いよ」


 タイトルと中身が違い過ぎるだろ。


 そんな二人にこれまた同じクラスの安茂里ふみが近づいていく。


「……ふふふ……お二人さん、ちょっといいかな?」


(学園一の美少女に、ちょっとさえない感じの無自覚系男子と言う組み合わせ。死ぬほどありきたりだけど、そこがいいわよね。そんな二人と仲良くなれば、これから書くラブコメのいい参考になりそうね。ここは自然な流れで仲良くならなくちゃ)


 なるほど。作家なのは知ってたけど、作品の参考にしたいのか。


「二人にお願いというか……ちょっと映画でも撮らない?」



 どこが自然な流れなんだろう。二人とも少し戸惑っている。

 ただ、そう言われた二条院は、


(高橋くんと映画撮影に参加する⇒高橋君とゴールイン

 っていう流れね)


「ええ、分かったわ。今日からかしら?」


 と答えた。

 いや飛躍しすぎだろ。






 次の日の放課後。俺はクラスメイトの小早川聡美に呼び止められた。


「あ、佐藤君。ちょっとお願いがあるんだけどいい?」

「なんだ?」

「ちょっと風紀委員の仕事として○×公園に行って欲しいんだけど」

「……なんで?」

「ホントだったら私が行くつもりだったんだけど、ちょっと用事で行けないの。だから私の代わりに行って欲しいの。何をするかは行けば分かると思うから」


 普通だったら何を考えているのか分かるから、特に不安になることはないのだが、相手が小早川だとそうはいかなかったりする。

 というのも、思考が多すぎて何を考えているのかが分かりにくい。今も、


(今日もホントは行きたかったんだけどなー)

(そう言えば今日あのドラマの放送日だったっけ)

(英語の宿題でまだ分からないところがあったのよねー)

(ジョンがまさかあんなことになるなんてね……)


 みたいな感じなのだ。気合を入れれば分からないでもないが、すごく疲れる。だから小早川は心が読みにくい。っていうかジョンて誰だよ。



 そんなわけで俺は公園にいる。

 まあ、俺の後ろで高橋たちが公園での撮影の話をしていたのは知っていたから、小早川に教えられた公園の場所を聞いた時点である程度予測はできていた。


「じゃあ佐藤君は足の小指をぶつけて地味に痛いのを我慢しているインテリヤクザでお願い!」


 安茂里から謎過ぎる指示が飛ぶ。

 結局断り切れずに映画撮影に参加することになってしまった。


 それにしても女子メンバーが意外と多い。二条院だけでなく、荻原とか八重崎とかいるわけだが、いったいどうやって誘ったのだろう。

 ただまあ、二人も色々と理由があって参加しているみたいだ。

 例えば八重崎は、


(うーん……高橋君と二条院さんが話してるなー……私も話しかけたいんだけど)


 と高橋と二条院の方をちらちらと見ている。

 どうやら八重崎は高橋のことが気になるようだ。過去に何かあったんだろうな。別に興味がないから知りたいとは思わないが。

 ということは、荻原も何か高橋とあったりするんだろうかと思い、荻原の方を見てみると、荻原も二人の様子をちらちらと見ている。


(早く高橋君と二条院さんの主従関係が見たいなー)


 ん?


(やっぱ学園一の美少女とさえない男子の組み合わせと言えば、美少女がその男子を下僕にしなくちゃいけないものね)


 そんな決まりはない。

 前から怪しいとは思っていたが、荻原はまた少し違った理由でこの映画撮影に参加したみたいだ。


 さて、当の高橋と二条院と言えば、


「――カメラ回ってない時くらいは頭だけでも脱いだら?」

「――脱ぎ着がめんどくさくて――」


 と少しぎこちなく会話をしている。一見すると高橋を心配しているが、ホントの所は、


(着ぐるみの中の高橋くんの汗のニオイをクンクンしたいけど残念ね)


 みたいなことを二条院は考えている。

 残念なのは二条院の頭の中だな。そういう方向性のヒロインもなくはないだろうけど、ちょっとやばいぞ。



 そして表面上は何事もないまま撮影が進んでいったのだが、休憩の後、高橋が見知らぬ美少女を連れてきた。



「笹垣春子です。よろしくお願いします」


 少し見ない間に、新たな女子を連れてくるあたり、やはり高橋はラブコメ主人公の素質があるのかもしれない。

 二条院や八重崎は新たに現れた美少女に少し危機感を覚えているみたいだ。まあ、急な流れだし、何か裏があるんじゃないかと思ってるようだ。

 まあ、そのけどな。



 撮影終了後。

 俺の予想通り笹垣は物陰に隠れ、とある男子の様子をうかがっている。その男子とは高橋ではなくモブ山の方だ。いや狙ってるのはだ。俺は笹垣がモブ山の方へと近づく前に呼び止める。


「カメラの映像を消去したところで、あなたの犯罪の証拠がなくなるわけではないですよ……笹垣さん」

「……っ⁉」


 笹垣は驚愕の表情でこちらを振り返る。


「な、なんで……」

「自首するのが一番だと思いますよ」

「……」

「昨晩この近くで起こった殺人事件、あれあなたの犯行なんですよね?」


 ちょうどこの近くの裏道で、男子高校生が頭を殴られ殺された事件が発生していた。まあ、さっき調べて知ったんだけどな。


「犯行といっても正当防衛のようなものみたいですけど」

「な、なんで知って……」


 ずっと事件の記憶が頭から離れていないのだろう、俺にまでその状況が伝わっている。

 同級生の男子に騙され、襲われそうになった笹垣は必死に抵抗し、近くにあった鉄パイプで殴り倒したらしい。そして打ち所が悪くその男子は死んでしまったようだ。

 そのまま警察に通報すればよかったのかもしれないが、動転していた笹垣はそこから逃げ出し、この公園を通って帰宅した。

 同級生が殺害されたという事で、警察に疑われることを恐れた笹垣はアリバイ工作を友人に頼んだみたいだ。

 そしてここで公園でカメラを回し、撮影をしていた高橋達の事を思い出した。その時は気が動転していて気付かなかったようだが、カメラに通行人として映っているかもしれないと危惧した笹垣は、アリバイとの整合性が取れなくなることがばれる前にその映像を消してしまおうと思い、高橋に声をかけたようだ。


 これは推理したとかじゃなく、笹垣が何を考えているのか分かるからこそできることなんだが、笹垣からすれば驚きだろう。


「大丈夫です。どういう状況で事件が起こったのかは分かってもらえます。知り合いに刑事も弁護士もいるんで、口添えも出来ると思います。だから、早く楽になりましょう」

「わ、私は……」


 笹垣は膝から崩れ落ち、泣きだした。




 その後、俺の知り合いの弁護士と共に笹垣は警察へと向かった。

 明日あいつらになんて言おうかな。さすがにそのまま伝えるのはあれだろう。遠くに引っ越したとかでいいかな。

 それにしても、俺ってこんな裏で暗躍するタイプじゃないんだけどな。これも高橋の近くにいるせいなんだろうか。

 これからの学園生活が少し不安になる俺であった。






 


 

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ラブコメにはまだはやい 安茂里茂 @amorisigeru

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